第87話 任期満了

 あれからマリンはたまにガルポーレに遊びに来るようになり、あの浜辺は子供たちとマリンの遊び場となった。


 また、特に何もない日でも、夜になるとたまにマリンの素晴らしい歌声が聞こえてくるようになった。そしてその歌を聞きながら寝た翌朝は決まってすっきり目覚めることができるのだ。


 人魚の歌声は人を惑わすと昔から伝説があるが、こんな安眠効果があるのならそんな伝説ができるのもうなずけるというものだ。


 と、その話はさておき、俺は契約期間の残りを錬金術の研究に当てている。というのも、神殿で大量に手に入れた光の欠片と闇の欠片を使ってやりたいことがあるのだ。もちろん午前中はモンスターを探しに出掛けているが、このところは一切モンスターは見かけていないので、事実上仕事をしているアピールとなっているのだが……。


 そうして錬金術に打ち込んでいる間に何をしたかだが、まずは人魚の里でもらったあの耳飾りを解析してレシピにした。


 貰いものになんてことを、と思うかもしれないが、問題ない。


 貰ったそのときは気付かなかったが、あれは聖女の耳飾りといって、聖女の首飾りとセットになっている原作小説のシンボルアイテムの一つ、つまり元イベントアイテムだ。


 


 ということは、この耳飾りは素材さえあればいくらでも作れるアイテムだということだ。


 レシピにしておけばかさばらないし、必要になったときに大量生産できる。そうすればもし複数必要になったとしても必要な数を揃えることもできるということで、いいことずくめだ。


 そしてその成功に味を占めた俺は聖女の首飾りも解析してレシピにした。


 散々使い倒したアイテムをもったいないと思うかもしれないが、これだって元イベントアイテムだ。それにそもそもデザインが女物なのであまり気に入らなかったということもある。そこで俺は聖女の首飾りのレシピをベースに研究をし、ホーリーブースターというシンプルでカッコいい首飾りのレシピを手に入れた。


 研究によるレシピの入手は素材を消費してひたすら錬成を試すというものなので、光の欠片の損失はかなりの痛手だったが、それでも聖女の首飾りよりも便利なものが作れたと自負している。


 ではどのあたりが便利になったのかというと、出力を調整できるようになったところだ。聖女の首飾りは単に発動する光属性魔法の威力を固定倍に増幅していた。だがこのホーリーブースターでは、より小さな威力での発動ができるようになっている。


 最大の威力は変わらないが、自分が本来発動できないレベルの低い威力でも発動できるため、オーバーキルにならないように調整することで余計な魔力を使わずに済むようになる。これは持久戦においてかなり大きな違いをもたらしてくれるはずだ。


 ああ、それと名前こそホーリーブースターだが、もちろんホーリーだけでなくすべての光属性魔法の増幅と発動サポート効果があることは実証済みだ。


 それともう一つの研究成果は、闇の聖女の首飾りを錬成したことだ。これは聖女の首飾りの闇属性バージョンだ。これについては聖女の首飾りのレシピで光の欠片を使っていたところを闇の欠片に置き換えただけで作ることができた。


 ただ、ほとんどすべての闇の欠片を消費してしまったうえ、聖女の首飾りと聖女の首飾りを研究したときに残った神金オリハルコンをすべて使い切ってしまったため、ダークブースターにまで研究を進められなかったのは心残りだ。とはいえこれさえあれば、ティティは魔力が低いからと自分を卑下する必要はもうなくなるだろう。


 そんなこんなで忙しいながらも穏やかな日々が続き、ついに任期満了を迎えた。


 ガルポーレでの最後の夜、三か月間を過ごしたガルポーレの人たちが盛大に俺のことを見送るためにお別れ会を開いてくれた。


「えー、皆さん、お世話になりました。色々ありましたが、ガルポーレの皆さんのお役に立てていたなら何よりです」


 俺のあいさつで、お別れ会は始まる。お別れ会は浜辺で開かれており、海には人魚の里からマリンたちも遊びに来てくれている。


「ちょっとー? あーしとレクちんはズッ友なのに、どっか行っちゃうわけ?」


 海の中からマリンがそんなことを言ってくる。


「うん。やらなきゃいけないことがあるから。でも、そのうちまた会いに戻ってくるよ」

「ホント? 約束だかんね! 破ったら、あーしがお仕置きしてやるからね!」

「あはは。そうならないようにするから」

「うん。じゃあ、あーしがレクちんのために応援の歌をうたったげる!」


 そう言ってマリンは歌を披露してくれた。応援の歌と言っていたが、たしかに聞いているとなんだか勇気が湧いてくる、そんな素晴らしい歌声だった。


 それからも村長やノーラちゃん、トスカさんなど、お世話になった人たちが次々と俺のことを労ってくれる。


 やがて村人たちは酒を飲んで酔っ払い、一人、また一人と家に帰っていく。


 そして……。


「レクちん、ちゃんと帰ってくんだからね!」

「ああ、約束するよ。会いに戻ってくる」

「んー。あーし、待ってるからね」

「ああ。ズッ友なんだろ?」

「そーゆーこと! どっかで行き倒れたりしたら、ショーチしないんだからね!」

「ああ。大丈夫だよ。俺は絶対に死ねないから」


 するとマリンは俺の目をじっと見つめてきた。それからふっとどこか寂しそうに、それでいて満足げに笑うとそのまま海へと帰っていく。


「レクちん、がんばれよー!」


 海から顔を出したマリンが振り返り際にそう言った。俺が大きく手を振り返すとマリンは再び大きく手を振り、そして夜の海へと消えていったのだった。


================

 次回更新は通常どおり、2024/02/11 (日) 18:00 を予定しております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る