第74話 ガルポーレ

 それから数日かかったものの、最終的にランクアップの件は承認された。そうして依頼を受け、俺はガルポーレにやってきた。


 ここは総戸数が二十ほどのとても小さな漁村だ。白い石灰岩の岩場ににある入り江に面しており、その入り江を天然の港として活用している。港には二十そうほどの小さな漁船が係留されているので、きっとほぼ全ての村人が漁業で生計を立てているのだろう。


 俺は早速村長の家を訪ね、ドアをノックする。


「すみませーん」


 呼び掛けてしばらくすると一人のおじいさんが出てきた。腰も曲がっており、かなり高齢に見える。


「はて、どちらさまかのう」

「はじめまして。Dランク冒険者のレクスです。依頼を受けてきました。三か月間、お世話になります」

「はっ!?」


 おじいさんは目を見開き、驚いたまま固まっている。


「あの?」


 おじいさんはしばらく固まっていたが、突然咳き込み始めた。


「ゴホッゴホッゴホッ。す、すまんのう。ちと驚いてしまってのう」


 おじいさんはそう言うと、再び咳き込んだ。


「ちょっと虹の向こうに婆さんが見えただけじゃ」


 いや、婆さんが見えたって、もしかして死んだ奥さんのことじゃないよな?


 俺が反応に困っていると、おじいさんは突然ニヤッと笑った。


「なんじゃい。せっかく冗談を言ったのに、ちっとは笑ってくれても良いじゃろうに」

「え? あ、はい。すみません」

「うむ。それで、レクスさんじゃったな?」

「はい」

「儂が村長のジラルドじゃ。依頼書を見せてくれるかのう?」

「はい」


 俺が依頼書を見せると、うんうんとうなずいた。


「それじゃあ、案内するかの――」

「おじいちゃーん! あれ? お客様?」


 村長の後ろから女の子がひょっこりと姿を現した。年のころは、そうだな。八歳か九歳か、そのくらいだろう。


「ああ、すまんのう。レクス殿、この娘は儂の孫娘でのう」

「おじいちゃん、この人、誰? あ! 分かった! 冒険者様でしょ!」

「うむ、そうじゃ。ほれ、儂はちょっとこの方を案内しなければならんのじゃ」

「案内ならあたしだってできるもん! 冒険者様! 初めまして! あたし、ノーラっていいます! 冒険者様のお名前は?」

「こんにちは。俺はレクスだよ。よろしくね、ノーラちゃん」

「はいっ! レクス様! じゃあじゃあ、あたしが案内するねっ!」

「これこれ、ノーラ」

「なによー。あたしだってちゃんと村のためにお仕事できるもん!」


 ちゃんと自分からお手伝いをしようだなんて、なんていい子なのだろう。


 俺たちの孤児院では……いや、その話はいいか。それより、どうせなら何かできることをやらせてあげよう。


「あの、案内って、どんな感じですか? もしノーラちゃんだけでできるなら――」

「あたし、できるもん!」


 ノーラちゃんはものすごい勢いでアピールしてくる。


「仕方ないですのう。ではノーラにお使いいただく家まで案内させます。モンスターや海賊の件については、後ほど」


 どうやら村長もノーラちゃんの熱意に負けたようだ。


「分かりました。じゃあ、ノーラちゃん。よろしくね」

「うんっ!」


 こうして俺は小さな案内人に連れられ、これから三か月間を過ごす家へと向かうのだった。


◆◇◆


 壁が白く塗られた家々を抜け、俺たちは少し大きな家の前にやってきた。


「こーんにーちはー!」


 ノーラちゃんがその家の扉を叩いてしばらくすると、一人の中年女性が顔を出した。


「なんだい? ノーラちゃんって、その子はどちら様だい?」

「あのね! この人はね! レクス様! 冒険者様なのっ!」

「へえ? まだそんな若いのにねぇ……」


 俺はもう十三歳なので成人しているのだが、やはり冒険者といえばケヴィンさんのように厳つい大男というイメージがあるのかもしれない。


「はじめまして。Dランク冒険者のレクスです」

「ああ、そう。Dランクってことは、腕は立つんだね。あたしはトスカ、お客様のお世話を任されてるよ」

「トスカさん、よろしくお願いします」

「じゃ、鍵はこれだ。あたしも合鍵を持ってるから、掃除のときとかは勝手に入るからね。あと、朝食は教会の朝の鐘、夕食は夕方の鐘が鳴るころだよ。留守にする時は先に言っておいておくれ」

「はい」

「それから――」


 トスカさんは早口で注意事項をまくし立ててきた。


「わかったかい?」

「はい。わかりました」

「じゃあ、ノーラちゃん。この人を案内してあげな」

「はーい! 行こ? レクス様」


 こうして俺はノーラちゃんに連れられ、今度こそ自宅へと向かうのだった。

 

◆◇◆


 案内された家は質素な一軒家だった。壁はこの村の他の家と同じように白く塗られており、ベッドが一つとテーブルに椅子もある。シャワーなどはないが、井戸があるのでそこから汲み上げて使うのだろう。


 そんなことを思いつつ荷物を置くと、ノーラちゃんがこんな提案をしてきた。


「ねえねえ! あたしが村を案内してあげる!」


 うーん、どうしようか?


 村長さんが後で来るとは言っていたが、でも断ったら可哀想な気もする。それに小さな村だし、外に出ないようにさえ気をつければ大丈夫だろう。


「じゃあ、お願いしようかな?」


 こうして俺はノーラちゃんに案内され、村を見て回った。どうやらもう漁の時間は終わっているらしく、村内には多くの村人が戻ってきていた。おかげでほとんどの村人たちに挨拶ができたような気がする。


 こうして俺はガルポーレでの初日を終え、仮住まいへと戻るのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/01/29 (月) 18:00 を予定しております。

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