第36話 冬期休暇の過ごし方

 みんなの墓参りをしてからコーザへと戻ってきた。結果を聞いたケヴィンさんは残念そうに、そうか、とだけ言ってそれ以外に聞いてくることはなかった。


 そんなわけでやるべきことをすべて終え、完全な冬期休暇に入ったわけだが、この間に俺がやるべきことは決まっている。


 それはDランク冒険者への昇格を目指して頑張ることだ。


 まず最初にやるべきことはもちろん訓練だ。Dランク冒険者は一人前の冒険者なので、モンスター退治はもちろん旅人や商人の護衛など、冒険者が求められる一般的な依頼内容を一通りこなせる必要がある。そのためにはある程度の実力は必要だし、集団で戦うときの役割とその基本的な動きをしっかり理解し、そのとおりに動けるようになっていなければならない。


 そしてもう一つ、筆記試験の勉強もしなければならない。というのも、一人前であるDランク冒険者は、冒険者ギルドの細かいルールをしっかりと理解している必要がある。一人前なのだから、ルールを知らなかったでは済まされない。様々なトラブルが起こったときもルールに従い、適切な対応が求められるのだ。


 そこで俺は午前中に訓練場できっちり汗を流し、午後からは試験勉強というルーティンで生活しており、今は訓練場で走り込みをしているところなのだが……。


「おーい、レクス! 周回遅れだぞ!」

「あっ! くそっ!」


 悔しい! ついにテオにまで周回遅れにされてしまった。全力で走っているのだが……。


「坊主! もうへばってんのか? そんなんじゃ強くなれねぇぞ!」


 今度は何度目か分からないがケヴィンさんに抜かれてしまった。


「ほーら、レクスくん、頑張れ~」

「ニーナさん……」


 いくら応援されてもこれ以上ペースを上げたら息が切れてしまい、完走すらままならなくなってしまう。


 そうこうしている間に他の人たちにも抜かれてしまい……。


 最終的に俺はビリでゴールした。なんとかテオに二周遅れにされるのは免れたものの、圧倒的な最下位だ。


 訓練場の隅で手をついて荒い呼吸を整えていると、ケヴィンさんが声を掛けてきた。


「おう、坊主」

「はぁ、はぁ……はい、なんですか?」

「坊主、お前はもっと走り込みを増やしたほうがいいな」

「えっ!? これ以上ですか?」

「ああ、そうだ。限界だと思ったところからさらに踏ん張る根性をつけるんだ。それと、もっと食え。お前、俺の筋肉に憧れているんだろ? だがこのままじゃこういう筋肉をつけるのは無理だ」


 ケヴィンさんはそう言って見事な筋肉をピクピクさせながら見せつけてきた。


 いや、ちょっと待て。俺がいつケヴィンさんの筋肉に憧れているなんて言ったっけ?


 さっぱり記憶にないのだが……あ、待てよ? クレオパトラさんにケヴィンさんを紹介されたとき、筋肉がすごいと言って褒めたような?


「まあ、ショックを受けるのは分かる。分かるが、これは事実だ。これからは食事のメニューは、俺が指導してやるからな」


 微妙に納得できない部分もあるが、俺の体が同い年のテオよりも小さいことはたしかだ。


 よし、やってみよう!


「ありがとうございます。お願いします」


 するとケヴィンさんは満足げにうなずいた。


「リーダー、話し終わりました?」

「おう、ニーナ。もういいぜ」

「わかりました。さ、レクスくん、始めるよ」

「はい」


 俺はこうしてニーナさんの指導で剣術の訓練を始めるのだった。


◆◇◆


 午前中の訓練が終わり、俺たちはギルド併設の酒場にやってきた。冬の季節は休暇中の冒険者がいるおかげもあってか、昼間はレストランとして営業しているのだという。


「いいか? 坊主、肉だ。体をデカくするのはまず肉だ。肉を食え」


 ヘロヘロになった俺の前に山盛りの肉が置かれた。みっちりと訓練したせいであまり食欲がないのだが……。


「おいおい、なんて顔してるんだ。冒険者ってのはな。胃袋も強くなきゃいけねぇ。ガキのうちからしっかり食って、しっかり鍛えろ」

「はい……」


 頑張って肉を食べてみるが、やはり疲れすぎていて受け付けない。


「ほら、テオを見ろ。あんなに食ってるじゃねぇか」


 言われてテオのほうを見ると、ニーナさんにしきりに話しかけながら山のような肉を次々と口に運んでいる。


「このままだと二周遅れになるぞ」

「ぐ……それは……」

「なら食え。この山を全部食うんだ」

「わかりました……」


 俺は意を決して、肉を小さく切って口に放り込み、無理やり飲み込んだ。


「ようし。やればできるじゃねぇか。その意気だ」

「はい!」


 修行だと自分に言い聞かせ、無理やり肉を食べていく。するとそこへクレオパトラさんがやってきた。


「あらぁ、ケヴィンちゃんとレクスちゃんじゃない。お昼? あらぁ? レクスちゃん、小食ねぇ」

「え?」


 驚いて振り返るとどうやらクレオパトラさんもお昼なようで、お盆には食べ物が山のように積まれている。


 いや、小食というか、クレオパトラさんが食べすぎな気がするのだが……。


「そうなんですよ。ただ、これでも多いっつーんですよ」

「あらぁ、心配ねぇ。レクスちゃん、どこか痛いのぉ?」

「い、いえ、そういうわけでは……」

「いい? レクスちゃんみたいな子供はね、たくさん食べなきゃいけないのよぉ。そうじゃないと、ケヴィンちゃんみたいに大きくなれないわよぉ」


 いや、さすがにそこまで大きくはならなくていいのだが……。


「うん。それだけじゃあ足りないだろうし、アタシのを少し分けてあげるわ。ちゃんと食べなさいねぇ」


 そう言うとクレオパトラさんはトレイから鶏の手羽先のローストを二つ、俺の皿に乗せてきた。


「あ、だいじょ――」

「そうそう! レクスちゃんはDランク目指して勉強中よねぇ?」

「え? あ、はい。そうです」


 遠慮しようと思ったのだが、次の話題に移ってしまった。


「なら、受付で見習いをやってみるかしら? お勉強にもなるわよぉ」

「え? 受付で見習い?」

「そうよぉ。あまりお給金は出せないけれど、筆記試験に合格するにはこれが一番の近道よぉ」

「お! いいじゃねぇか。坊主、やらせてもらえ。クレオパトラさん、こいつの訓練は午前中だけなんで、午後はこき使ってください」

「わかったわぁ。テオくんはどうなのぉ?」

「あいつは、どうでしょう。大丈夫そうならお願いします」

「んんーん、了解よぉ♡」


 クレオパトラさんはそう言ってなぜか体をくねらせた。


「それじゃあ、レクスちゃん、それを食べたら受付までいらっしゃい」

「はい。あ、でも……」

「どうしたのかしらぁ?」

「いえ、その、これ、食べきれるか心配で……」

「あらぁ、本当に小食なのねぇ。ならアタシが食べさせてあげようかしらぁ?」

「はい? あ、いえ、大丈夫です。一人で食べるんで……」

「そう? アタシ、子供にご飯を食べさせるの、得意なのよぉ? たとえばダニロちゃんだって昔は小さかったんだけど、アタシが食べさせてあげてたのよ。それで……」


 それからクレオパトラさんは延々と一時間くらいしゃべり続け、それをBGMに俺はなんとか山盛りの肉を完食したのだった。


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 次回更新は通常どおり、2023/12/22 (金) 18:00 を予定しております。

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