第186話 建国王とマッツィアーノ

「耳飾りと首飾りも共鳴したようだし、あとはアモルフィ侯爵家の聖女の髪飾りを借り受ければいいということだな。それならば私がキアーラ嬢とともに直接出向き、お願いをしてこよう」

「ならば私のワイバーンをお貸ししましょう」

「公爵、いいのか?」

「ええ。時間がありません。その代わりにレイに、レクス卿に新しい剣を用意してください」

「新しい剣を? どういうことだ? レクスは今も剣を持っているだろう?」

「レイ、説明して」

「実は――」


 俺はファウストと戦ったときに剣が砕けてしまったことを説明した。


「今の剣は銀狼のあぎとで予備として持っていた普通の剣なので、恐らくファウストとの戦いには耐えられないと思います。なので俺の聖属性魔法に耐えられ、かつ硬いファウストの体を斬りつけても簡単に壊れない剣が欲しいんです」

「なるほど。折れた剣というのは銀狼騎士団で支給していた剣か?」

「はい」


 すると王太子殿下は難しい表情になった。


「であれば、あれ以上の剣を用意するのは難しいな。何せあの剣は最高級の鋼を使い、一流の鍛冶職人が鍛えたものだからな」

「そうですか……」

「だが、その情報は重要だな。レクスの腕とあの剣ですら歯が立たないとなると……」

「そういうことでしたら聖廟へと向かい、英雄の聖剣を手に入れると良いでしょう」


 法王猊下がそう横から口を挟んできた。


「聖廟? ってなんですか?」


 俺が質問すると、法王猊下は穏やかな口調で答えてくれる。


「聖廟とは、建国王リオネッロが埋葬されている場所です。そして英雄の聖剣とは、建国王が魔竜ウルガーノと戦ったときに使った剣のことです」

「猊下、たしかに聖廟には建国王の使った剣がともに埋葬されたと伝えられている。だがそんな古い剣を手を手に入れたところで、もはや使い物にならないのではないか?」


 王太子殿下が疑義を呈したが、法王猊下は首を横に振った。


「英雄の聖剣は神金オリハルコン製だったそうです。決して劣化せず、聖なる光を宿すと伝えられる神金オリハルコンの剣であれば、魔を滅する光を持つレクス殿にはピッタリでしょう。それに……」


 法王猊下はそう言ってちらりとティティのほうへと視線を送った。それに気づいたティティは怪訝けげんそうな表情を浮かべる。


「何か?」

「きっと今回のことはそのようになる運命だったのでしょうな」


 法王猊下の言葉にティティは益々怪訝そうな表情となった。


「どういうことかしら?」

「ええ。実は、聖廟には初代マッツィアーノ公爵も埋葬されているのです」


 法王猊下の言葉に俺は思わずティティと顔を見合わせた。さすがのティティも驚いているようで、すっかり言葉を失っている。


 そんな中、王太子殿下が法王猊下を問い詰める。


「猊下、どういうことだ? そのような話は聞いたことがないぞ? 建国王は一人で静かに眠りたいとの遺言を教会に対して残した。だから教会はマリノ沖の小島に聖廟を築き、建国王の遺体を聖剣と共に埋葬したのだろう?」


 しかし法王猊下は首を横に振った。


「聖廟は古代の遺跡です。教会が建築したものではありません」

「なんだと……?」

「そして聖廟は、初代マッツィアーノ公爵が息を引き取った場所でもあるのです」

「どういうことだ? そのような話は聞いたことがないぞ。なぜそんな場所でマッツィアーノが?」

「建国王と初代マッツィアーノ公爵は恋人同士だったそうです」

「っ!? ちょっと待て! 建国王も初代マッツィアーノ公爵も男だったはずだ!」


 王太子殿下は目を見開いて驚き、思わず大声を上げた。


「落ち着いてください。現在、初代だと伝えられている黒髪の男性公爵は二代目です。建国王と共に魔竜ウルガーノと戦った本当の初代マッツィアーノ公爵はアンジェリカという、彼の姉なのです」

「そんな……馬鹿な……」

「アンジェリカは建国と同時に初代マッツィアーノ公爵となりましたが、その日のうちに弟へ爵位を譲りました。そして領地であるコルティナへは向かわず、建国王のいるレムロスにそのまま留まったのです」

「な、何を根拠に……」

「教会が独自に歴史を記録していることはご存じでしょう」

「あ、ああ……」

「そこに、そのように記録されています。もちろん、建国王の遺言書も残っておりますよ。ただ、教会は神にのみ仕え、俗世には干渉しないという立場ですから、それらを外部に公開することは致しませんが」

「……」

「よろしいですな。それでは話を続けましょう。建国王の側にいた彼女は何度となく暗殺されそうになりました。そこで建国王は彼女を死んだものとし、安全な聖廟にかくまったのです」

「……暗殺の首謀者は?」


 すると法王猊下は首を小さく横に振った。


「たしかなことは歴史書で伝えられているとおり、建国王は経済面から建国に大きく貢献したピエンテ公爵家から妃を迎え、その子孫が現在の王家となったということです。ですが一方で、教会には二代目マッツィアーノ公爵がそのことに激怒し、王家とマッツィアーノ公爵家の対立が決定的なものとなったとの記録もあります」

「……」

「同時に建国王が足しげく聖廟に足を運んでいたという記録も教会には残されています。つまり建国王が聖廟への埋葬を希望したということは、建国王が自身の意思で初代マッツィアーノ公爵と共に眠ることを選んだということです。記録は残されておりませんが、もしかすると世界のどこかには二人の子孫がいるかもしれません」


 そう言って法王猊下はティティのほうを再びちらりと見た。それに対してティティはいつの間にか無表情に戻っていて、いつもの調子で答える。


「私の父は先代マッツィアーノ公爵クルデルタで間違いないわ。母はマッツィアーノの瞳を持っていないもの」


 すると法王猊下は優しく微笑んだ。


「初代マッツィアーノ公爵は貴女のように美しい金の髪をお持ちだったそうです。一方で二代目マッツィアーノ公爵とその子孫たちは、一人の例外もなく黒い髪を持っていたそうです」

「偶然じゃないかしら? 現に異母姉のアンナは茶髪だし、サラは金髪だわ」

「ですが、そのお二方はマッツィアーノの瞳をお持ちではないでしょう?」

「そうね。だとしても、黒髪なのは単なる偶然じゃないかしら? マッツィアーノの家系には黒髪でマッツィアーノの瞳を持たない者も多くいるわ」

「そうですね。偶然かもしれませんが……いえ、やめておきましょう」


 法王猊下は話を打ち切ると小さく首を横に振り、穏やかに微笑んだ。


「建国王も初代マッツィアーノ公爵も、お二人であればきっと歓迎してくれることでしょう」


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 次回更新は通常どおり、2024/05/20 (月) 18:00 を予定しております。

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