第52話 思わぬ再会

 ……う……ここは?


 お尻と背中から硬い感触がある。それとなぜか両手が強制的に上げさせられているようだ。


 ……一体、どういう状況なんだ?


 不意に体を動かそうとすると、全身に激痛が走った。


 あまりの痛みに声も出せず、悶絶していると頭上から女性の声が聞こえてくる。


「……まったく、治療しろって命じたのに」


 顔を上げて声の主を確認しようとしたが、視界がぼやけていてよく見えない。金と赤のコントラストが見えるだけだ。


 金髪の、女性……?


 ……そもそも、ここはどこだ?


 たしか、俺はスピネーゼでD区域のモンスターを退治していて、それで……あっ! ケヴィンさんたちはどうなったんだ!?


 それにニーナさんとテオは?


 状況を確認しようと慌てて体を動かそうとしたが、その瞬間に激痛が走る。


「ああ、ちゃんと生きてはいるみたいね」


 そう言った女性の声はあの日生き別れになった彼女にそっくりで……。


「ティティ……」


 気が付けば俺は大切なその愛称をつぶやいていた。


 すると女性の息を呑む音が聞こえ、俺は思わず言葉を続ける。


「もしかしてティ――」


 パシーン!


 俺は突然頬を叩かれた。それと同時に全身に激痛が走る。


「ペットのくせに私の許可なく鳴くだなんて、躾が必要ね」


 彼女は懐かしいティティの声で冷たくそう言い放った。そのことがあまりにショックで、俺は痛みなど忘れてもう一度声を掛けようとする。


「え? ティ――」


 パシーン!


 言い切る前に反対側の頬を叩かれた。またしても全身に激痛が走り、それから少し遅れて叩かれた頬からジンジンとした痛みが伝わってくる。


 あまりの激痛に、とてもではないがしゃべることなど考えられない。


 すると前髪を乱暴に掴まれ、強制的に顔を上げさせられたかと思うと、ぼんやりした金色が俺に近付いてきた。そしてくすぐったい感覚が右の頬か伝わり、同時になんとも魅惑的な香りが鼻をくすぐる。


 それから小声でささやいてくる。


「声を出さずに、合っていたらうなずきなさい。分かったら頷いて」


 さっぱり意味が分からないが、また頬を叩かれては堪らないので素直に頷く。


「レイなの?」


 そう聞かれ、思わず息を呑んだ。


 まさか、本当に……?


「もう一度聞くわ。レイなの?」


 もう一度問われ、俺は慌てて頷いた。しかし急な動作をしたせいで全身に激痛が走る。


 痛みに悶絶していると、耳元で彼女の小さなため息が聞こえてきた。それから再び耳打ちをしてくる。


「いい? 牢屋の外には見張りがいるの。そいつらに、私があなたを知っていることがバレたらすぐに殺されるわ。だから絶対に声を出しちゃダメ。いいわね?」


 彼女の言葉に俺はゆっくりと頷くと、彼女は耳元から離れていった。


「ここはマッツィアーノ公爵領の領都コルティナにあるマッツィアーノ公爵家の屋敷の地下牢よ。あなたは私、セレスティア・ディ・マッツィアーノのペットになったの。言うことを聞けばちゃんと飼ってあげるわ」


 そう宣言した声色はあまりにも冷たく、ティティの声なのに俺の知っている優しいティティの声ではない。


 それに俺をペットって……聞き間違い……だよな?


「私ね。健康じゃないペットに興味はないの。薬を持って来させるから、きちんと塗って治しなさい」


 ……どうやら聞き間違いではなかったようだ。


 一体、何がどうなってるんだ? 優しくて思いやりがあって、泣き虫だったティティがそんなことを平然と言うなんて……!


「また様子を見に来るわ」


 ティティはそう言うと立ち上がった。そして背を向けたのだろう。大きな金と赤の塊が徐々に遠ざかっていく。


 俺はあまりのショックに茫然自失となり、ぼんやりとその様子を見つめるのだった。


◆◇◆


 レクスが閉じ込められている牢屋の鉄格子が開いた。するとすぐに鉄格子の前で見張りの兵士と並んで立っていたテレーゼが手を差し出す。


 すると黒いレースの手袋に包まれた細い手がテレーゼの手の上に乗せられ、テレーゼにエスコートされる形でセレスティアが姿を現した。


 セレスティアはレースと刺繍がふんだんにあしらわれた赤と黒のロングドレスを身に着けており、耳元と胸元では赤いルビーが輝きを放っている。


 セレスティアの姿を見た見張りの兵士たちはだらしなく表情を緩め、その姿に見惚れている。


 本来、自らが仕えている家の令嬢に見惚れるなど許されることではない。しかもそれがマッツィアーノ公爵家の後継者候補である令嬢であればなおのことだ。


 しかし、兵士たちがそうなったのもある意味仕方ないことかもしれない。


 なぜならマッツィアーノ公爵家で公爵令嬢として十分な食事とケアを受けたセレスティアは、母親譲りの完璧に整った顔立ちと相まって絶世の美少女へと成長していたからだ。


 しかも十三歳となったセレスティアは今まさに大人の女性へと変化する途上であり、徐々に丸みを帯びつつあるその肢体は特徴的なマッツィアーノの瞳と相まって危うい色香を放っている。


 セレスティアはだらしない表情をしている兵士たちに見向きもせず、テレーゼのほうに視線を送った。するとすかさずテレーゼが言葉を掛ける。


「お嬢様、いかがでしたか?」

「ええ、気に入ったわ。ただね」

「なにかございましたか?」

「なぜペットが手当てされていないのかしら? 私は治療をしろと命じたはずよ」


 セレスティアは鋭い目つきでギロリとテレーゼを睨んだ。するとテレーゼは見張りの兵士たちにじろりと視線を向ける。


 すると兵士たちは顔面蒼白となりながらも、自分たちではないと身振りで必死にアピールする。


「かしこまりました。直ちに妨害した者を処分して参ります」

「ええ、そうしてちょうだい」


 テレーゼは音もなく立ち去っていき、それを見送ったセレスティアは一瞬だけニヤリと口角を上げたのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/01/07 (日) 18:00 を予定しております。

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