第64話 聖女の首飾り

 あれからも断続的にモンスターが襲ってきたが、俺はそれらをなんとか撃退し続けている。もうどのモンスターがマッツィアーノ公爵の支配下で、どのモンスターがそうでないのかも分からない。


 だが、それももはやどうでもいい話だ。ずっと心の支えにしてきた希望を失ったが、それでも俺は死にたくない。


 そうしてあてどなく森の中を進んでいると、集落の跡のような場所に出た。きっとかなり昔に廃集落となったのだろう。わずかに石垣の跡や階段が残っているのみで、他は完全に森へと還っている。


 だが、もしかすると雨風をしのげる場所が残っているかもしれない。


 そう考えて調べていると、ツタが絡まった高さ十メートルほどの石造りの円塔を発見した。


 外径は、四~五メートルほどだろうか?


 他の建物は一切残っていないのに、この塔だけはまるで手入れがされているかのようにしっかりと残っている。


 ただ、この塔はちょっと不思議な構造をしていて、窓はおろか入口すら見当たらない。塔の基礎部分に上がるための階段はあるので、中に入れるものだと思うのだが……。


 階段を登って壁を観察するが、隠し扉のようなものは見つけられない。石と石が隙間なく、ピタリと組まれている。


 ……それにしても、見事な石組だな。


 何の気なしに、階段を登った正面の壁に手を置いてみた。すると俺の中の魔力がぞわりと妙な動きをする。


「えっ!?」


 集中力が欠けていたせいだろうか? 普段ならすぐに手を離すであろうこの場面で、俺の反応は遅れた。


 魔力がぐにゃりと動き……え?


 突然目の前の壁が光り、なんと人が一人分通れるだけの穴が空いたではないか!


「ええと?」


 一体何が起きているんだ?


 これは、入口が開いた、のか?


 そっと中を覗いてみるが、真っ暗で何も見えない。


 ランプは持っていないし、このまま入るのは危険か?


 いや、でも野宿するよりはマシかもしれない。


 よし!


 覚悟を決め、俺は塔の中に入ってみる。


 暗い中、手探りで進んでいくと、どうやら登り階段があるようだ。


 そのまま手探りで、長い急な螺旋階段を登っていくと、なんと正面に小さな窓がある小さな部屋にたどり着いた。


 窓はなかったはずなのに、一体どうなっているんだ?


 そんな不思議なこの部屋の中央には祭壇のようなものがあり、その上には大きなダイヤモンドがあしらわれた美しい首飾りが安置されている。


 ……おや? どこかで見たことがあるような?


 たしかにどこかで見たことがあるはずなのだが、どうしても思い出せない。そのことがどうしても気になり、俺はその首飾りを手に取ってじっくりと観察した。


 ……あ! 思い出した! これはブラウエルデ・クロニクルの嘆きの悪役令嬢セレスティアイベントで初実装された聖女の首飾りじゃないか!


 どうしてすぐに思い出せなかったんだ!


 このアイテムは元イベントアイテムで、その効果は光属性魔法を大きく強化するというもので、実装当時は強力なぶっ壊れアイテムだった。


 だが二年ほどでMMOの宿命であるインフレの波にのまれてその性能はありきたりなものとなり、さらにイベントに参加できなかった新規勢が原作のシンボルアイテムを入手できないという問題が発生した結果、最終的には誰でも作れるありきたりなアイテムとなった。


 おお! これはついてるぞ!


 こんなところでこんな強化アイテムが手に入るなんて!


 これがあればこの森のモンスターなんて簡単に倒せるはずだ。


 俺は試しにホーリーを使ってみる。すると本来ほとんどないはずの射程が五メートルほどにまで伸びたではないか!


 すごい! これなら!


◆◇◆


 結局その日は塔の中で一泊した。一人での野営は危険なので、こうして多少は安全な場所が確保できたのは本当にありがたい。


 そして翌朝、俺は南へと向かって出発した。西へ向かえば外国なはずなので、マッツィアーノ公爵家から逃げるのであればそちらへ行くのが一番だ。


 だが黒狼の顎の残る四人のこともあるし、やはりティティのあの態度は何かの間違いだと信じたい気持ちもある。


 だから気持ちに踏ん切りをつけるためにも、もう少しこの国で頑張ってみようと思う。だが東に行けばマッツィアーノ公爵領、北は高い山々がそびえていると聞いている。この時期に山越えは無謀でしかないので、向かう方向としては南一択だ。


 そうして歩いていると、フォレストウルフが俺を狙っていることに気が付いた。


 ちょうどいい。聖女の首飾りの力を確かめてやる。


 俺は剣を抜き、フォレストウルフが襲ってくるのを待ちつつ周囲を警戒する。


 一、二、三、四……ああ、あとあそこに五匹目がいる。


 警戒しつつゆっくりと歩いていくと、背後に回り込んだ二匹のフォレストウルフが俺のほうに向かってきた。そちらを振り向くと、今度は正面と左右にいたフォレストウルフも距離を詰めてくる。


 俺はタイミングを計り、まずまとめて突っ込んでくる二匹のフォレストウルフに向かって剣を左から右に振りつつホーリーを放った。するとまるで五メートルほどの光の剣を振り回すような格好となり、フォレストウルフたちは一瞬で力尽きる。


 おお! すごいぞ!


 そのまま剣の動きに逆らわずに右を向き、そのままの流れで右から襲ってきていたフォレストウルフを仕留めた。


 さらに左手を後ろに向け、適当にホーリーをぶっぱなした。そして最後に正面から来ていたフォレストウルフに剣を突き立てるとエンチャントしておいたホーリーが発動し、フォレストウルフは力尽きる。


「は、ははははは。すごい。ここまで威力が上がるなんて!」


 ちょっとした全能感を覚えてしまったが、俺は自分の頬をピシャリと叩く。


 油断は禁物だ。マッツィアーノ公爵家で見たあの強化モンスターにはまだ勝てない。自力をしっかり上げておかなければ。


 そう考え、俺は早速光の欠片と魔石を回収するのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/01/19 (金) 18:00 を予定しております。

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