第24話 マッツィアーノ公爵家での日々(4)

「ロザリナお姉さま、今日はお招きいただきありがとうございます」


 お茶会に呼ばれ、ロザリナお姉さまのお部屋を訪ねた私はテレーゼに習ったとおりにカーテシーをした。


「ええ、いらっしゃい。貴女が来るのを待っていたのよ。さあ、入って」

「はい。お邪魔します」


 そう招き入れられ、私はお茶会の会場だというバルコニーまで案内された。庭を一望できるバルコニーには丸テーブルがしつらえられている。その中央には精緻な細工の施された金色に輝く三段のケーキスタンドが置かれていて、色とりどりのお菓子が盛り付けられている。


 そんなテーブルには先客が二人おり、私たちに気付いた彼女たちは立ち上がってカーテシーをしてきた。


「セレスティア、紹介しますわ。そこの茶色がアンナ、金色がサラですわ」


 茶色と金色という紹介の仕方が気にはなったが、本物のマッツィアーノは動揺を見せてはいけない。だから私はなんでもない風に挨拶をする。


「セレスティア・ディ・マッツィアーノです」

「アンナ・ディ・マッツィアーノですわ」

「サラ・ディ・マッツィアーノですわ」


 二人はそう挨拶してきた。アンナは茶髪のボブカット、サラは金髪のウェーブロングで、二人とも青くて丸い瞳をしている。


 ということは、マッツィアーノの瞳を持たない腹違いの姉たちなのだろう。だがいくら姉とはいえ、マッツィアーノの瞳を持っていないということは目下の者たちだ。


「さあ、楽しくおしゃべりしましょう」

「ええ」

「楽しみですわ」


 ロザリナお姉さまがそう言うとアンナとサラはすぐに同意し、お茶会がスタートする。


「ねえ、セレスティア。貴女は今までどこにいたんですの?」

「はい、お姉さま。ボアゾ村という小さな村で母と暮らしていました」

「まぁ! 村!? 村だなんて……」


 ロザリナお姉さまは大げさに驚いた。


「お姉さま?」

「ああ、ごめんなさい。まさかマッツィアーノの瞳を持つセレスティアが村で育ったなんて信じられなくて……」

「本当ですわね。村だなんて、もし誰かに利用されでもしたら……」

「ああ、恐ろしいですわ。マッツィアーノの瞳を持つ高貴な女性が村だなんて……」


 ロザリナお姉さまが大げさな反応をし、アンナとサラがすぐにそれに同調した。


「……お母さまもいましたので」

「そうですの?」


 ロザリナお姉さまは私を心配しているかのような表情で私を見てきた。するとアンナがおかしなことを言い始める。


「でも、その人も怪しいですわね」

「え? どういうことですか?」

「だって、マッツィアーノの瞳を持っている子を産んだのなら、すぐに連絡するべきだったのではなくて? そうすれば村などで不自由な生活をせず、きちんとこのお屋敷で暮らせたのに」

「それは……」

「あら、アンナの言うとおりかもしれませんわね」


 サラがアンナに同調し、アンナはさらにお母さまを疑うような発言を続ける。


「セレスティア様、貴女のお母さまは本当に貴女の味方だったんですの?」

「え? そんな……こと……」


 ないはずだ。お母さんはいつだって優しかったし、レイだっていた。それにみんなも……いた。いたけれど……。


「ちょっとアンナ、サラ、あまりセレスティアをいじめないでくださる? セレスティアはまだ子供ですのよ?」

「まあ……そうでしたわ。わたくしったら、ごめんなさい。セレスティア様」

「わたくしも謝罪しますわ」

「ねえ、セレスティア。二人はこうして謝っていることだし、許してあげて?」


 ロザリナお姉さまにそう言われては断ることなどできない。


「ええ。その謝罪を受け入れます」

「まあ! ありがとうございます!」

「許して下さるなんて、セレスティア様はお優しいですわね」

「ふふ。仲直りできたようで何よりですわ。それじゃあ……」


 こうして私たちは他愛のないおしゃべりを続ける。それからしばらくすると、アンナが話題を変えてきた。


「そういえばロザリナ様、あれからコレクションは増えまして?」

「ええ、一つ増えましたわ。珍しい琥珀色が手に入りましたの」

「まあ! 琥珀色ですの?」

「そうですの。見せて差し上げてもよろしくてよ?」

「ぜひ!」

「わたくしも!」


 なんのことだか分からないので曖昧に笑っていると、ロザリナお姉さまはベルを鳴らした。するとすぐにメイドがやってくる。


「この間手に入れた琥珀色を持ってきてちょうだい。それと、適当にいくつか持ってきて」

「かしこまりました」


 すぐにメイドは下がっていき、やがていくつかのガラス瓶を持って戻ってきた。


「お待たせいたしました。また、三十七番を運ばせております」

「そう。ご苦労」


 するとすぐにメイドは下がっていき、ロザリナお姉さまは嬉しそうに瓶をテーブルに置いた。


「っ!?」


 私は瓶の中身を見て、思わずギョッとしてしまった。


 なんと、瓶の中には目玉が入っていたのだ。


「お、お姉さま? こ、これは一体……」

「どう? セレスティア。綺麗でしょう? これはこの間わたくしの命令に口答えした身の程知らずのメイドの目玉よ」

「え?」


 メイドの……目玉?


「ロザリナ様、セレスティア様がびっくりしていますわ」

「あらあら。子供には少し刺激が強かったかしら?」

「ふふふ」


 一体何を言っているのだろう? 三人の会話がさっぱり理解できない。


「セレスティア、このくらいのことで驚いていたら本物のマッツィアーノになんてなれませんわよ?」

「は、はい……」


 あまりのことに卒倒しそうになるが、なんとかこらえていると再び何かが運ばれてきた。


 ……え? 何? あれ? 人間……? そんな……はずは……。


「セレスティア、これはこの間買った奴隷を標本にしたものですわ。どう? こんなに美しい筋肉の標本なんてそうそう手に入りませんわ」

「どれ……い? ひょう……ほん?」

「ええ、そうですわ。屈強な筋肉を持つ奴隷もね。最初は抵抗するのだけれど、最後は命乞いをするの。その表情も堪らないけれど、皮をいで特殊なお薬に漬けるんですの。そうするとこんなふうに綺麗な筋肉標本になるんですのよ」


 ロザリナお姉さまはうっとりとした表情でそんなことを言い放った。


「うっ……」


 あまりのおぞましさに、私は思わず吐き気を催してしまった。だがすぐにうつむいて、なんとかそれをこらえる。


「あらあら、お子様のセレスティアにはちょっと刺激が強かったようですわね」


 ロザリナお姉さまはそう言ってクスクスと笑い、アンナとサラがそれに同調する。


 私は顔を伏せ、この時間が早く終わるようにただひたすら祈っていたのだった。


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 そろそろ息切れして参りましたので、当面の間は一日一回、18:00 更新とさせていただきます。


 次回更新は 2023/12/09 (日) 18:00 を予定しております。

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