第88話 新たな依頼

「お帰りなさいませ、レクス様。お疲れ様でした」


 ガルポーレでの依頼を終え、リツァルノへと戻ってきた俺をギルドの受付嬢が満面の笑みで迎えてくれた。


「レクス様、本部長がお呼びですのでどうぞこちらへ」

「え? この格好で大丈夫ですか?」


 予想外の事態に思わず聞き返してしまった。


 アプリア伯爵領本部の本部長ということは、要するに伯爵様だ。さすがに旅をしてきたままの汚れた格好で面会するのは失礼だと思うのだが……。


「問題ありません。本部長よりできるだけ早くお呼びするようにと仰せつかっております」


 だが受付嬢は笑みを浮かべたままそう答えた。


「はあ、そうですか。もしかしてもう待ってたりします?」

「いえ、これからお呼びします」


 ということは、軽く数時間待たされるな。


「じゃあ、今のうちに依頼の完了報告をしてもいいですか?」

「かしこまりました」


 こうして俺は依頼の完了報告をし、報酬を受け取った。それから案内されてギルドの応接室に行き、そのまま四時間ほど待ったところでようやく応接室の扉が開く。


 扉から立派な身なりの中年男性が入ってきたので、俺はすぐに立ち上がって頭を下げる。


「うむ。礼儀はなっておるな。私がアプリア伯爵だ。さて、私は忙しいので用件のみ伝えるぞ」

「はい」

「まず、この度はご苦労だった。海賊の壊滅と奴隷解放については特別に褒賞を用意した。帰りに受付で受領していくように」

「はい。ありがとうございます」

「そして、約束どおり、お前をCランク冒険者として認定する。これはその証だ」


 そう言ってアプリア伯爵は俺にCランクの冒険者カードを手渡してくれた。きちんと所属クランの記載は残っている。


「さて、では早速我が領を代表する冒険者として指名依頼を行う」

「指名依頼ですか?」

「うむ。Cランク冒険者レクスよ。アンテララ侯爵領で行われるモンスター討伐に参加してきなさい」


 アンテララ侯爵領といえば、北東部にあるかなり大きな領地だ。マッツィアーノ公爵領に近付きはするが、ガルポーレでの成果を試せると考えれば悪くない。


「分かりました。依頼書は現地でしょうか?」

「そうだ。レクスよ、お前はアプリア伯爵領の代表の一人だ。しっかりと活躍してくるように」

「ははっ」


 細かい条件が分からないのは引っかかるし、マッツィアーノ公爵領に近付くことになるのも不安だ。だがCランクに昇格したその日にいきなり伯爵の命令を断るわけにもいかない。


 こうして俺はアンテララ侯爵領で行われるというモンスターの討伐作戦に参加することとなったのだった。


◆◇◆


 ひと月ほどかけ、俺はアンテララ侯爵領の領都プラトイアへとやってきた。冒険者ギルドに行き、受付でアプリア伯爵からの紹介状を手渡す。


「レクス様、ようこそお越しくださいました。突然で恐縮ではございますが、実はこれよりブリーフィングが行われます。どうぞこちらへお急ぎください」


 どうやらタイミングがギリギリだったようで、俺は受付嬢に急かされて奥にある大型会議室へと入った。するとそこには百人以上の冒険者たちがずらりと集まっている。


 冒険者たちは誰もが歴戦の勇士といった雰囲気を醸しだしており、俺のような若造は一人もいない。そして皆緊張した面持ちで座っており、静寂が会議室を支配していた。


 そのあまりにひりついた空気に、俺は思わず背筋を伸ばす。


 それからしばらく待っていると、一人の貴公子が入ってきた。銀髪に金の瞳、驚くほどの甘いマスクだがその表情はきりりと引き締まっている。


「皆、よく集まってくれた」


 貴公子はよく通る声でそう話し始める。たったの一言だというのに、ついつい彼の言葉に集中してしまう。


「私はルカ・ディ・パクシーニ。知っている者も多いかもしれないが、この国の王太子だ」


 えっ? あの人があの噂の?


 ……なるほど。道理でオーラが違うわけだ。


「今回はCランク以上の特に優秀な冒険者たちが各地から集まってくれたと聞いているが、どうやらまさにそのとおりのようだな」


 王太子殿下はよく通る声でそう言うと、俺たち一人一人の顔を確認するかのように視線を回す。


「ああ、やはりそうだ。皆、顔つきが違う。私は皆の顔を見て、信頼のおける者たちだと確信した」


 そんなことはないことは分かっているのだが、巧みな視線の動きと間の取り方のおかげで、まるで王太子殿下が俺一人に話しかけているかのような錯覚に陥る。


「さて、そんな皆に集まってもらったのは、現在アンテララの北部、ヴァリエーゼにて大規模なモンスターの集結が確認されているからだ」


 一度間を置き、王太子殿下は再び話し始める。


「皆の力でヴァリエーゼの民を救ってほしい。さすれば名誉と金は皆の者だ。皆の奮起を期待する!」


 王太子殿下はそう力強く言うと、そのまま会議室から出ていった。


 すごいな。あれが王太子殿下なのか。ついついその気にさせられてしまいそうだった。


 あれが、王族のカリスマというやつなのだろうか?


 ……って、感心している場合じゃないな。王太子殿下の親征ということは、目に留まる活躍をすれば繋がりが手に入るということだ。


 よし! これはまたとないチャンスだ。今回は自重せず、最大限目立つようにアピールしてやろう。


 俺は密かにそう決意するのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/02/12 (月) 18:00 を予定しております。

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