第35話 検証

 翌日になるとあれほど積もっていた雪はかなり解け、日の当たる場所では地面が露出していて移動しても問題ない状態となってくれた。


 きっとあの吹雪はスノーディアの仕業だったのだろう。


 こうして俺たちは元々の依頼であったワイルドボアに加え、スノーディアまでも討伐するという大きな成果をあげてコーザの町に帰還することとなったのだった。


 魔石だけでもかなりの利益になっただけでなく、真っ白なスノーディアの毛皮も中々の値段がついた。その中でも俺が最初に一人で倒したものは毛皮の痛みも少なく一番高値で売れ、黒狼のあぎとの財布は相当潤った。


 他にも俺が最初に倒したスノーディアからは光の欠片が、その他のスノーディアからは魔石が出てきている。


 俺はもう黒狼の顎のメンバーなので、自分が倒した獲物から手に入れた素材がそのまま自分のものになるわけではない。


 ただ分け前として5リレをもらったほか、光の欠片をもらった。魔法の力を高めるために光の欠片が必要だからとお願いしたところ、快く譲ってくれたのだ。


 ちなみに一般的なEランク冒険者の場合、日当はどんなに高くても1リレ程度だ。それなのに5リレに加えて光の欠片までもらったとなると、黒狼の顎に生活を保証されている身としては十分すぎる報酬だと思う。


 ともあれ、こうして冬を越すのに十分なお金を稼ぐことができた俺たちは他の冒険者たちにも獲物を分配するため、予定よりもかなり早く冬期休暇に入ることとなった。


 そこで俺はグラハムさん、ニーナさんとボアゾ村へと向かうこととなった。表向きはグラハムさんとニーナさんが隣のベルトーニ子爵領の情報収集ということになっているが、本当の目的はあの泉で精霊の祝福を受けることができるかを確認するためだ。


 俺が魔法を使えるということはすでに黒狼の顎のメンバーには知られていることだが、それを後天的に手に入れたという話は四人だけの秘密だ。不確かな情報で変に期待させるのは良くないし、場合によってはトラブルにもなりかねない。


 そこで俺の話に懐疑的で、かつメンバー内でも頭脳派として信頼の厚いグラハムさんと保護者役のニーナさんの三人で確認することにしたのだ。


 というわけで、俺たちは思い出の詰まったボアゾ村の廃墟に戻ってきた。季節が冬に変わろうかというのに人が戻ってきた様子はなく、管理する者のいなくなった村はすっかり荒れ果てている。


「ここがレクスくんの故郷なのね」

「はい。あっちには孤児院があります。お墓もあるので、帰りに寄ってもいいですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます」

「レクスくん、その泉というのは遠いのかい?」

「いえ、一時間もかからないです」

「そうか。じゃあ早めに用事を済ませよう」

「はい。案内します」


 こうして俺は感慨に浸る間もなく、あの不思議な泉へと向かって歩きだす。


「ねえ、レクスくん」

「なんですか?」

「ここを襲ったモンスターはどんな奴だったの?」

「赤黒い色をした人の背丈ほどのスライムです」

「スライム?」

「ええと、ゼリーっぽいプルプルしたモンスターのことです」

「へえ、そんなモンスターがいるのね。サブリーダー、知ってました?」

「いえ、初耳ですね。レクスくん、そのモンスターの特徴を教えてくれるかい?」

「はい。俺はそいつをブラッドスライムって呼んでるんですけど――」


 俺はブラッドスライムの特性を説明した。


「……なるほど。斬っても殺せないとなると、我々では太刀打ちできない、か」

「だとしたら、私たちもレクスくんのように魔法の力を手に入れないといけませんね」

「そうですね」

「レクスくん、どうすれば魔法の力を手に入れられるの?」

「はい。その泉に入ると『汝の在り様を答えよ』って声が聞こえてくるんです。それに希望する属性と才能を答える感じです。成功したら『汝に精霊の祝福を』って声が聞こえて、泉から光が湧いてきて、それを受け入れたらもう魔法が使えるようになってました」

「そうなんだ。すごいね!」

「はい。そのときの答え方は……」


 そんな会話をしつつ歩いていき、小一時間ほどで目的地へと到着した。冬が間近なこともあり、木々の葉が落ちて寂しいたたずまいになっている。


「じゃあ、私から試していいですか? サブリーダー」

「ええ、もちろん」


 するとニーナさんは躊躇ちゅうちょなく泉の中へと入っていく。そのまま腰まで浸かるくらいまで進むと両手を組み、少しうつむいて祈りを捧げるような姿勢を取った。


 それから五分ほど待っているとニーナさんは目を開け、顔をこちらへと向けてきた。


「ねえ、何も起きないんだけど、どれくらい待っていればいいの?」

「え? ええと、俺のときはすぐに……」

「えっと、寒いから上がるね」

「はい」


 ニーナさんは見るからに落胆した表情で泉から上がってきた。


「なんでだろう。女性はダメとか、そういうのだったりする?」

「そんなはずは……」

「だから言ったでしょう? レクスくんの場合は瀕死になったことがきっかけで潜在能力が開花しただけです」

「えー? でも……」

「ただ、傷が治る泉というのは興味深いですね。各地にそういった伝承はありますが、実際に効果があるというものは初めて見ました」


 グラハムさんはいつの間にか自分の指先をナイフで切り、その傷口を泉に浸していた。その傷口はゆっくりとではあるが塞がり始めている。


「この水を持ち帰れば何か分かるかもしれません」

「あ、グラハムさん。その水、昔孤児院に持って帰ったことがあるんですけど、ただの水になってました」

「なんと……」

「それよりもサブリーダー、試してみましょうよ!」

「僕もですか?」


 ニーナさんはキラキラした目でグラハムさんを見つめる。するとグラハムさんは根負けしたのか、渋々といった様子で泉に入っていった。


「……何も聞こえませんね。やはりレクスくんが魔法を使えるようになったのは、臨死体験による潜在能力の覚醒というのがもっともらしい結論でしょう」

「えー、そんなぁ……」


 そう断言したグラハムさんに、ニーナさんは不満げな表情を向ける。


「そのような表情で僕を見たって結果は変わりませんよ。それより、風邪を引く前に帰りましょう」


 こうして俺たちは泉を後にするのだった。


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 次回更新は通常どおり、2023/12/21 (木) 18:00 を予定しております。

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