腐ったお姉ちゃん、【ヤンデレBLゲームの世界】で本気を出すことにした!

月白ヤトヒコ

待っててシエロたん! あたしが絶対助けたげるからねっ!!


 わたしの名前は、ネロ。けれど、ときどきネレイシアになる。


 わたしの立場は、側妃の産んだ第三王子という立場らしい。けれど、ときどき第一王女になる。


 なんでも、生まれたときにはわたしは男女の双子だったそうだ。でも、双子の片割れだった妹は、生後数ヶ月もしないうちに亡くなってしまったのだとか。


 それを、国王である夫に知られると寵愛が向かなくなるのではないか? と恐怖した、側妃であるところのわたしの母が、妹……ネレイシアの死を隠蔽したそうだ。そもそも母は、国王の寵など受けてはいないと思うけれど。


 それでわたしは、第三王子のネロであり、ときどき第一王女のネレイシアにもなるらしい。ネレイシアが亡くなっていることを隠す為に。


 今日の鏡に映るのは、ドレス姿のネレイシア。


 一応、わたしの性別としては男だ。子供のうちはまだ誤魔化せると思うけど、それでもいつかは破綻すると思っている。まぁ、スカートを着るのは別に嫌いじゃないけどね。


 そんなわたしの母である側妃は、かなりキツい性格をしている。


 父に構われないことが非常に不満らしく、よくヒステリーを起こしては、物や人に当たり散らしている。物を壊したり怒鳴ったりするなら、まだいい方。酷いときには、使用人達を酷く折檻する。


 それでこの離宮には、母のお気に入り以外の使用人が居着かない。以前に、母に熱湯を掛けられたり、壺を投げられたりして大怪我をした使用人達を見て、ぞっとしたものだ。


 一応、王子だか王女だかの権限で医者をこの側妃宮へ呼び付け、怪我を診せて、しっかりと完治させるまで面倒見るようにと命令して、見舞金を包ませたけど……わたしの命令が、ちゃんと守られているといいなぁ。


 わたしのこの対応を聡明だとか慈悲深いと言う人がいるが、それはとんだ勘違いだと思う。


 わたしには、誰かに危害を加えたり、気に食わないからと酷い怪我を負わせる母の行動の方が余程信じられない。それに、加害者はヒステリーを起こす自分の実の母親なのだから、責任を取るのは当然のことだ。むしろ、その程度のことしかできなくて、申し訳なさと罪悪感とで心苦しい。胸が痛む。


 アレが母親なのだとは思いたくはない。けれど、至極残念ながら、わたしの容姿は母にそっくりだ。明確に血の繋がりを感じさせる程に、顔がよく似ている。


 だからこそ余計に――――


 母と似たわたしの顔に怯える使用人達へは、申し訳なさと責任とを強く感じる。


 それ以来、母がヒスを起こしそうだと感じたら、すぐさま使用人達を部屋から追い出すようにした。酷く怯える者や反抗しようとする者、母の気に障った者は即刻この離宮を辞めさせ、別の仕事を紹介させることにしている。


 当たり散らす相手がいなくなった母は、わたしにも怒鳴り散らすようになった。


 しかし、手を挙げたり物を投げ付けるような、怪我をしそうなことはしない。さすがに、ネレイシアに続いてネロまで失うワケにはいかないと思っているのだろう。ギャンギャンキーキーと煩く喚き散らすだけだ。


 子供が一人もわたしまでいなくなれば、すぐにでも父に離縁される可能性もあるから。そんな保身で、いまのところわたしの身は無事だ。偶に手が滑るのか、物が掠ることはあるけど、擦り傷程度で済んでいる。


「アンタがあと数ヶ月早く生まれていればっ!? なんでもっと早く生まれて来なかったのっ!? なんでネレイシアが死んじゃったのよっ!? あの女の息子よりもアンタがもっと早く生まれていれば第二王子だったのにっ!? あんな、あんな死ぬ程苦しい思いをしてせっかくアンタ達を産んだのにっ、あの方は全然会いに来てくれないじゃないのっ!?!?」


