第164話 救出

 俺たちは馬を乗り潰す勢いで駆けに駆け、その日の夕方にはコルティナの南東およそ五キロメートルほどの場所にある丘の上にやってきた。


 本来ロネティアからコルティナまでは五日以上かかるのだが、それをたったの半日で移動したのだ。これほど早く進めたのは間違いなくティティのおかげだ。ダーククロウが適切なルートで案内してくれたことに加え、一度もモンスターと出くわさなかったことも大きい。


 ただ、いくら荷物を最小限にしたとはいえ、馬たちの負担を考えるともうこれ以上進むのはさすがにもう不可能だろう。


 こうしてたどり着いた丘から見えるコルティナは赤く染まっているのだが、それは何も夕焼けだけが原因ではない。


 理由は分からないがモンスターがコルティナに群がっており、町のあちこちで煙が上がっているのだ。


「レクス卿、モンスターがコルティナを襲っていますな。内通者はあれを報せたかったということでしょうな」

「そうですね」


 俺はマルツィオ卿の言葉に小さくうなずいた。すると今度はクレメンテ卿が口を開く。


「町にあれほどの被害を与えるということは、もしやモンスターの支配が解けたということですかな?」

「となると、有力な後継者の一人が死んだということでしょうな」

「なるほど。それはたしかに。マッツィアーノで代替わりが起きるとき、粛清が行われてモンスターが解き放たれるというのは有名な話ですからな」


 マルツィオ卿とクレメンテ卿は二人でそんな話をして納得し合っている。


「カー!」


 と、俺たちを案内してくれたダーククロウが鳴いてアピールしてきた。どうやらまだ移動しなければならないらしい。


「マルツィオ卿、クレメンテ卿、まだ案内は終わっていないようですよ。行きましょう」

「そうですな」


 そうは言ったものの、マルツィオ卿とクレメンテ卿はコルティナの様子が気になるようだ。


「ではマルツィオ卿、クレメンテ卿。お二人のどちらかはここに残ってコルティナの様子を監視していてください。あともうお一方は野営の準備をお願いします。ダーククロウは俺たちで追いますから」

「む、そうですな」

「では私の隊が野営の準備をしましょう」


 どうやらマルツィオ卿の部隊が野営の準備をしてくれるようだ。


「ならば我々はここでコルティナの様子を見守りましょう」

「お願いします」


 こうして俺は部隊を三つに分け、俺の部隊はダーククロウを追いかけて徒歩で森の奥へと向かう。


 それから三十分ほど歩いて行くと、木造の古い小屋の前に案内された。


 いや、小屋というよりもむしろ廃屋という表現のほうが適切かもしれない。辛うじて屋根は残っているものの、壁や柱の一部は崩れている。ここまで崩壊が進んでいると、いつ小屋全体が倒壊してもおかしくないだろう。


 俺はそっと小屋の中を覗いてみる。するとそこにはやたらと大きな円形の古井戸があった。


 井戸の直径は……およそ二メートルほどだろうか?


「なんで井戸に?」

「水場を教えてくれたのかしら?」


 テオとキアーラさんはそう言って不思議がっているが、ダーククロウは石でできた井桁の上に止まっている。


 きっと来いという意味なのだろう。


 俺は一人で小屋の中に入り、井桁まで近づいた。そしてホーリーを松明代わりにその中を覗き込む。


 ……どうやら水は枯れているようだ。深さは三メートルほどだろうか? 思ったよりも深くはない。


 と、突然中から一羽のダーククロウが飛び出してきた。


「うわっ!?」


 俺は思わず飛び退るが、こちらのダーククロウも足に金のリボンを巻いている。ということは、ティティのダーククロウなのだろう。


 俺はもう一度中を覗き込むと、なんと井戸の底に人影がある……んんっ!?!?!?


「まさか! 王太子殿下!?」

「む? その声はレクスか!?」

「殿下!」

「なんだって! 王太子殿下!?」


 外で待機していた騎士たちが一斉に駆け寄ってきた。


「ちょっと! 私も中に入れて!」

「いてて。押すな! 危ない!」


 あまりにも殺到したため、入口で詰まったようだ。キアーラさんもテオも中に入れていない。


「みんな落ち着け! 押すな! 崩れるだろうが! 外で待っていろ! 誰か! ロープか何かを持ってこい!」

「はい!」

「おい! ロープを!」

「ロープ? そんなもの持ってないぞ! ロープはマルツィオ卿のところだ」

「え? 三十分以上あるじゃないか。王太子殿下をそんなにお待たせするわけには……」


 すると建物の外からキアーラさんの声が聞こえてくる。


「ロープがないならみんなのコートを結んで代わりにしたら?」

「なるほど! キアーラ卿、さすがです!」


 こうしてキアーラさんの発案で俺たちはコートを結び合わせ、ロープの代わりに古井戸の中に垂らした。


 すると王太子殿下はするすると俺たちのコートを伝って登ってきた。


「王太子殿下! よくぞご無事で!」


 王太子殿下の姿を見て、銀狼のあぎとのみんなのテンションが一気に上がった。涙ぐんでいる者もかなりいる。


「皆、心配を掛けたな。見てのとおり、俺は無事だ」

「王太子殿下」

「レクス、俺が助かったのはお前のおかげだ。セレスティア嬢が、俺がお前の主だからというだけの理由で守ってくれたのだ。もちろん、脱出できたのもすべて彼女のおかげだ。セレスティア嬢には改めて礼を言わねばならんな」

「はい。そうですね」


 そう言った王太子殿下は元気そうで、とても一年もの間監禁されていたようには見えない。


「王太子殿下、マッツィアーノではまともな待遇を受けられていたのですか? 随分とお元気そうですが……」

「ん? ……そう、だな」


 突然王太子殿下が困ったような表情になった。


「実は、途中から記憶が曖昧なのだ。最初は地下牢に繋がれていたのだが……ここ半年ほどは記憶がまったくない」

「え?」

「いや、昨日からの記憶はあるのだ。だがそれ以前がな……」

「なら、早く戻って医者に診てもらいましょう」

「そうだな。だがその前に、まずはマルツィオ卿と合流しよう。先ほどの口ぶりからして、近くにいるのだろう?」

「はい。野営の準備をしてくれています」

「そうか。では行こう」


 こうして王太子殿下を先頭に俺たちは外に出た。そこでは小屋に入りきれなかったメンバーたちが今か今かと王太子殿下が出てくるのを待っている。


「皆、心配を掛けたな。ここまで来てくれてありがとう。テオもいたのだな。キアーラ……うっ!?」


 王太子殿下の顔が突然真っ赤になったかと思うと、そのままうずくまった。


「え? 王太子殿下?」


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 次回更新は通常どおり、2024/04/28 (日) 18:00 を予定しております。

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