第108話 魔竜の目覚め(後編)

「はい。戦って魔竜ウルガーノを倒すべきだと考えます」


 俺は自信をもってそう言い切った。すると他の騎士たちは驚き、一斉に俺のほうを見てくる。


「ほう。それはなぜだ?」


 王太子殿下は興味深そうにそう質問してくる。


「このまま放っておけば多くの民に犠牲が出るでしょう。騎士は民を守ることが仕事ですので、銀狼騎士団としてもそのために行動すべきだと思うからです」

「なるほど。理想はそのとおりだが、勝算はあるのか?」

「はい。もちろんです」


 勝算はあるし、俺なりの打算もある。


「まず、今回の作戦は少数の志願者のみで行うべきです」

「なぜだ?」

「魔竜ウルガーノの咆哮ほうこう、そしていかずちによる状態異常から守れる人間が俺しかいないからです」

「それは一理ある。それで?」

「作戦は待ち伏せを基本とします。そしてまず崖に横穴を掘り、そこにバリスタを配置します。こうすることでバリスタ部隊をいかずちから守ることができます。炎については穴の形状を工夫することである程度は防げるはずです」

「ほう、なるほどな。記録によると魔竜ウルガーノは常に襲ってくるわけではない。トンネルを掘る余裕はあるだろう」

「はい。また、バリスタ部隊には特殊な矢を作って与えましょう」

「特殊な矢だと?」

「はい。光属性の攻撃魔法の効果をバリスタの矢に込め、撃てるようにするのです」

「そのようなことができるのか? 私が昔弓矢で試したときはできなかったぞ?」

「それはやじりの素材の問題です。聖銀ミスリルを使えばそれが可能となります」


 するとそれを聞いたトンマーソ卿が非難するような声を上げる。


聖銀ミスリルを鏃に使うだと!? 一体どこにそんな金が!」

「黙れ! お前に発言を許可していない!」


 しかし王太子殿下がトンマーソ卿を一喝した。


聖銀ミスリルの鏃か。本当にそんなことが可能なのか?」

「はい。ちょうど先月、自分以外の騎士が光属性の魔法の力を扱えるようにする方法を探すため、聖銀ミスリルについて調べておりました」

「ほう?」

「すると実験の結果、光属性の攻撃魔法を短時間ではありますが、保持してくれることを確認しました。その魔法は衝撃を与えることで発動しましたので、私たちが普段モンスターに対して剣でやっていることと同じことができるはずです」

「……なるほどな。聖銀ミスリルであれば入手は可能だ。だがお前がバリスタのほうへと行っては誰が咆哮から騎士たちを守る?」

「いえ、バリスタに魔法を込めるのは王太子殿下にお願いしたいです。俺は前線で魔竜ウルガーノを足止めします」

「なるほど? だが七十年前はそれで甚大な被害を出したという記録があるぞ?」

「ですが、七十年前とは違い、我々には勝ち目があります。状態異常は食い止められる者と聖銀ミスリルの矢に光属性魔法を込められる者が同時に存在しているのです。今をおいて他に魔竜ウルガーノを討伐するチャンスはないと考えます」

「……いいだろう。試してみる価値はありそうだ。レクスの提案をベースに作戦を練ってみようじゃないか」

「殿下!?」

「危険です!」

「御身にもしものことがあれば!」


 騎士たちは血相を変えて王太子殿下を止めようとするが、そんな彼らに王太子殿下は冷ややかな視線を向ける。


「では聞こう。お前たちが言う方法で民の犠牲を減らせるのか?」

「手早く避難誘導を行えば……」

「そうすれば魔竜ウルガーノは本土まで飛来するだけだろうな。九十八年前の記録によると、魔竜ウルガーノは本土にも飛来している。そうなったときはどうする? 本土の民も避難させるのか? もしかすると魔竜ウルガーノはレムロスにまで来るかもしれんぞ?」

「う……」

「そのようなことは……」

「ほう。ないとどうして言い切れる?」

「それは……」


 反対していた騎士たちはすぐに押し黙ってしまった。


「そもそも、お前たちはなんのために騎士になったのだ? 民を守るためではないのか?」

「……」


 王太子殿下に反論する者はもう一人もいなくなった。


「なぜこの中でもっとも年の若い新人騎士だけがこのような提案をしているのだ? なぜ真剣に考えない?」


 王太子殿下が今まで見たことのない様子で騎士たちを詰めている。


 すると王太子殿下は俺のほうをちらりと見る。


「レクス、私はお前が個人的に聖銀ミスリルを調査していたことを高く評価するぞ。無論これから検証はするが、モンスターと戦うために自分以外の者の力を底上げし、全体の力を高めようとするその考え方は上に立つ者に必要な考え方だ」

「ありがとうございます」


 あたかもそういう狙いで調査していたという体で、頭を下げた。


 もちろん別にそんなことを考えていたわけではなく、単にマジックアイテムを錬成したかっただけだ。


 だがティティをマッツィアーノから救った後のことを考えれば、俺はまだまだ地位を上げておく必要がある。わざわざリスクの高い魔竜ウルガーノの討伐を提案したのもそのためだ。


 恐らく王太子殿下をみすみす死地に送るわけにはいかないと国王からストップかかるだろうが、それでも王太子殿下の評価は確実に上がるはずだ。


 そんな俺の本心を知ってか知らずか、王太子殿下は満足げにうなずいた。


 そして再び騎士たちに強い言葉を放つ。


「レクスを見習え! 騎士の誓いを忘れたのか? 臆病風に吹かれ、誓いを放棄するのであれば騎士など辞めてしまえばいい!」


 それを聞いた騎士たちははっと目を見開き、がっくりとうなだれたのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/03/03 (日) 18:00 を予定しております。

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