第192話 マルコの作戦

「殿下!? 指揮を任せたオラツィオ卿を突撃させるのですか!? いけません! それでは指揮が乱れ、戦線が崩壊します!」


 エリベルトは慌ててマルコにそう諫言かんげんするが、マルコは聞く耳を持たない。


「何を言っている? 勝利は常に、英雄的将軍の突撃と共にあるのだ。事実、歴史の転換点となった戦ではいつもそうだったではないか」

「ですからそれは人――」

「オラツィオ卿!」

「はっ! お任せください! 見事殿下の命を遂行してみせましょう」


 オラツィオはそう言うといそいそと楼閣から降りていく。


「オラツィオ卿! 戻れ!」

「黙れ! エリベルト、お前はいつから俺の命令を覆せる立場になった?」

「そ、それは……」

「よもや、反逆を企んでいるのか?」

「そのようなことは!」

「ならばもう黙れ! お前も下に降り、前線に出てオラツィオ卿を支援しろ。さもなければ反逆とみなす!」

「殿下……かしこまりました」


 エリベルトはがっくりとうなだれ、力なく楼閣から降りていった。


 それから少しして、東門が開け放たれ、オラツィオを先頭に百名ほどの騎士が騎乗した状態で飛び出していった。オラツィオはそのままマルコの指示した場所に向かって突撃し、損害を出しつつもモンスターたちの群れを突破する。


「それ見ろ。俺の言ったとおりではないか」


 それを楼閣の上から確認したマルコは得意げな表情でそう言った。すると取り巻きの者たちが次々とマルコを持ち上げる。


「さすが殿下。戦の天才ですな」

「たった一度見ただけで敵の陣形の弱点を見抜くとは」

「戦術、戦略、どれをとってもマルコ殿下が王国一でしょうな」

「そうかそうか」


 マルコは満更でもないようで、ニヤニヤとだらしない表情を浮かべている。


「完全に突破したな。今が好機なのではないか?」

「おお! 私もそう思っていたところです」

「私もです」

「そうかそうか。よし、お前たち! オラツィオ卿が突破口を開いた! 総員! 突撃! 今こそ全力でモンスターどもを殲滅せんめつしろ!」


 マルコが総攻撃の命令を出し、引いて守っていた騎士たちが一斉に前進を始めた。さらにそれを援護するかのように大量の矢が放たれ、モンスターに命中して光を放つ。


 するとその矢を受けたモンスターはあっさりと地面に崩れ落ち、騎士たちはその屍を踏み越えて前進していく。


 その様子を満足そうな表情で見守っていたマルコの視界の端に、オラツィオの援護を命じたはずのエリベルトたちが門の前に戻り、守りを固めている姿が映った。


「エリベルト! 貴様! オラツィオ卿の援護をしろと言っただろう! 早く突撃しろ!」

「殿下! 門を守る人員がおりません! 門を守る兵まですべて前に出すなど自殺行為です!」

「なんだと! エリベルト! 俺に意見するな!」


 頭に血が上ったのかマルコは弓を構え、エリベルトのほうへと向ける。


「突撃し、オラツィオ卿を援護しろ! さもなくば、反逆者として処罰するぞ!」


 するとエリベルトは諦めたような表情を浮かべた。


「かしこまりました。お前たち、聞いたな? 我々はマルコ殿下の命により、突出したオラツィオ卿の救出を試みる。生きて帰れることを祈ろう」

「「「はっ!」」」


 こうしてエリベルトたちは、オラツィオたちが突撃した後を歩いて追いかけるのだった。


 一方のオラツィオたちはというと、突破した先でモンスターたちを包囲するため、二手に分かれていた。


 どうやらオラツィオたちの部隊は練度が高いようで、統率の取れた動きであっという間にモンスターたちを半分ほど包囲した。そのまま完全に包囲しようとさらに進み、背の高い茂みに近づいたところで次々と馬ごと崩れ落ち始める。


 そのことに気付いたマルコはすぐに周囲の者たちに尋ねる。


「ん? おい! オラツィオ卿の部隊が何もないところで倒れ始めたぞ? 何が起きている?」

「はて? あの茂みに何かがあるのでしょうか?」

「であれば茂みを迂回すればいいだけの話でしょうに」

「あれだけ勇ましく出撃したにもかかわらず、殿下の期待を裏切るとは……」

「オラツィオ卿も口だけでしたな」


 取り巻きの者たちはこの場にいないオラツィオをあしざまにこき下ろすのだった。


 さて、ここで戦況に話を戻すと、背後にオラツィオたちという標的が出現したことによって一部のモンスターたちはそちらへと向かった。


 そうして圧力が減ったことに加えて総攻撃を仕掛けたことも相まって、損害を出しながらも確実にモンスターたちを押し返している。


「殿下! 我々が押しています!」

「当然だ。金獅子騎士団が負けるはずなどないだろう。これで兄上も俺を穀潰ごくつぶしなどと……」


 マルコがギリリと歯ぎしりをしたそのとき、森のほうまで押し込んでいた騎士たちが突然バタバタと倒れ始めた。そして今度はそこを突破口にモンスターたちが騎士たちの背後へと回り込む。


「なんだ? おい! 何が起きている!」

「私にはさっぱり……」

「おい!」

「いえ、私も……」


 そうして背後を取られた金獅子騎士団の騎士たちは次々とモンスターに討ち取られていった。


 一部の部隊はお互いを背にするような陣形を取って戦っているものの、モンスターたちによって囲まれて身動きが取れなくなっている。


 そうして大半の騎士たちを殲滅せんめつしたモンスターたちは、門に向かって逃げる一部の騎士たちを追い、背後から彼らに襲い掛かる。


「も、門だ! 門を閉じろ! 早く!」

「え? で、ですがまだ騎士たちが……」

「何を言っている! このままでは中にモンスターどもが入ってしまうではないか! 早くしろ! それとも、貴様らも反逆罪で処刑してやろうか!」

「ひっ!? かしこまりました!」


 こうしてマルコの命令で東門は閉ざされた。だがそこに続々と生き残った兵士たちがたどり着く。


「開けてくれ! おい! このままでは!」


 騎士たちが門を開けるように必死で訴えるが、マルコはそれを無視した。


「殿下、よろしいのですか? 今ならまだ……」

「え、ええい! エリベルトのせいだ! 奴がきちんと俺の命令を聞かなかったからこうなったんだ! 俺は下がる! お前! 東門は死守するように!」

「は?」


 マルコは取り巻きの一人にそう命じると、そそくさと楼閣から逃げ出すのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/05/26 (日) 18:00 を予定しております。

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