第173話 蘇るファウスト

「え? 嘘だろ? あれで死なないのか!?」


 あれほどの大出血をしたのだ。俺の剣は間違いなくファウストの心臓に繋がる太い動脈を傷つけたはずだ。


 どう考えても生きているはずがないのに!


「ティティ、俺の後ろに」

「ええ」


 俺は警戒しつつ、ティティをかばうように前に立つ。


「グゥゥゥゥゥゥ」


 ファウストは妙なうめき声を上げた。よく見るとファウストの足元にはボーリングの球ほどの大きさの黒い球が転がっており、その体を包む黒いオーラのようなものはその球から放出されている。


「なんだ? あの球は……」

「あれは悪魔のコアよ」

「悪魔のコア?」

「ええ、そう。マッツィアーノ公爵家に古くから伝わるものらしいわ。闇の魔力の塊らしいのだけれど、その魔力に触れると正気を失うの」

「正気を失う?」

「ええ。レイのくれた闇の欠片にとてもよく似ているのだけれど、悪魔のコアは本当にイヤな感じがするの」

「イヤな感じ?」

「そう。上手く言えないのだけれど、とにかくイヤな感じなの」


 どういうことだろうか?


「ファウストお兄さまは悪魔のコアをずっと研究していたわ。その結果がモンスターの強化で、最近は人間をモンスターに変える研究をしていたの」

「え? 人間を?」

「ええ。だからサルヴァトーレお兄さまとサンドロお兄さまがそこでモンスターになって死んでいるでしょう?」


 表情一つ変えず、ティティはそう言って緑色の巨人の死体を指さした。


「そう、なんだ……」


 俺はなんとかそう答えた。そして敢えてそれを見ないようにし、ファウストのほうを警戒する。


 今のうちに攻撃すべきか? いや、だが下手に手を出して大丈夫なのか?


 そうして見守っていると、ファウストの肌の色が徐々に青くなりはじめた。血の気が失せたという話ではなく、本当に青くなっているのだ。


 これは……もしかして!


「ティティ、これって悪魔のコアが暴走してるんじゃないのか? それでファウストをモンスターに変えてるんじゃ!」

「……そうかもしれないわね」


 ティティは手を突き出すが、すぐにその手を降ろした。


「ごめんなさい。私、アレを止める自信がないわ。なんだか引き込まれそうな感じがして怖いの」

「わかった。俺が何とかしてみる」


 俺が魔力を練り上げようとしたそのとき、突然ファウストの左手が一瞬にして再生した。続いて背中からはまるで蝙蝠のような翼が生え、さらに頭からは角まで生えてきた。


「グガァァァァァ!」


 ファウストは身の毛もよだつような雄叫びを上げ、閉じられていた目が開いた。ティティと同じ赤い縦長の瞳はそのままだが、白目の部分が真っ黒になっている。


 あれはまるで……!


「あく……ま?」


 ティティがぼそりとつぶやいた。


 そう、悪魔だ。小さいころにマリア先生が読み聞かせてくれた聖書に描かれていた悪魔にそっくりなのだ。


 聖書では、悪魔たちは神様が作ったこの世界を自分たちだけのものにしようとしたが失敗し、その罰として魔界に封印されたのだと教えていた。


「グゥゥゥゥゥゥ」


 ファウストがそんなうなり声を上げると、足元に転がっていた悪魔のコアを拾った。


 こいつ、一体何を……?


 いつでも攻撃に対応できるように魔力を練り上げていると、なんとファウストは悪魔のコアをそのまま飲み込んだではないか!


「グゥゥゥ」


 ファウストは再び小さく唸ると、大きく息を吸い込んだ。


「グガァァァァァァァァァァァァァァ!」


 ファウストは再び身の毛もよだつような叫び声を上げた。しかも今度は黒い波動まで放たれている。


 俺はその波動から魔界の影を思い出し、とっさにサンクチュアリを発動してそれを防ぐ。


「くっ! ティティ! 大丈夫?」

「ええ。大丈夫よ。この波動は……幻覚魔法かしら? どうしてファウストお兄さまが?」

「ティティ! 俺が防ぐから前に出ないで」

「分かったわ」


 そうして耐えていると、ファウストは黒い波動を放出するのを止めた。しかしその体からは瘴気のような煙があふれ出ており、しかもなんと足元の草が枯れていっている。


 あれは……なんだ? もしかしてあれも瘴気なのか?


「グ、ギギ、ギ」


 と、ファウストは俺のほうを見て、いや、俺の後ろにいるティティを見てニタァと笑った。


「ゼレ゛ズディア゛ァ……ゴロ゛ズ」


 ヒタリ、ヒタリとファウストがゆっくりと俺のほうへと歩いてくる。


「こいつ!」


 俺はすぐさま身体強化を発動し、一気に距離を詰めるとファウストの首を斬りつける。


 ガキィィィン!


「え? 嘘だろ!?」


 ファウストの皮膚はまるで鋼鉄のように硬く、俺の剣はあっさりと弾かれてしまった。


 ファウストはそこでようやく俺の存在に気付いたようで、いつの間にか生えていた鋭い爪で引っかいてきた。


 俺はバックステップを踏み、紙一重でそれを回避する。


「レイ!」

「大丈夫だ!」


 俺の返事に安堵したのか、背後から小さなため息が聞こえてくる。


 ……それにしても、まさか剣がまったく通らないとは思わなかった。


 一体どうすれば? ホーリーは効果があるのか? 少なくともボルトで倒せるとは思えないし、ジャッジメントは魔力が足りない。


 俺が思案していると、ファウストはぶるぶると体を震わせた。


 え? まさかこいつも無差別モードがあるのか!?


「ティティ! 伏せろ!」

「え?」


 だが次の瞬間、ファウストは周囲に黒い弾丸を撒き散らした。ティティは慌ててしゃがもうとしたものの、それをもろにくらってしまったのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/05/07 (火) 18:00 を予定しております。

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