第1話

 肌触りの悪いベッドの中で俺は目を覚ました。若干記憶が消失してしまっているようだったが、恐らく問題はないだろう。

 俺の転生魔法はしっかり構築できていたようだった。おおむね成功だ。

 まず、俺は自身の魔力波を観察して魔法の性質を確認する。

(・・・恐らく、「近接特化属性」だな。俺の戦闘スタイルに向いている属性でよかった。)

 俺の魔力波のリズムは明らかに「近接特化属性」のリズムだった。

 俺は前世で剣術を極め尽くした友人であるアランの剣術を時々教わっていたので剣術も結構できるほうだ。

 前世では剣術を使うことはあまりなかったが、現世は結構使いそうだな。鍛え直しておくのもいいかもしれない。

 俺は別の人に転生して、もちろん名前も変化している。改めて自己紹介しようと思う。

 俺の名前はキリアス=トリットライナー。この名前になんか貴族のような名前だと思ったかもしれない。実際、俺の家系は貴族だった。準男爵という最も下位の貴族で、この領地の領主家だそうだ。

 この家系の長のマラード=トリットライナーは「お館様」と呼ばれていた。もちろん魔法技術もしっかりしているはず。

 ・・・・だったのだが。


「前世の魔法技術は一体、どこに行ったんだ?」

 現世の様子は前世のどの人間であっても想像はできないだろう。俺の目の中に入った光景は魔法技術がもの凄く衰退した世界だった。


(・・・農作の魔導具もなければ魔導車も見当たらない。世界はどうなってしまったんだ?)


 前世の社会では生活するのに必要不可欠と言われた魔道具すら一切見当たらないのだ。そして、領民が人力で畑を耕したり作物を刈り取ったりしていた。その中には領主のマラードも含まれていた。

 前世の俺が生きていた神導歴25900年代にはありえない光景だった。

 俺が復活するまでに何が起こったのだろうか。

 困惑していても何も進まない。この世界の情報を集める為に情報収集からでも始めるとするか。


 俺はこの屋敷の図書館らしき場所にやってきていた。本の題名を見て回る。だが、現世に使われている言語は前世に使われている言語とは全く違った。文字が読めないと何も始まらない。どうしようか・・・。


「あら、キリアスじゃない。図書館で何しているの?」


 図書館でうろうろしていると、この家系の長女である、「ミリア=トリットライナー」と出会った。この領地の次期領主候補だ。

 そして、ミリアの属性は恐らく「遠距離魔法特化属性」だ。今のところ魔法の鍛錬はしていないようだが、鍛錬すれば良い魔法使いになるだろうに。ミリアは真面目で優しい性格だ。そんな性格の人は魔法も上達しやすい傾向にある。

 俺には兄もいるようだが、ミリアよりも年齢が低く、評判が悪いので次期領主として候補されていないらしい。噂によると、とても乱暴で領民にかなり迷惑をかけているらしい。「領主家の恥」とも言われている。


「本を読もうと思っているんだ。でも、文字が読めなくて困っているんだ。」


 俺はミリアの質問に答える。するとミリアはにっこり笑って、


「本を読むようになったのね。ホルードのように乱暴にならなくてよかったわ。文字が読めないのであれば読んであげるけど、どんな本がいいの?」


 ミリアは俺に本を読んでくれるようだ。正直、とてもありがたい。これからは読み聞かせをしてもらって、そこから文字を地道に理解していこう。


「魔法の本かな。それと歴史の本が読みたい。」


 これらの本は現世の実態を知るのに重要になってくる。有力な内容が書いてあるといいが・・・。


「なら、魔法を簡単に説明してある本を読んであげるね。」


 そうしてミリアはちょうどいい厚さの本を取り出してきた。俺はミリアの膝に乗って読み聞かせをしてもらう。そうして表紙を開いたが全く文字が読めなかった。

 前世では世界中を旅し、いつしか168ヵ国の言語をマスターしていた俺だったが、覚えているどの言語とも似ていなかった。今は魔力量が少なすぎて翻訳魔法も使えないため、誰かに読んでもらうしか文字を理解する方法はなかった。会話の言語は前世の言語と一緒なのに・・・。

 そして、ミリアは読み聞かせを始めた。


「魔法というのは体の中の魔力という不思議な力を使って魔法を使います。魔力は体の中で自然と作られています。私たちは定められた文章を読んで魔法を放ちます。・・・・・・」