 毎度毎度、変わらない恨み言と、物が破壊される騒音が繰り返される。母が疲れてぐったりするまで――――


 母がうずくまって動かなくなった頃合いを見計らって、母のお気に入りの侍女達を呼び、寝室まで運ばせる。そして、ビクビクおどおどしている使用人達に荒れた部屋を片付けてもらう。


 母は自分で部屋を酷く荒らすクセに、部屋が荒れたままだと不機嫌になるから。


 本当に厄介な人だ。溜め息しか出て来ない。


 母の言う『あの女』というのは、国王である父の寵姫ちょうきのことだそうだ。身分の低い美貌の愛妾であった彼女が、その命と引き代えにして産んだ男児が……本来なら庶子であるのにもかかわらず、父の強い要望で第二王子扱いされている。


 そのことが非常に気に食わないらしい。それで、わたしに当たり散らしているのだろう。


 どうやら母は、父のことを愛しているようだ。これだけ蔑ろにされているというのに……


 そもそもの話、仮令たとえ寵姫だった彼女がいなかったとしても、母が側妃であり、既に正妃がいることは変わらない。そして、その正妃の産んだ第一王子がいることも、なにも変わらないというのに。不思議だ。


 あれだけ使用人達には酷く当たるクセに、国王である父の不興は買いたくなくて、直接文句を言うことができないようだ。そのことがまた、母に鬱屈を溜め込ませているのだろう。


 そして、王の愛情を一身に受け、更には息子という忘れ形見を残して、王に愛されたままで勝ち逃げをされたとあれば――――彼女とよく似ているという息子を目の敵にして、害そうともするだろう。


 銀色の髪に水色の瞳をした、あんなに愛らしい美少年に、毒を盛ろうだなんて非道なことを・・・


 そう、思った瞬間、この先の未来のことが、脳裏に溢れ出し――――


「!?!?!?」


 国王、正妃、側妃、愛妾の愛憎と確執。


 そして、彼女達の子供である第一王子のライカ、第二王子扱いされているシエロ、第三王子と同時に第一王女としても扱われているネロ……


 ――――国王。ライカ。隣国の、まだ国王になってはないクラウディオ。まだ近衛騎士ではないグレン。少女の姿でネレイシアを名乗るネロ。まだ、異端審問官にはなっていないアーリー――――


 ネロとしては一度も見たことも無くて知らない筈なのに、既知感のある顔が、名前が、次々と脳裏に浮かんで来る。


 銀色の髪、水色の瞳の美少年を中心に繰り広げられる、愛憎と欲望渦巻くどろどろした――――


「っ!?」


 確定していない、幾重にも分岐する未来のストーリーの数々。それを・・・


あたし・・・は、知って……いる』


 思わず口を衝いて出た言葉は、この国の言葉ではない言葉だった。


 自分がなにを言ったのか、遅れて理解……した~~~っ!!


『ここ、もしかして・・・【愛シエ】の世界、なんじゃ?』


 前世で、思い入れが強くて・・・泣きながら何週も何週も何週もして全ルート解放してやり込んだ、十八禁BLゲーム。通称【愛シエ】こと、【愛に染まる空~ Ilイル cieroシエロ si èスィ tintoティント diディ amoreアモーレ ~】の世界。


 重度の鬼畜ヤンデレ好き腐女子御用達レーベルの会社が作った、マニア向けのコアなゲームで、誰が見たってハッピーエンドなエンディングは殆ど無くて、最良でもメリバ。更にはバッドエンドが量産な上、最悪だとデッドエンドがあちこちに散りばめられている――――


『マジかっ!!!!』


 あたし今幾つだっけっ!?!?


 確か・・・ストーリーの本格的な開幕は、シエロたんの十八歳の誕生日からだ。


 でも、話の随所に幼少期のエピソードが含まれていて、過去編だろうと選択肢を間違えればシエロたんが容赦無く死んでしまうことも・・・あり、得るっ!?!?


『ヤバいヤバい、そんな、シエロたん程の麗しい美少年が幼い頃に死んじゃうなんて、そんな世界の損失は赦されないわっ!?!? なにより、あたしが絶対泣くっ!?』


 と、あたしは一念発起し、思い立ったが吉日とばかりに、シエロたんを守る為に動き出した。


『待っててシエロたん! あたしが絶対助けたげるからねっ!!』

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