第148話 聖女リーサと巡礼の旅

 国王様と王妃、第二王子、聖女リーサが並んで立っており、招待客たちは挨拶をしようとその前に列を作っている。


 きちんと一人一人挨拶を交わしていて、しかも招待客全員が列に並んでいるようだ。


 ……仕方ないな。


 気は進まないが、俺も列の最後尾に並んで挨拶の順番を待つ。そうして一時間ほど並び、ようやく俺の順番が回ってきた。


「国王陛下、王妃陛下、第二王子殿下、お招きいただきありがとうございます。大変ご無沙汰しております。聖女様、はじめまして。冒険者クラン銀狼のあぎとのリーダーを務めておりますレクスと申します。どうぞお見知りおきを」


 俺はひざまずき、全員にまとめて挨拶をした。


「ええ、レ――」

「うむ。レクス卿、よく来たのう」


 王妃と国王様が同時に話し始め、被った王妃様が慌てて喋るのを止めた。


「はっ! 国王陛下のお呼びとあらば」

「うむ。マッシモから色々と聞いておるぞ。ルカの意思をみ、銀狼騎士団の任務を自発的に引き受けてくれたそうじゃな」

「はい。王太子殿下は私の主ですから当然のことです」

「うむうむ」


 国王様は満足げにうなずいた。


「今日はのう。レクス卿にお願いがあって呼んだのじゃ」

「は。どのようなことでしょうか?」

「うむ。そなたには、聖女リーサを護衛し、各地を慰安して回る巡礼の旅に出て欲しいのじゃ」

「えっ?」

「はっ?」


 予想外の頼みに俺は思わず聞き返したが、なぜか聖女リーサも怪訝けげんそうな顔をしている。


「実はのう。聖女リーサはこの国の現状を深く憂いておってな」

「なるほど。さすが聖女様でらっしゃいますね」

「うむ。そうじゃろう。レクス卿が銀狼騎士団の任務を引き継いでくれたとはいえ、まだまだモンスターに苦しむ者は多いからのう」

「はい。仰るとおりです」

「そこでじゃ。癒しの光の担い手である聖女、そして魔を滅する光の担い手であるレクス卿が各地を回り、民を勇気づけようという魂胆なのじゃ」

「はぁ」


 国王様は自信満々にそう話すが、そんなことをしたところで気休め程度にしかならないのは明らかだ。


 そもそも俺の時間はそんな気休めよりも、出現したモンスターを倒したり、次元の裂け目を閉じたりといったことに使ったほうがよほど有意義だ。


「国王陛下、お言葉ですが、私は冒険者として、何より王太子殿下にお仕えする騎士として、モンスターに苦しんでいる者たちを直接救うことのほうが重要だと考えております。聖女様をお守りすることも大切ですが、今この瞬間もモンスターに襲われ、家族や友人、恋人を失って涙する者たちがおります。王太子殿下であれば、きっと彼らを救うという道を選ばれるであろうと確信しております」

「む……それは……」


 国王様の目に動揺が走る。だがすぐに王妃が耳打ちをし、自信満々な様子に戻った。


 なるほど。最後に聞いた意見が自分の意見になる、か。たしかにそのとおりのようだ。


「うむ。そなたの考えは分かった。だがそなたに同行を頼むのは何も護衛だけではない」

「どういうことでしょう?」

「うむ。大きな声では言えんのじゃがな」

「はい」


 国王様は声のトーンを落とす。


「実はのう。聖女リーサの光属性魔法は、そなたよりも大幅に劣るのじゃ」

「え?」


 俺は思わず聖女リーサのほうをちらりと見た。


 どうやら国王様の発言が聞こえていたのだろう。聖女リーサの表情はゆがんでいる。


 人を救えないことに対する悔しさからだろうか? それとも俺よりも劣ると評価されたことに対する劣等感からだろうか?


 いずれにせよ、高潔な聖女様には似つかわしくない表情に見える。


「どういうことでしょうか?」

「うむ。そなたのように毒で瀕死の者を治療することができぬのじゃ」

「……なるほど」


 それは単にレベル不足なだけではないだろうか? 光の欠片を集めれば事足りる気がするのだが……。


「……して」



 聖女リーサが何かをつぶやいた。ものすごい表情をしている。


「はい? なんでしょうか? 聖女様」

「どうして男のくせに治癒の光が使えるの? 治癒の光は女のみのはずでしょう!?」

「えっ?」


 聖女リーサは突然癇癪かんしゃくを起こし、俺は思わず唖然あぜんとしてしまった。


「あたしにはマルコ様とパオロ様とサヴィーノ様とエリオ様がいるから十分です!」


 聖女リーサはそうきっぱりと断言すると、プイとそっぽを向いてしまった。


 さっぱり意味が分からないが、どうやらこの女は男の俺がヒールを使えることが許せないらしい。


「国王陛下、聖女様もああ仰っていますし、この件はなかったことにしてください」

「う、うむ……」


 国王はしょんぼりした様子でそう答え、王妃は聖女リーサをものすごい目でにらんでいた。だが聖女リーサはその視線に気付かず、不機嫌な様子でそっぽを向き続けているのだった。


◆◇◆


 なんとも微妙な空気となったものの、それからもパーティーは続き、聖女リーサと共に旅立つという三人の仲間が紹介された。


 一人は第二王子、もう一人は教会の聖騎士パオロ、そして最後の一人はサヴィーノという若手王宮魔術師だ。なんとサヴィーノはマッシモさんの又甥、つまりマッシモさんの弟の孫なのだそうだ。


 聖女リーサが口走っていたエリオが誰なのかは分からないが、おそらく側仕えか何かだろう。


 まあ、どうでもいい話だが。


 それはさておき、聖女リーサが表舞台に登場したということは、きっと原作小説の時間に突入したということなのだろう。


 だがこのまますんなりと原作小説どおりの展開にはならないだろうし、もしそうなろうとも必ず止めてみせる。


 というか、そもそも、すでに原作小説のシンボルアイテム二つはレシピになっているのだ。生憎原作小説がどういうストーリーなのかは知らないので関係ないといえば関係ないのだが、少なくともシンボルアイテムもなしにストーリーどおりの展開になることはないだろう。


 それにマッツィアーノだって、魔の森の奥にあった次元の裂け目を失ったのだ。マッシモさんの解析によればあの装置の稼働には次元の裂け目が必要らしいので、長期的に見ればその戦力は徐々に削られていくはずだ。


 完全に力を失うということはないにせよ、影響力が低下するのは間違いない。


 となると、あとは戦力が減っていることを認識したマッツィアーノがどう動くのか。


 それを知るためにもどうにかしてティティと連絡を取って情報を共有したいところだが……俺から連絡を取る手段がないのがなんとももどかしい。


 ともあれ、俺は俺の目的のためにベストを尽くすしかない。


 壇上で三人の男に囲まれている聖女リーサを見つつ、俺はそう決意を新たにするのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/04/12 (金) 18:00 を予定しております。

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