 そんな感じでミリアは魔法の本を一通り読んでくれた。文字もこの一回だけである程度は理解ができた。まだまだ、完全な理解とまでは言ってないが。

 そして現世の魔法技術は最悪と言っても過言ではなかった。前世の時代では無かった言葉で勝手に魔法が構築されるようになっていて、属性による性能の違いがもうほとんどなかった。

 そのため、恐らく「支援特化属性」が最強として考えられているだろう。逆に言うと「近接特化属性」は最弱としてみられているはずだ。

 魔法属性は「支援特化属性」が最も強く、上から「長距離魔法特化属性」、「中距離魔法特化属性」、「近接特化属性」と考えられていると思われる。

 つまり、現世の魔法技術は前世の魔法技術の初期状態とほぼ同等であるはずだ。


(これは困ったな・・・。計画していた人生が根本から崩れた・・・。)


 俺はそう思いながら、図書室を出た。



 さて、夕食までかなり時間があるが、どうしようか。・・・いや、することはもう既に決まっているじゃないか。そう、鍛錬を始めるのだ。

 体力や魔法の元となる魔力は日々の積み重ねが大事だったりする。だからこそ、今日から鍛錬を始めるのだった。


 今の俺の鍛錬には森がちょうどいいだろう。森には魔物も存在するが一般的な動物だって多数存在する。その動物を魔法を応用して狩って鍛錬するつもりだ。

 森に入る前に俺は[受動感知]という魔法を発動する。これは魔道具や生物が発する魔力の波を感知することによって周囲の生物を調べる魔法である。発動がとても簡単な魔法の1つだ

 この魔法で感知できない生物もいるが、敵に気づかれることがなく、かつ魔力消費もほとんどない為、最も使われる魔法の1つでもある。

 だが、その魔法の感知範囲を拡大しようとすると、とても難易度が上がる。生半可な実力では簡単に広げられないほどに。

 今の俺では魔物や敵対的な動物に襲われたら簡単に死んでしまうので、森に入るにはこの魔法が使えることが必須条件だ。


 やはり、この魔法はすぐに発動できた。魔力が少ない俺でも魔力消費が全然負担にならない為、長い間継続して発動できる。

 ただ、前世の俺と比べて魔法制御力が圧倒的に低い為、ノイズが多く、感知できる範囲もかなり限られている。


 前世の俺では半径約760キロの範囲を感知できたが、今の俺はできても半径1キロぐらいだ。しばらくはその程度で我慢するしかなさそうだ。

 まあ、今の雰囲気ならこの程度でも十分なように感じる。十分危険は回避できるだろう。魔物も敵対的な動物も感知しなかったからおそらく大丈夫だ。


「とりあえず、小動物でも狩るか。」


 そう言って俺は小動物を探し始めた。領主家の食事には圧倒的にタンパク質が足りていない為、食材代わりとなる動物を探している。


 この世界に存在する生物は皆、少なからず魔力を持っている。俺らはそれらを狩ってその生物の魔力の一部を吸収し、魔力の所持量を増やしている。そうして自らが強化される。

 もちろん、魔力の多い生物を倒して魔力を吸収した方が自らの魔力量の伸びは早い。だが、魔力量が多い生物は魔力が多い分、強い。つまり逆に自分が倒される可能性も広がるため、その方法はあまり良くない。

 そして、魔力量の多い生物は魔力量の少ない生物より個体数が圧倒的に減る。そのため、そんな生物だけを狩るのは効率が悪い。


 しばらく森の中を歩くと、木の枝に止まっている「ホロホロ鳥」を発見した。この鳥は前世から食料として猟られてきた。

 ホロホロ鳥が止まっている枝の高さは地上からおよそ7メートルほど。

 早速魔法で撃墜・・・と行きたいが、「近接特化属性」の射程はおよそ5メートル。少しだけ距離が足りなかった。

 そこで俺はある作戦を思いついた。そして俺は気配を消しつつ、地面から尖った石を1つ拾った。

 この作戦には器用な魔法の移動が必要だが・・・まあ、できるだろう。


 脚に[身体強化]という魔法を発動し、1歩踏み出す。体重移動と強化された身体を使って小石に勢いをつける。そして、肩と腕に[身体強化]を移動させ、思い切り腕をホロホロ鳥に向かって振る。

