第21話 マッツィアーノ公爵家での日々(2)

2023/12/10 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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 あたし、いや、私がマッツィアーノ公爵家の一員となってからというもの、テレーゼや他の侍女たちに四六時中監視され、徹底的に言葉遣いを直され、さらによく分からない礼儀作法の勉強をさせられた。


 あまりの辛さに何度も逃げ出そうと思ったが、お母さん、いやお母さまのことを思えば私にそんな選択肢はなかった。


 夜になればさすがに一人になれる。だが部屋の扉の前には警備の人がいるため、自由に出歩くことなどできない。そうして広い部屋に一人でいると、どうしても教会でお母さまと一緒に寝ていたときの安心感を思い出してしまう。


 そうなると、やはりどうしてもレイたちのことを思い出してしまうのだ。特にレイが血を流し、崩れ落ちたあのショッキングな光景がつい頭をよぎり、私は何度も一人きりのベッドの中で声を押し殺して泣いた。


 本当は大きな声で泣いてしまいたいし、お母さまに抱きしめてもらいたい。慰めて欲しい。


 私は何度もお母さまに会いたいとお願いしたが、テレーゼはそれを聞き入れてくれることはなかった。なぜなら夜に一人で泣くのはみっともない行為で、十歳になったのに母親に甘えたいなどという考えはマッツィアーノ公爵家の人間として相応しくないからだ。


 お母さまに会うためには、マッツィアーノとしての最低限の礼儀作法や心構えを身につけ、お父さまに認めてもらう必要があるのだそうだ。


 だから私は本物のマッツィアーノとなるため、言葉遣い、所作、礼のり方など様々なものを習得しようと努力している。しかしどうしても所作の部分でボロが出てしまい、テレーゼに指摘されるという毎日が続いてしまっている。


 そんなわけで、今日も朝から礼儀作法の授業を受けているのだが……。


「お嬢様、ようやく形になってきましたね」

「あら? 本当?」


 思いがけずテレーゼから褒められ、思わず嬉しくなって聞き返した。


「お嬢様、そのように感情を表に出してはいけません」

「……そうね」


 私は急いで表情を真顔に戻す。


「とはいえ、最低限の形にはなりました。これでご当主様、そして継承権をお持ちの方々との顔合わせに臨めるでしょう」

「そう。わかったわ」

「もし上手く行きましたら、マリア奥様とお会いする許可がご当主様からいただけるはずです」


 待ち望んでいた言葉を聞けた私はなんとかポーカーフェイスを保ちつつ、小さくうなずいたのだった。


◆◇◆


 その日の午後、私は目一杯おめかしをし、テレーゼと一緒に以前お父さまとお会いした広間でお父さまたちが来るのを待っている。


 すると無造作に扉が開き、五人の黒髪の男女が入ってきたので私はカーテシーで出迎えた。するとお父さまが口を開く。


「セレスティア、発言を許す」

「お父さま、ごきげんよう。お兄さまがた、お姉さま、お初お目にかかります。私はセレスティアと申します」


 そう言うと、練習してきた笑顔を顔に張り付けた。


「いいだろう。楽にしていいぞ」

「はい」


 許しを得て、カーテシーをやめた。もちろん顔にはしっかりと笑顔を張り付け続けている。


「クルデルタ・ディ・マッツィアーノ、お前の父親だ。セレスティア、お前にマッツィアーノを名乗ることを許す」

「ありがとうございます。マッツィアーノの名を汚さぬよう、精進してまいります」


 私は笑顔のまま、再びカーテシーをした。


「いいだろう。お前たち、新しい妹だ。挨拶をしろ」

「サンドロだ」


サンドロお兄さまはそう短く挨拶をしてきた。彼は継承順位第一位で、ものすごく無愛想な感じで、とても冷たそうな印象だ。年齢は私よりも七つ年上の十七歳だと聞いているが、そうは見えないほどに大人びて見える。あと、男性なのにロングの黒髪を無造作に後ろに垂らしているのが印象的だ。


「ファウストです。マッツィアーノの瞳を持っているのに金髪というのは珍しいですね」


 そう言って私の髪を物珍しそうにジロジロと見てくるファウストお兄さまの継承順位は第二位だ。彼はお父さまと同じように髪をオールバックにしており、背もお父さまより少し高い。


 そして十四歳年上の二十四歳だそうで、まるで動物を観察するような目で私のことをジロジロと見てくる。だが私は笑顔を崩さず、笑顔を張り付けたままそれをやり過ごす。


「サルヴァトーレだ。中々じゃねぇか。将来が楽しみだな」


 第三位のサルヴァトーレお兄さまは顔にいくつもの傷痕がある。その風貌と、兄たちの中では一番背が高いことも相まって一番年上に見えるが、彼はファウストお兄さまよりも二歳年下だ。そしてきっとよく鍛えているのだろう。服を着ていてもはっきりとわかるほどに体格がいい。


 そんなサルヴァトーレお兄さまは私を見て、ニヤニヤとなんとも気持ち悪い笑みを浮かべている。


「ロザリナですわ。こんなに可愛らしい妹がいるなんて……セレスティア、これからよろしくね」


 ロザリナお姉さまはそう言うと、にっこりと微笑んだ。ロザリナお姉さまは艶やかな腰まである黒髪がとても美しい。そんな容姿に優雅な言葉と所作が相まって、まさにお嬢様といった印象だ。


 しかも驚いたことに、ロザリナお姉さまは私よりたった四歳年上なだけだそうだ。同性だし、年齢も近いので、彼女を手本とすればより本物のマッツィアーノに近づけるかもしれない。


「ロザリナお姉さま、よろしくお願いします」

「ええ」


 ロザリナお姉さまが再び微笑んだところでお父さまが口を開く。


「いいだろう。少しはマシになったな。テレーゼ、よくやった」

「恐縮でございます」


 するとお父さまは小さくうなずくとそのまま広間を出ていき、お兄さまたちもその後を追う。


「セレスティア、残念だけれどわたくしもこのあと用事があるの。今度お茶会に招待するから、必ず来てちょうだい」

「喜んで」


 するとロザリナお姉さまは優雅に微笑むと、お兄さまたちに続いて退出していき、広間には私とテレーゼだけが残った。


「テレーゼ、これは合格ということかしら?」

「はい。お見事でした。早速マリア奥様との面会の手続きを取らせていただきます」

「ええ、よろしくね」


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 次回更新は本日 2023/12/08 (金) 18:00 を予定しております。

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