第23話 黒狼の顎での日常

 Eランク冒険者に昇格し、およそひと月が経った。秋も徐々に深まり、木々はすっかり色づいている。


 その間にあったことといえば、やはりが一番に挙げられるのはテオが筆記試験に合格したことだろう。前回はあと一問だったわけだが、今回は一問間違えただけでの合格なので、しっかり特訓の成果が出た形だ。あれから俺は毎日訓練のあとにテオの計算の特訓に付き合ったので、俺としても結果が出て嬉しい限りだ。


 そうして毎日一緒に過ごしているうちに、同い年ということもあってか俺はテオとかなり仲良くなった。今となってはテオにライバル心をむき出しにされていた最初のころが懐かしい。


 さて、このところは一週間ごとにモンスターの討伐と訓練を交互に繰り返している感じだ。


 ただ、いくら俺たちがEランク冒険者になったとはいえ、年齢を考慮されてか討伐に出ても荷物持ちと手伝いがメインだ。


 前に出て戦わせてもらうにはケヴィンさんの許可が必要で、そのためには訓練でしっかりと戦えることを示さなければならない。しかし、このところの訓練内容は地道な基礎体力作りばかりだ。


 そんなわけで今日も変わらず、訓練場をぐるぐると走っている。


「坊主! 遅いぞ! そんなんでへばってどうする!」

「はい!」


 必死になって走っているのだが、後ろからケヴィンさんが追い越しざまにげきを飛ばしてきた。そのままみるみるうちに離され、五メートルほど先を走っているテオにも檄を飛ばす。


「テオ! お前もだぞ! 仲良くへばってんじゃねぇ! もしこれが実戦だったら敵は待ってくれねぇぞ!」

「はい!」


 それからも次々と走り込みをしている黒狼のあぎとのメンバーたちに追い抜かれる。


 すると突然肩をポンと叩かれた。


 何かと思って顔を上げるとリカルドさんが俺を見つめていて、視線が合うと小さくうなずいた。


「う……がんばります!」


 するとリカルドさんはそのまま先へと行ってしまった。そして気付けばテオとの差も少しずつ開きつつある。


 ……悔しいが、体力面ではテオのほうが明らかに上だ。


 剣の実力については、実はニーナさんにテオとの試合を禁止されているためよく分からない。ただ、素振りについては俺のほうがよく褒められている……と思う。


 ……多分?


 ちなみになぜ禁止されているかというと、俺たちが試合をすると適切な手加減ができず、大怪我をしかねないからだ。


 たしかに防具もないのに重たい木剣で思い切り打ち合えば怪我は避けられないだろう。間違いなく打撲はするだろうし、当たり所が悪ければ骨折するかもしれない。もしそれが目に当たれば失明だってあり得る。


 それに黒狼の顎の人たちの試合を見ていると、剣だけでなく格闘、投げ技までなんでも有りのものすごい戦いをしている。よく見るのは上段斬りを躱してからの膝蹴り、そして大外刈りのような投げ技で地面に倒すという連続技だ。


 そんなものを見せられると、たしかに今の俺が無事でいられる自信はない。


 そんなわけで最初こそ試合の禁止を不満に思っていたものの、今は納得している。


 ただ、こうも毎日体力づくりというのもな……。


「坊主! テオに離されてるぞ! 根性みせろ!」


 そんなことを考えている間にケヴィンさんはそう檄を飛ばしながら俺を抜いていった。


 もう一周差がついてしまったらしい。


「はい!」


 俺は気合を振り絞り、テオに追いつこうとペースを上げるのだった。


◆◇◆


 それからも走り込みを続け、くたくたになったところで延々と素振りを繰り返す。そして握力がなくなってきたころにようやく今日の訓練が終了した。


「レクスくん、お疲れ! シャワー、浴びに行こっか」

「はい」


 俺はニーナさんに言われ、シャワールームへと向かう。


 最初こそシャワーはもう一人で浴びると誓ったわけだが、俺はすっかり手のひらを返した。


 なぜなら、温水が使えるのは女性用のシャワールームのみで、男性用は冷水しか出なかったからだ。真夏の暑い時期は冷水でも構わないが、涼しくなってきたこの季節に冷水シャワーは耐えられない。


 それに一人で浴びようと思ったのは、ニーナさんに全身を丸洗いされたからだ。だがそもそもニーナさんは俺のことを本当にただの子供だと思っているし、実際のところ俺も子供なので特に問題はないだろう。それにずっと同じ部屋で寝ているおかげか、最近はニーナさんに何かされてもなんとも思わなくなってきた。


 というわけで俺はすっかり宗旨替えし、訓練後にニーナさんとシャワールームに行くのが習慣となっている。


「あ! テオくんも一緒に来る? 温水シャワー、気持ちいよ?」

「……行かない」


 テオは相変わらず顔を赤くし、ぶっきらぼうにそう答えた。


「テオ、行こうぜ? こっちのほうが気持ちいぞ?」

「……レクスはガキだからそうなんだよ」

「なっ!?」


 ま、まさかこの俺が十歳のガキにガキと言われるなんて!


「いつまでも女とシャワー浴びてて恥ずかしくないのかよ!」

「いやぁ、それは別に……」


 俺としてはシャワーがお湯であることのほうが何倍も大事だ。


「ふん!」


 テオは俺の反応が気に入らなかったようで、プイと顔を背けてしまった。


 ……テオよ。男は大人になるとまた女と一緒にシャワーを浴びたくなるんだぜ?


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次回更新は本日 2023/12/09 (土) 18:00 を予定しております。

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