第122話 それぞれの思惑

 かつて何度も訪れたベルトーニ子爵領の領都オピスタレトへとやってきた。だがそのときとは違い、オピスタレトの町はとてつもないレベルの厳戒態勢となっている。


 今は町の南門から迎賓館へ向かっているのだが、目抜き通りであるこの道には人っ子一人いない。いくら国王陛下が通るとはいえ、普通はここまでしないだろう。だがこのことからも、ベルトーニ子爵がどれほど神経質となっているかがうかがえる。


 ちなみに今回の俺の役目は王太子殿下の護衛だ。今もその役目を果たすため、王太子殿下の馬車のすぐ後ろについて警備を担当している。暗殺未遂事件以来、国王陛下は俺を何かと王太子殿下のそばに控えさせようとしてきており、俺としてもそれは悪いことではないため、積極的に受け入れるようにしている。


 さて、道には誰も歩いていないものの、さすがに建物の中からは追い出すことまではしなかったようだ。誰も窓を開けていないが、多くの人がこちらを見ている。


 となると窓や建物の上から矢で狙われるということもありそうだが……。


 緊張しながら沿道の建物の窓に気を配っていると、数十メートル先の建物の四階の窓が開いた。


 俺たちに緊張が走る。


 ヒュン!


 窓から何かが放たれ、少し前を走っている国王陛下のほうに飛んでいった。だが命中しなかったようで、硬い物が石畳の上に落ちたようで、乾いた音が聞こえてくる。


 すぐに車列は停止し、俺たちも次の攻撃に備えて警戒態勢に入る。いつでも飛び出せるように準備をするが、何も起こらない。


 一方で、矢が放たれた建物にはオピスタレトの警備隊が突入していくのが見えた。国王陛下の警護を担当している近衛騎士団の騎士たちも引き続き周囲を警戒している。


 ……何も起こらない。


 やがて開いた窓から警備隊の兵士が顔を出し、問題がないことを示すサインを送ってきた。


 ようやく車列はようやく動き出す。


 そしてそれからは何も起こらず、俺たちはなんとか無事に迎賓館まで到着したのだった。


 ちなみに国王陛下の馬車のほうに飛んでいったのは子供が練習用に使うおもちゃの矢だった。おもちゃの矢が放たれた場所は空室で、警備隊が到着したときには誰もいなかったのだそうだ。


