第106話 魔竜の目覚め(前編)

 勉強の時間が空いたので、俺は錬金術のほうに時間を掛けることができるようになった。さすがに神金オリハルコンは手に入らなかったが、少量の聖銀ミスリルが手に入ったのでそちらの研究をしている。


 神金オリハルコン聖銀ミスリルもブラウエルデ・クロニクルではマジックアイテムを作る際には必須だった素材で、これがなければそもそも何もできないと言っても過言ではない。


 色々と調べてみた結果、聖銀ミスリルは予想どおり魔力ととても親和性の高い金属であることが確認できた。そしてホーリーを一時的ではあるが保持してくれ、衝撃が加わったときに発動するという面白い性質があることを発見した。


 魔法を保持できる期間は数分と短いため、まだ実用段階にはない。だがこれをもっと長い期間保持させることができれば、ホーリーをエンチャントした武器を流通させることができる。そうなればかなり面白いことになるのではないだろうか?


 そんな個人研究をしながら過ごしているとあっという間に時間が流れ、もう二月となった。


 そんなある日、王国の南西部に浮かぶ大きな島シシル島を治めるシシル侯爵から、魔竜ウルガーノが目覚めたという連絡が入った。


 魔竜ウルガーノというのはウルガーノ島というシシル島の西に浮かぶ小さな火山島をねぐらとするドラゴンで、数十年周期で目覚めてはシシル島とパクシーニ王国南部を破壊して回るという凶悪なモンスターだ。


 魔竜ウルガーノによる被害は数千年前からずっと続いていたとされ、この国の建国にも深いかかわりがある。というのも、魔を滅する光を操る建国王が、盟友だった初代マッツィアーノ公爵と力を合わせ、これを撃退したことで民を守ったことでパクシーニ王国が建国されたというのがこの国の建国史なのだ。


 今のマッツィアーノ公爵家の振る舞いからするとまるで信じられない話だが、もしかしたら初代は違ったのかもしれないな。今となっては確かめようもないが。


 ともあれ、建国史が正しいのであれば、初代マッツィアーノ公爵が従えられないまでもなんとか力を抑え込み、建国王がホーリーで攻撃することで倒すまではいかないもののなんとか撃退したということなのだと思う。


 そうして深く傷ついた魔竜ウルガーノは険しいウルガーノ島で眠りにつき、食事が必要になったときにだけ目覚めているということなのではないだろうか?


 そんな魔竜ウルガーノの目覚めを受けて銀狼騎士団に救援要請が入り、王太子殿下は隊長級の騎士全員を招集し、会議を開くことにした。


 なぜそんなことを知っているのかというと、不思議なことになぜか隊長級でもないのに俺も呼ばれているからだ。


 というわけで、俺は指示された会議室にやってきた。


「騎士レクス、到着しました」


 そう言って中に入ると、クレメンテ卿、マルツィオ卿といったヴァリエーゼで部隊の指揮をしていた騎士たちだけでなく、面識のない騎士たちも大きな円卓を囲んでいた。


 俺はクレメンテ卿に手招きされ、その隣に着席する。


 それからも続々と騎士たちが集まり、円卓がちょうどいっぱいになってから数分後に王太子殿下がやってきた。俺たちは一斉に立ち上がり、敬礼する。


 王太子殿下が着席すると俺たちも着席し、すぐに会議が始まる。


「ご苦労。お前たちも聞いていると思うが、魔竜ウルガーノが目覚め、我々銀狼騎士団に救援要請が届いた。前回の目覚めは三十七年前で、当時の記録によると各地の騎士団が総出で住民の避難を手助けしたとあるが、交戦して撃退したとの記録はない」


 え? それって戦うのを諦めて、隠れてやり過ごしたってこと?


「まずは当時の記録を振り返ろう。魔竜ウルガーノはおよそ一年にわたってシシル島に飛来し、記録にあるだけで町と村は合わせて十八消滅、家畜はほぼ全て食われ、住民の死者と行方不明者は合わせて八千名にものぼったされている。また騎士は二百五十三名が死亡し、七百九十五名の負傷者が出た。また、その後も働き手が失われたことでシシル島の経済にはかなり大きな打撃があったとされている。なお、本土での被害は確認されていない」


 なるほど。マッツィアーノ公爵はどうせ協力しなかったのだろうし、当時は王太子殿下もまだ生まれていない。なんとかしたくても、なすすべがなかったのだろう。


 村の人口は多くても百名くらいなので、十八の町と村で合計八千名の死者と行方不明者ということは、大きな町が一つか二つ滅ぼされたのだろう。そうなれば人手不足に陥るのは当然のことだし、家畜を失ったのであれば農地もかなりやられたはずだ。となると、きっと食糧難にもなっていたことだろう。


「ここまでが当時の大まかな記録だが、何か質問はあるか?」

「はい」


 マルツィオ卿が手を挙げた。


「マルツィオ」

「はっ! 以前の交戦記録は残っておりますでしょうか?」

「前回は戦いを選ばず、住民の避難のみを行ったため残っていない。だがその前、つまり今からちょうど七十年前の記録ならば残っている」

「それはどのような?」

「記録によると、魔竜ウルガーノの攻撃は五種類が記録されており、一つは口から炎を吐くというものだ。この攻撃がもっとも多くの犠牲者を出したと記録されている。二つ目は近付いた者に対して尻尾を叩きつけるなどの打撃を加える攻撃だ。これも強力で、一撃で岩を砕いたと記されている」


 炎のブレスと物理攻撃か。ドラゴンといえばというある意味テンプレな攻撃方法だな。


「三つめは翼を羽ばたかせることで突風を巻き起こすというものだ。その風はすさまじく、巨大な岩すら吹き飛ばしたとあるので、これは魔法によるものと解釈するのが打倒だろう」


 なるほど。風属性魔法も使うのか。かなり厄介そうだ。


「残る二つについては、表現が誇張されているのではないかと思われる内容だが、四つ目だ。魔竜ウルガーノの巨大な雄叫びを聞いた者には様々な症状が現れるという。ある者は口から泡を吹いて倒れ、ある者は失神し、ある者は突如金縛りになったかようのように動けなくなり、またある者は混乱して味方に攻撃をし始めたそうだ」


 ん? それって魔竜ウルガーノは瘴気を放ったんじゃないのか? 


 その話は、魔界の影の黒い波動と同じで、毒、気絶、行動不能スタン、幻惑の状態異常になったように聞こえる。


「最後の一つはもっと怪しいのだが、なんと魔竜ウルガーノはいかずちを操るというものだ」

いかずちですと?」

「ああ。その戦いでは空を飛ぶ魔竜ウルガーノを撃ち落とすため、バリスタを用意していた。だが魔竜ウルガーノは雄叫びで雷雲を呼び、高台に陣取っていたバリスタ部隊を落雷により全滅させたと書かれている。落雷の直撃を受けた者は即死し、その周囲にいたすべての兵は一切動けなくなったとある。そこを魔竜ウルガーノの炎によって焼かれたそうだ」

「そのようなことが……」

「あくまで記録だ。私はこの四つ目と五つ目の攻撃は事実をかなり誇張して書いたものだと推測している」

「なるほど。ありがとうございます」


 マルツィオ卿は納得したようだが、俺にはウルガーノの操るいかずちというのは雷属性魔法のようにしか聞こえない。


「他に質問はあるか」

「「はい」」


 手を挙げたが、同時にクレメンテ卿も手を挙げている。王太子殿下は俺たち二人を交互に見て、発言者を指名するのだった。


================

 次回更新は通常どおり、2024/03/01 (金) 18:00 を予定しております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る