 今、俺が行った動きは消費魔力を押さえながら最大限の力を小石に伝える為の動きだ。

 その動きは子供の石を投げる速度を時速数百キロまで加速させた。大きく動いた為、ホロホロ鳥は驚いて逃げようとする。だが、その行動をするにはもう遅かった。

 頭部に小石がぶつかったホロホロ鳥は『ドサッ』という音と共に地面に落下した。それと同時に俺の所持魔力がちょっぴり増えたように感じた。

 今回、初めての戦闘だったため、魔力の上昇幅が大きかったのだろう。

 落ちた鳥はちゃんと回収し、しっかり血抜きをしておいた。今回の夕食に使ってもらおう。


 俺は陽が傾き始めるまでに同じことを繰り返し、6羽のホロホロ鳥を狩って持ち帰った。この付近はホロホロ鳥が多い地域なのかも知れない。

(・・・タンパク源が沢山取れていいかもしれないな。)

 俺はそう思ったのだった。

 ちなみに6羽分のホロホロ鳥は[空間保管]という魔法を使って保管し、一回で持ち帰ることに成功した。

 この魔法を説明すると、[空間保管]という魔法はコツさえ掴めば簡単に発動できる魔法である。異空間に物を保管する魔法として前世の時代ではよく使われていた。

 特徴は「物を保管すると物の大きさによって自身の使える魔力量が減少する」というものがあり、そして「再び物を取り出すと使える魔力量も元に戻る」という特徴も持っている。

 まあ、この魔法は空間魔法という上級魔法の1つだから、取得するのにもの凄く時間がかかるのだが。


 そうして俺は家戻ろうと帰路を辿っていたのだが・・・・、


「やめてください!」

「お前みたいな反抗する奴はいらねぇんだよ!」

「そうだ!ホルード様の言うことが正しい!」


 嫌な場面を見てしまった。それは、俺の兄の「ホルード=トリットライナー」が他の男子と一緒に女の子をいじめている場面だった。

 蹴ったり、水をかけたり、砂をかけたり・・・・それはとても酷い光景であった。

 そして、俺は兄の行動を止めるべくその場所に近づく。たとえ兄であろうと、俺はその行動を許さなかった。


「ホルード兄さん、領主家の人間がそんなことしていいと思っているの?今すぐ辞めたほうがいいよ?」

「んあ?弟の立場で何を言ってるんだ?お前も同じようになりたいのか?」


 俺の発言に兄は腹が立ったようだ。だが、俺はここで引き下がるわけもない。


「できるもんならやってみなよ。受けてたつよ。」

「そうか。ボッコボコにしてやるから安心しな!」


 そうして、ホルードとその仲間たちは一斉に殴りかかってきた。その攻撃を俺は軽々と避け、簡単な魔法を発動する。


[睡眠波]:魔法で特殊な超音波を飛ばし、当たった対象を眠らせる。


 俺はそういう魔法を発動し、ホルードたち全員を眠らせた。そして、いじめられていた女の子の元に駆け寄る。


「えっと・・・大丈夫?」


 その女の子は少し戸惑っていた。そして、


「大丈夫です。さっきは助けてくれてありがとうございます。私の名前はラティア=アトライト。えっと・・・、名前は何ですか?」

「俺の名前はキリアス=トリットライナー。領主家の3男だから、実質平民のような感じだよ。」


 彼女の名前はラティアというらしい。魔力波を見た感じ、恐らく「中距離魔法特化属性」だった。


「そうなんですね。そういえば、さっきの魔法凄かったです。詠唱をしてなかったですけど、どうやったんですか?」


 そういえば現世の魔法は謎の言葉(詠唱というらしい)を使って魔法を発動するらしいので無詠唱魔法を知らないのかもしれない。


「今の状況じゃ難しいと思うけど、教えようか?」

「いいんですか?お願いします!」


 そうやって、ラティアに無詠唱魔法を教えることとなった。こうやって、前世の魔法技術を広めていくのがいいのかもしれないな。

 そうして俺はラティアに魔法を教え始めた。まだ夕食まで時間があるので少しは教えられるだろう。

 