 わざわざおもちゃの矢を射ってきたということは、きっといつでもやれるという警告なのだろう。


 俺たちは改めて気を引き締めるのだった。


◆◇◆


 一方その頃、コルティナにあるマッツィアーノ公爵家の屋敷では、セレスティアが執務を代行していた。


 するとそこへロザリナがアンナとサラを引き連れて押しかけてきた。


「セレスティア!」


 ロザリナは血相を変え、セレスティアに詰め寄る。


「ロザリナお姉さま、どうなさいました?」

「ちょっと、どういうことですの? どうしてセレスティアが臨時代理をしているんですの?」


 しかしセレスティアは無表情のまま、淡々と答える。


「お父さまのご命令です」

「っ! 継承順位最下位のくせに、生意気ですわ」


 セレスティアは小さくため息をついた。


「ロザリナお姉さま、申し上げたとおり、これはお父さまのご命令です。私がお父さまに逆らうことなどできるはずがないのはご存じのはずですよね?」


 それにアンナとサラが突っかかる。


「どうせそう命じるようにお願いしたのでしょう? そのマッツィアーノらしからぬ容姿を大層気に入ってらっしゃるのですから」

「もしかして、自分の父親にまで色仕掛けをしたんですの?」

「ありえますわね。あの母親ですもの。母親が母親なら娘も娘ですわね。まさか父親にまで」


 ありもしない言葉を並べ立ててセレスティアを侮辱するが、セレスティアは眉一つ動かさずに応える。


「ご自由に。お父さまにはお二人がお父さまのことをそのように言っていたと報告しておきます」


 するとアンナとサラは露骨に狼狽える。


「い、言いつけるだなんて卑怯ですわ」

「こんなところまで父親に頼るだなんて」

「それで、用件はなんですか? 無いのならお引き取りください。執務の邪魔です」


 まったく意に介した様子もなく、セレスティアは無表情のままピシャリとそう言い放った。


「なっ!?」

「ロザリナお姉さま、私が臨時代理となったことに対する苦情はお父さまにお願い致します。私がどうこうできる話ではありません」

「な……」

「それでは、どうかお引き取りください。そうでない場合、執務を妨害したとして報告をしなければならなくなってしまいます」

「うっ……」


 ロザリナの視線が宙を泳ぐ。


「わ、わたくし、そういえばこれからお茶会の時間でしたわ。ごきげんよう」


 完全に言い負かされたロザリナはそう言うと、二人を連れてそそくさと退室していく。


 するとそんな彼女たちと入れ替わるようにサルヴァトーレがやってきた。


「よう、セレスティア」

「まぁ、サルヴァトーレお兄さま」


 セレスティアはさきほどとはうってかわって嬉しそうに微笑む。


「どうした? ロザリナたちにいじめられたのか?」

「ええ。私がお父さまに色目を使って臨時代理になった、と」

「なんだと!? あいつら! お前は俺のモノだ。それを!」


 サルヴァトーレは怒りに任せて拳をセレスティアの執務机に叩きつけようとしたが、怯えた様子のセレスティアが目に入ったのか、ハッとした表情でそれを思いとどまる。


「サルヴァトーレお兄さま、落ち着いてください。私なら大丈夫です」

「セレスティア……」


 サルヴァトーレはそう言ってセレスティアを抱きしめようとするが、セレスティアは立ち上がってするりとそれをかわした。


「セレスティア?」


 セレスティアが抱擁を受け入れるものだと思っていたサルヴァトーレは目を見開いて驚いた。


「サルヴァトーレお兄さま、申し訳ありません。私の心はお兄さまにありますが、私の体は次の継承者のものなんです」

「セレスティア……」

「サルヴァトーレお兄さまが継承者ならどんなに良かったことか……」

「俺は継承順位第三位だ。あと二つ上げればいいだけだ。だから――」

「やめてください。どうやってサンドロお兄さまに勝つおつもりですか? サンドロお兄さまはファウストお兄さまとサルヴァトーレお兄さまの従えているモンスターを合わせたよりも多くのモンスターを従えているではありませんか」

「それは……そうだが……」

「そんな恐ろしいサンドロお兄さまと戦ってサルヴァトーレお兄さまが傷つくのを見たくはありません」


 セレスティアはそう言うと、悲しそうに顔を伏せた。


「セレスティア……お前……」


 サルヴァトーレは悔し気な表情を浮かべ、黙りこくる。だがすぐに何かを決意したような表情となった。


「いや、ダメだ。お前は俺のモノだ。俺のモノを奪わせるわけにはいかねぇ」

「でも……」

「大丈夫だ。安心しろ。お前はあのいけ好かねぇサンドロのモノになんかならねぇ」


 セレスティアはまるですがるような、それでいて不安と心配が入り混じったような目でサルヴァトーレを見上げている。


「俺に考えがある」

「え?」

「任せておけ。今ファウストの野郎が面白いことをやっていてな。あいつと一時休戦すればいいだけだ」


 セレスティアは困ったような表情を浮かべている。


「お前には難しすぎたか。まあ、大丈夫だ。お前はただ待っているだけでいいからな」


 そう言うと、サルヴァトーレは満足げな様子でセレスティアの臨時執務室を後にした。


 すでにサルヴァトーレの脳内ではセレスティアを抱いている未来でも見えているのだろうか?


 廊下を歩くサルヴァトーレの顔はニヤけており、なんともだらしない表情を浮かべている。


 一方、サルヴァトーレを見送ったセレスティアはクルデルタと瓜二つの邪悪な笑みを浮かべながらつぶやいた。


「ふん。馬鹿な男ね。本当に私が手に入ると思っているのかしら」


◆◇◆


 セレスティアの執務室を出たサルヴァトーレは、まっすぐにファウストのところへとやってきた。


「サルヴァトーレ、お前が俺のところに来るなんて、一体どういう風の吹き回しですか?」

「用があってな。俺はお前のように回りくどいことは嫌いだ」

「それで?」

「ああ。手を組もうぜ」

「なんだと?」


 ファウストはサルヴァトーレからの意外な申し出に眉をひそめる。


「なあに、簡単な話だ。このままだと俺らはあのいけ好かねぇサンドロの野郎に殺される」

「……」

「なら、サンドロの野郎を排除するまでは協力したほうがいいだろう?」

「……一体誰の入れ知恵ですか?」

「は? 誰の入れ知恵でもねぇよ。それとも、俺とお前で今決着をつけてぇのか?」


 サルヴァトーレが不快感をあらわにすると、ファウストはじっと考えるような仕草をした。


「……いいでしょう」

「おう。じゃあ、休戦だ。ならさっそく、お前がやってるっつー魔力を強化する方法について教えろ」

「やはりそれが目的でしたか。ですがあれはまだまだ実験途中で、普通の人間には効果がありません。ですが、マッツィアーノの血を引く者であれば多少の効果があります」

「ほう?」

「傍系の連中で実験したのですが、ほんのわずかしか効果がありませんでした。ですが、サルヴァトーレであれば……」

「なるほど。血が濃いほど効果が高いということか」

「そういうことです」


 サルヴァトーレとファウストはそう言ってニヤリと笑い合うのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/03/17 (日) 18:00 を予定しております。

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