第206話 始まりの場所で

 それからベルトーニ子爵と揉めることもなく、俺はすんなりとボアゾ男爵として叙爵された。


 おそらく魔の森に面した廃村ということもあり、ベルトーニ子爵としても持て余していたのだろう。魔の森と接することがなくなるうえ、期間限定とはいえマッツィアーノからの援助も受けられるということで、ベルトーニ子爵としては手放したほうが得をすると判断したのだろう。


 そうして領主となった俺は今、領都であるボアゾ村の跡地へティティとマリア先生と一緒にやってきている。


 目的の一つはみんなのお墓参りで、加えてもう一つやりたいことがあるのだ。


「もう、こんなになっちゃったのね」


 村の中を歩いていると、マリア先生が寂しげにそうつぶやいた。


 ボアゾ村の粗末な木造の家々にとって、人の手が入らない六年という歳月はあまりにも長すぎたのだろう。ほとんどの建物は倒壊しており、道だった場所にも雑草が生い茂っている。


「もう、かなり経ちましたから……」

「そうね。レイ君もティティも、こんなに立派になったものね」

「マリア先生……」


 するとマリア先生はニッコリと優しく微笑んだ。


「さあ、お墓参りをしましょう」

「はい」


 こうして俺たちは雑草をかき分け、孤児院の跡地へとやってきた。かつて俺たちが暮らした思い出の場所も完全に土に還っており、建物の基礎の痕跡がわずかに残るだけだ。


 マリア先生は寂しげな目で孤児院の跡地を見ているが、ティティはずっと無表情のままだ。きっとダーククロウを通じて知っていたのだろう。


「お墓はこっちです」

「ええ」


 俺は孤児院のみんなを埋葬したお墓へと案内した。


 石を積み上げ、木を突き立てただけの簡素なお墓だが、辛うじてまだ残っている。


「そう。ちゃんと埋葬してくれたのね」

「はい」

「ありがとう。偉いわ。あとは先生がやるわね」


 マリア先生はそう言うと、まるで昔に戻ったかのように祝詞を読み上げて神に祈りを捧げた。俺たちも続いて神に祈りを捧げる。


 それから俺は心の中で一人一人の名前を呼び、復讐が終わったこと、そしてマリア先生とティティをきちんと助けたことを報告した。


 そうしてすべての報告を終え、目を開ける。


 マリア先生とティティはまだ祈りを捧げ続けているようだ。


 きっと、積もる話があるのだろう。


 そう考え、静かに待っていたのだが、ふとマリア先生の肩が小さく震えていることに気付く。


 ……そうだよな。きっと責任を感じているんだろうな。悪いのはクルデルタであり、マッツィアーノであることは明らかだ。


 でも、優しいマリア先生はそれでも……。


「レイ、しばらくそっとしておきましょう」

「え? ああ、うん」


 いつの間にか祈りを終えていたティティにそう言われ、俺はかつて礼拝堂だった場所にやってきた。


「ここだったわね」

「うん」

「あの日はお祈りのあと、お掃除をしようとしてたのよね」

「うん。そうだったね」

「ああ、そういえば」

「うん?」

「レイって、あの日はなんだかうわの空だったわね」

「えっ? そうだっけ?」

「そうだったわ。手が止まっていたもの。ねえ、あのときは何を考えてたの?」

「え? ええと……ごめん。覚えてないや。でもたぶん……」

「たぶん?」

「いや、その……ティティのことをじゃないかなって」

「え? なんで? あのとき私は目の前にいたでしょう? それなのになんで私のことを考えてたの?」

「うん。ほら、あのときさ。俺、冒険者になって、それで……」

「それで?」

「村を守って、ティティを守ってやるんだ、なんてことをいつも思ってたから」

「あら? そうなの? ふふ。でも、冒険者になって私を守るっていうのは実現してくれたわね」

「そうだね。あのとき思ってたのとはかなり違うけど……」

「そうね。まさかあんなことになるなんて……」

「うん……」


 それから俺たちはしばらくの間、押し黙っていた。だがティティがその沈黙を破る。


「レイ」

「何?」

「私たち、これから結婚するでしょう?」

「うん。そうだね」

「そうしたら、レイはミラツィアで一緒に暮らすわよね?」

「うん。もちろんそのつもりだよ」

「じゃあ、ボアゾ男爵領は立ち入り禁止にしていい?」

「えっ? どういうこと?」

「だって、あの泉があるでしょう? あれは必ず争いの火種になるわ」

「あ……それはそうだね」

