第178話 取り戻したもの

 王太子殿下たちはティティの支配するワイバーンの群れによって王都へと運ばれていった。そして俺たちはティティに寄り道したいと言われ、コルティナの南西にあるソドリオという小さな町へとやってきた。


 町の中で一番大きな屋敷の庭に着陸すると、そこには正装をした中年の男性と使用人一同がずらりと並んで待ち構えていた。


「セレスティアお嬢様! ようこそいらっしゃいました!」


 中年の男性がそう叫んで恭しく頭を下げると、使用人たちも一斉に頭を下げる。


「ええ、ジュスト。出迎えご苦労様」

「はっ!」

「首尾は?」

「万事滞りなく! 今、貴賓室にておくつろぎいただいております!」

「そう。よくやったわ」

「で、では公爵閣下には……」


 ジュストと呼ばれた男はびくびくした様子でティティの顔色をうかがっている。


「今回の件、目をつむっておいてあげるわ」

「ははっ! ありがとうございます! お嬢様!」

「それとジュスト」

「はい?」

「私はもうお嬢様じゃないわ」


 そう言ってシグネットリングからマッツィアーノ公爵家の紋章と自分の名前を投影した。


「っ!? 公爵閣下! 爵位継承、おめでとうございます!」

「ええ」


 ティティは無表情のままそう答えた。


「レイ、行くわよ」

「ああ」


 俺たちが歩きだすと、ジュストは俺のほうを怪訝そうな目で見てきた。だが俺が誰なのかを質問する勇気はないらしく、そのまま頭を下げて俺たちを見送る。


 もちろん他の使用人たちも同様に頭を下げており、その間を歩いて俺たちは建物の中へと入る。ティティは勝手知ったるといった様子で迷うことなく二階に上がり、二人の兵士が扉の前で警備している部屋の前にやってきた。


「どうかしら?」

「はっ! セレスティアお嬢様! お元気でいらっしゃいます!」

「そう。それは良かったわ」


 ティティがそう言って部屋の中に入ろうとするが、あろうことか兵士たちはそれを遮る。


「セレスティアお嬢様、公爵閣下の面会許可証はお持ちでしょうか? 公爵閣下のご許可がなければお通しすることはできません」

「私がその公爵よ」


 ティティは表情を変えずにそう言って、シグネットリングから紋章を投影した。


「っ!? 失礼いたしました! 公爵閣下! どうぞお通りください!」


 兵士たちは顔面蒼白になり、大慌てで道を開けて敬礼した。


 ティティはそれには目もくれず、自分で扉を開けて中に入っていく。後を追って中に入るとすぐに扉が閉められ、そして目の前には……えっ!?


 もしかして……マリア……先生!?


 年を取っているし、少しやつれた様子でもあるが、絶対にマリア先生だ!


「あら? セレスティア、いらっしゃい。そう。ご許可をいただけたのね」


 マリア先生はなぜか悲し気な表情を浮かべつつ、ティティに向かって微笑んだ。


「そちらのお客様は……えっ? もしかして……」

「ええ、そうよ。お母さま、レイよ」

「……ああ、良かった。レイ君、生きていたのね。良かった」

「マリア先生……」

「レイ君、ごめんなさい。私のせいであんな目に遭わせてしまって」


 マリア先生は目に涙を溜めているが、俺も気付けば視界がにじんでいた。


「レイ君、こっちにいらっしゃい。大きくなったわね」


 マリア先生は立ち上がり、両手を広げて俺を迎え入れてくれる。俺はマリア先生に近寄ると、そのまま抱擁を交わした。


「マリア先生! 良かった! マリア先生……!」

「ええ、レイ君も。本当に良かったわ。こんなに立派になって。本当に……」


 マリア先生はそう言って鼻をすする。俺もこらえきれなくなり、涙を流しながら抱きしめ合うのだった。


◆◇◆


 それから俺たちは詳しい事情を説明した。孤児院の仲間たちのことやボアゾ村のこと、冒険者になったこと、銀狼騎士団の騎士となったこと、俺自身の手で前マッツィアーノ公爵への復讐を遂げたこと、そしてティティが新たなマッツィアーノ公爵となって今ここにいるということを。


 最後まで聞き終えたマリア先生は複雑な表情を浮かべながら、「そう。あの男は死んだのね」と小さくつぶやいた。


 淡々としており、それでいてどこか寂しげで。


 そんなマリア先生のことをぼんやりと眺めていると、ティティが口を開いた。


「お母さま、ここは危険ですから南へお逃げください。傷を癒したファウストお兄さまはいずれ、私を狙って襲ってくるはずです」


 真剣な表情でそう提案するティティを見て、マリア先生は嬉しそうに微笑んだ。


「お母さま?」

「ううん、ごめんなさい。ただ、ティティがこんなに立派になってくれたことが嬉しいの。それにレイ君まで……」

「お母さま……」


 マリア先生は再びにっこりと微笑んだ。


「分かったわ。もう私にはあなたたち二人だけだもの。言うとおりにしましょう。どこに行けばいいの?」

「ミラツィアの別邸でお過ごしください。お母さまがお過ごしになるには、マッツィアーノ公爵領の外は危険でしょう」

「二人も一緒に来るのかしら?」

「いえ、私たちはやるべきことがあります」

「そう……そうよね。分かったわ。二人とも、本当に立派になって……」


 マリア先生は嬉しそうに目を細めると、ティティを優しく抱きしめる。


「ティティ、愛してるわ」

「私もです。お母さま」


 ティティはマリア先生のことをぎゅっと抱き返すのだった。


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次回更新は通常どおり、2024/05/12 (日) 18:00 を予定しております。

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