「無詠唱魔法は、まず魔力を意図的に動かせないといけないんだ。まず、詠唱して魔力の動きを感じ取ってみて。」

「わかった。『我ら魔法使いの中枢となる魔力を信頼し、聖なる炎へと変換せよ!』・・・・ッ!」


 ラティアは何かに気づいた顔をした。恐らく、魔力の流れに気がついたのだろう。それを意図的に動かせればいいのだが・・・。


「何か分かったか?」

「はい!魔力の流れを掴むことができました!」

「それを意図的に起こせると第1段階はクリアだ。」

「やってみます!」


 そうして、あれから30分が経った。ラティアの魔力の流れを見る限り、意図的に動かすことができていた。


「これで魔法の発動に必要な準備は整った。今からでも魔法の練習を始めたいのだが、もうそろそろ日が暮れるからまた後日にしようか。」

「はーい!また後日よろしくお願いします!」


 そうして、俺は家に戻った。そして兄のホルードは夕食ギリギリに帰ってきたのであった。

 もちろん、今日の夕食はいつもより豪華だった。いつものメニューにホロホロ鳥の焼き鳥が加わったため、俺以外の家族は全員驚いていたが。


「今日の夕食に焼き鳥があるのだが、何かあったのか?」

「私は知らないけど・・・。」

「ホルード、何か知ってるか?」

「そんなの知らん。」


 家族みんな、疑問に思っていた。まあ、そうだろう。いつもは主食と野菜のスープが食事のメニューだったのだから。

 そんな中、俺は事実を述べる。


「それ、僕が狩ってきたホロホロ鳥だよ。」

「それ、本当か?ホロホロ鳥なんて狩るのがどれだけ難しいか・・・」

「そんな訳がない!キリアスごときがそんなことできる訳ない!」


 父のマラードが発した言葉に便乗してホルードが俺を馬鹿にする。それにミリア姉さんは、


「ホルード、その言い方はないでしょう?」


 とホルードに注意する。もちろんホルードはその言葉に反抗してミリアとホルードの言い合いが起きる。すると、


「この鶏肉はキリアスが持ってきました。文句があるなら食べなくていいです」


 と、母である「エミィ=トリットライナー」が言った。流石のホルードも母のエミィには逆らえないようだった。

 そして、それを聞いた父のマラードが俺に質問する。


「キリアス、どうやってこのホロホロ鳥を狩ったんだ?」


 う〜ん、どうしようか。正直に答えるのは何か面倒ごとが起きそうだ。俺の魔法技術は現世の人からすると化け物の類に入るだろう。そうすると、厄介なことになるのは間違いないのだ。


 俺はいずれこの領地を出て冒険者として活動する。今の年齢でこの魔法技術を持っていることがバレれば厄介なことになりかねない。

 そうして、俺は魔法のことを隠すことにした。


「俺はホロホロ鳥の背後から石を投げたんだ。その石は命中しなかったけど、ホロホロ鳥が木の幹にぶつかって気絶したんだ。」


 俺は現実的にいかにも無さそうなことを言ってしまった。絶対嘘だとバレるだろうと思ったのだが・・・、


「そうか・・・、それはそうとして血抜きはどうしたんだ?」


(えっ・・・。)

 意外と納得されてしまったのだった。どう見てもおかしかっただろうに。


「それは俺がやった。近くにあった尖った石を使ってな。」

「・・・そうか。って、レイアスも血抜きができるのか!?」


 父のマラードはとても驚いた顔をしていた。俺が血抜きできることがそんなにおかしかったのだろうか。そして、父のマラードが続けて口を開く。


「キリアスは幼い頃、血がもの凄く苦手だったよな?いつの間に克服していたんだ?」

「さあ、俺自身でもよくわからない。でも知らない間に克服できていたみたい。」


 もちろん、俺は前世に血抜きなどいくらでもしたことがある為、血というものにもう慣れてしまっている。


「そうだったんだな。いつの間にかキリアスも成長していたんだな。」


 父のマラードはとても嬉しそうにしていた。息子の成長というのはそれほど嬉しいものなのだろうか。それは子供を持ったことのない俺には理解できないものだった。

 夕食を食べ、しばらく家族全員でくつろいだ俺は自室に戻ってベットに潜る。


(明日はどうしようか・・・。)


 そんなことを考えながら、眠りにつくのだった。

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