「ならモンスターたちで固めて、人が近づけないようにしておいたほうがいいと思うの」

「そう……かな? でも、村長を派遣したりとかは……?」

「そいつが裏切らないとも限らないでしょう? 泉を独占しようとするかもしれないし、逆に開発をして壊してしまうかもしれないわ。もし仮にあの泉が使えなくなってしまったとして、そのときにまた悪魔が現れたらどうするのかしら? 私たちが戦える状況ならいいけど、そうじゃなかったら? 壊れた悪魔のコアの問題だって、解決のめどすら立っていないのよ?」

「それは……」

「それに、光の魔力は子孫に受け継がれないのでしょう? 王太子殿下は建国王とは無関係だし、聖女リーサだってかつての聖女とは無関係よね?」

「そうだね」


 ブラウエルデ・クロニクルでも、聖女リーサの力は受け継がれなかったという設定だった。


 血統によって光の魔力が受け継がれないのであれば、万が一のときに精霊の泉がないなんてことになってしまえば目も当てられないだろう。


 そして管理させるにはきちんと正しく情報を伝える必要があるだろう。だが、人が住めば村を発展させようと考えるのは普通のことだ。そうなれば悪意の有無にかかわらず、泉の保全を第一に考える俺たちの意図とは別の方向に進みかねない。


「分かったよ。そうしよう。ただ、みんなのお墓はちゃんとしたいかな。それで毎年ちゃんとお墓参りして、そのときに泉がちゃんとしているかも確認する。で、ダメそうだったら信用のおける人を管理人にするとか、何かしらを考える。これでどうかな?」

「ええ。いいわ。そうしましょう。あと、お母さまがお祈りを終えられたわ。行きましょう」

「うん」


 そうしてマリア先生を迎えに行き、一緒に礼拝堂があった場所に戻ってきた。


 マリア先生はかつて演壇があった場所に立ち、俺たちは二人並んでマリア先生の前に立っている。


 というのも、これから俺たちは小さな結婚式を挙げるのだ。


 ウェディングドレスも教会の鐘も参列客も、何一つない。だが、結婚式を挙げるのであれば俺たちにとって大切なこの場所以外に考えられない。


「新郎レクス、あなたはセレスティアを妻とし、健やかなるときも病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときもこの女性を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、固く貞節を保つことを誓いますか?」

「はい、誓います」

「新婦セレスティア、あなたはレクスを夫とし、健やかなるときも病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときもこの男性を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、固く貞節を保つことを誓いますか?」

「はい。誓います」

「それでは指輪の交換を」


 俺たちはお互いに指輪を嵌め合う。


「続いて誓いの口づけを」


 俺はティティにそっとキスをした。


「ティティ」

「レイ」


 どちらからともなく離れ、お互いに見つめ合う。


「今、ここに神に誓いを立てた一組の夫婦が誕生しました。何人もこれを引き離すことは叶いません。これにて結婚式を閉式します」


 こうして俺たちは夫婦となった。


「おめでとう、ティティ、レイ君」


 マリア先生が涙ぐんだ声で、そう祝福してくれた。


 さぁっと一陣の風が吹き抜けていく。


 それはまるで孤児院のみんなが祝福してくれたかのようで……。


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 次回、最終話の更新は通常どおり、2024/06/09 (日) 18:00 を予定しております。


2024/06/08:

新作「追放幼女の領地開拓記」を公開しました。八歳で追放された転生悪役令嬢が追放先で領主となり、領民たちのために魔物のスケルトンを作っていたらいつの間にか産業革命を起こしてしまって……というお話です。サクサク読めるというコンセプトで執筆しておりますので、ぜひとも読んでやって下さい。

https://kakuyomu.jp/works/16818093078833538977/episodes/16818093078842382216

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