第121話 一触即発
この捜査で得た資料のおかげで、各地の地下暗殺集団が芋づる式に摘発された。
さらに王太子殿下はロレンツォーニ伯爵を呼び出して抗議しようとしたが、なんとロレンツォーニ伯爵はマッツィアーノ公爵の庇護下にあることを盾にしてそれを拒否した。
そしてロレンツォーニ伯爵は事件への関与そのものを否定する声明を発表し、さらにマッツィアーノ公爵が一方的な決めつけであるとして王家に冷静になるように呼び掛けてきた。
王太子殿下を暗殺しようとしておいて何が冷静になれ、だ。
すべての証拠は押収された資料が正しいことを示しており、ロレンツォーニ伯爵の罪は明らかだ。そしてマッツィアーノ公爵がここまで庇い続けるということは、つまり事件の背後にマッツィアーノ公爵がいるということなのだろう。
もはやロレンツォーニ伯爵への武力行使もやむなし。
そんな雰囲気でまとまりそうになったところで突如、国内の各地でモンスターが今までにない苛烈さで人を襲うようになるという事件が発生した。
そのため、マッツィアーノ公爵家にみかじめ料を支払っていない諸侯はその対処に追われることとなってしまった
それはもちろん王家も例外ではなく、俺たち銀狼騎士団も要請に応じて各地を転戦せざるをえなくなった。
こうしてロレンツォーニ伯爵を罰するだけの余力を持つ者はいなくなり、懲罰戦争の話は立ち消えとなってしまった。
もちろん俺も、とんでもなく忙しい毎日を送っている。
そんなこんなで季節は巡り、あっという間に交流会の時期となった。
今回の開催場所はなんと、ベルトーニ子爵領の領都オピスタレトだ。
開催場所は去年の交流会の時点で決まっていたそうなのだが、今までにないほど緊張した状況での開催だ。マッツィアーノ公爵にみかじめ料を支払っていないベルトーニ子爵領としては、きっとかなり頭の痛いイベントだろう。
みかじめ料を払ってしまえばいいと思うかもしれないが、ベルトーニ子爵領はそこまで豊かな領地ではない。
だから払ってしまえば領地経営はかなり苦しいものとなる。かといって払わなければモンスターの襲撃で領地はボロボロになっていく。そうなるとモンスターに対抗するためにいい騎士や冒険者をたくさん集めなければならなず、それには高額の報酬が必要となる。
そんな状況にこのイベントだ。何かあれば責任問題に発展するわけで……心中は察するに余りある。
ちなみにこちら側の参加者は去年と同様に国王陛下と王太子殿下だ。しかし、マッツィアーノ側は違っていて、ティティとあの悪魔は参加しないという通告が来ている。
ティティの顔が見られればと思っていたのだが……。
そしてティティたちの代わりにサンドロ・ディ・パクシーニという男が出席するらしい。
捕らえられていたときには会っていないが、こいつはマッツィアーノ公爵の後継者と目されている男だ。なんでも現マッツィアーノ公爵クルデルタと同程度の魔力を持ち、大量のモンスターを従えているらしい。
形式上は問題を解決するためのトップ同士の会談という形になる。だが別の見方をすれば、これはマッツィアーノが脅しを掛けてきたともいえる。
魔力が高いほどより多くの、そしてより強力なモンスターを従えることができる。マッツィアーノ公爵家の魔力ツートップが来るということは、それだけ多くの強力なモンスターを動かせるということを意味しており、これは交渉の結果次第では強硬手段に出ることも辞さないという暗黙のメッセージとも取れるのだ。
だから俺たち銀狼騎士団も魔竜ウルガーノ討伐に参加した五十人を含む精鋭百名で警備に臨む。
交渉というのは、正しいことを言った者の言い分が通るのではない。相手に交渉したほうがいいと思わせる何かが必要なのだ。特にマッツィアーノ公爵家が相手の場合、力のない相手は交渉相手にすらならない。踏みにじられて終わりだ。
というわけでオピスタレトに向かう騎士団のメンバーに選ばれた俺は、銀狼騎士団の本部で王太子殿下の出発前の訓示を聞いている。
その内容を要約すると、今回の交流会はとても大事で、王家側、マッツィアーノ側、ベルトーニ子爵側のいずれからも怪我人を出すことなく終わらせろというものだ。
「――以上だ。お前たちの奮起を期待する」
「「「はっ!」」」
俺たちは王太子殿下の訓示に敬礼で応えるのだった。
◆◇◆
一方その頃、コルティナにあるクルデルタの執務室にセレスティアがやってきた。
「お父さま、失礼します」
セレスティアが中に入ると、そこにはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるクルデルタと無表情のサンドロの姿があった。
「あら、サンドロお兄さま。お久しぶりです」
「ああ」
サンドロはギロリとセレスティアを
「サンドロお兄さま、どうなさったんですか?」
セレスティアはニコリを微笑みながらそう聞くが、サンドロは答えない。そんな二人を仲裁するでもなく、クルデルタは口を開く。
「サンドロ、お前には任務を与える」
「はい」
「お前は――」
クルデルタはサンドロに短い指示を与えた。
「セレスティア、お前は留守を守れ。今のお前ならば任せてもいいだろう。セレスティア・ディ・マッツィアーノ、マッツィアーノ公爵家の継承順位第二位としての勤めを果たせ」
「分かりました。お父さまとサンドロお兄さまの留守をしっかりお守りします」
セレスティアはそう言ってニコリと微笑んだのだった。
◆◇◆
クルデルタの部屋を退出し、廊下を歩いているセレスティアの手をサンドロが後ろから掴んだ。
「あら、サンドロお兄さま。何か御用ですか?」
「お前、何を企んでいる?」
「企む? なんのことですか?」
「父上に上手く取り入ったようだが、俺は
「……」
サンドロの血のように赤い目がセレスティアの目をじっと見る。だがセレスティアも視線をそらさず、赤く大きな目でサンドロの目を見つめ返す。
しばらく沈黙が続いたが、先に口を開いたのはセレスティアだった。
「私はお父さまのお言いつけどおりにやっているだけです」
だがサンドロはなおもセレスティアの目をじっと見続ける。
するとセレスティアは小さくため息をついた。
「文句があるならお父さまに言ってください。それと、手を離してくれませんか?」
しかしサンドロが手を離す気配はない。
セレスティアは大きなため息をついた。そして挑発するような表情を浮かべる。
「もしかして、そんなに私が欲しいのですか?」
セレスティアは唇をぺろりと舐め、妖艶な笑みを浮かべる。
「そういえばサルヴァトーレお兄さまもよくそんなことをなさっ痛っ!」
セレスティアが悲鳴を上げ、ようやくサンドロは手を離した。
セレスティアは無表情のままサンドロをじっと見つめ、それから再び大きなため息をついた。
「それでは、失礼します」
セレスティアは、そのまま踵を返して立ち去っていく。サンドロはその姿を鋭い目で見送るのだった。
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次回更新は通常どおり、2024/03/16 (土) 18:00 を予定しております。
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