第18話 マッツィアーノ公爵家での日々(1)
「お嬢様、お目覚めの時間です」
「ん……」
テレーゼに起こされて、あたしは目を覚ました。
慣れないベッドにもかかわらず、どうやら熟睡してしまったらしい。
でもそれは仕方ないことだと思う。だって、ベッドが信じられないくらいふかふかだったのだから。
今までお母さんと暮らしていた教会のベッドとは大違い!
でも、教会のことを思い出すと……。
う……。
レイが刺され、血だまりに倒れている光景が頭をよぎり、思わず涙がこぼれてしまう。
「お嬢様、どうなさいましたか? 何か悪い夢でも?」
「ううん。ただ、前に住んでいたところを思い出して……」
「お嬢様、そのような場所のことはお忘れください。お嬢様の今後の人生には必要のないことでございます」
「え?」
そんな! だって、レイは! みんなはあのおかしな男たちに殺されたんだよ?
「お嬢様はマッツィアーノ公爵家ご令嬢、セレスティア・ディ・マッツィアーノでございます。教会などで過ごしていたこと自体が間違いなのです」
「でも! みんな殺されて!」
「……その者たちは将来、お嬢様に害を与える者たちだったのです」
「えっ?」
「その者たちはお嬢様を利用しようとしていたのです」
「そんなこと!」
「いいえ、そうなのです。お嬢様、ベッドは快適でしたか?」
「え? う、うん。それはもちろん……」
「ではあの者たちはお嬢様に同じベッドを用意できましたか?」
「え? それは……」
「今お召しの服のように上質な服は用意できましたか?」
あたしは首を横に振った。
「つまりそういうことです。そいつらは、本来お嬢様が受け取るべきだったものを奪っていた者たちです。その証拠に、そいつらが消えたおかげで今、お嬢様はこのように本来の場所に戻ることができました」
そう、なのかな? でもみんなは、レイはそんなこと……。
「それに、すでに終わったことです。その者たちは皆あの世へと旅立ったのですから……」
そうだ。みんなあたしの前で殺されて……。
「そんなことよりもお嬢様、朝食を部屋に運ばせますので準備いたしましょう」
「はい……じゃなかった。うん。それじゃあ何をお手伝いすればいいの?」
「はぁ」
え? どうしてため息をつかれたの?
あたしが困っているとテレーゼは声のトーンを落とし、まるで諭すかのように話しかけてくる。
「お嬢様、マッツィアーノ公爵家のご令嬢であらせられるお嬢様がお手伝いなどという品格を下げる行為をしてはなりません。雑事はすべて、下々の者にやらせるのです。よろしいですね?」
「は、はい……」
あまりの迫力にあたしは縮こまり、首を何度も縦に振る。
「お嬢様がなさるべきことは身支度を整えることです。さあ、こちらへ」
テレーゼに言われるがまま、あたしは鏡の前の椅子に腰かけるのだった。
◆◇◆
あたしはテレーゼに髪を
パンは今まで食べたことがないほど柔らかく、バターもチーズも野菜も果物も食べきれないほどの食べ物が食卓に並んでいた。どれを食べてもいいと言われたけれど、食事作法を事細かくテレーゼに注意されたおかげで何を食べたのかはあまり覚えていない。
それからは本物のマッツィアーノになるための授業が始まった。
「お嬢様、まずはマッツィアーノ公爵家についてお教えします。マッツィアーノ公爵家についてはどこまでご存じですか?」
「ううん、何も」
するとテレーゼは深いため息をつき、不快感を露わにした。
「やはり不要なことばかりを教わり、必要なことを教わらなかったようですね」
「そんなこと!」
「お嬢様! 今は授業中です!」
「あ……ごめんなさい」
思わず謝るが、テレーゼはもう一度深いため息をついた。
「お嬢様、よろしいですか? 今、お嬢様は私に謝られました。そのことが、今まで教わった内容がどれほど間違っていたかの証拠です」
「え?」
「マッツィアーノであるお嬢様が頭を下げて良いのは、マッツィアーノの目上のお方に対してのみです」
「目上のお方?」
「はい。マッツィアーノ公爵家でお嬢様の目上に当たる方は五人だけです。まず一人はお嬢様のお父上で、マッツィアーノ公爵家の当主であらせられるクルデルタ・ディ・マッツィアーノ公爵閣下です。閣下には、昨晩お会いしていますね?」
「あ……」
昨日のちょっと、ううん、ものすごく感じの悪い男を思い出す。
「残る四人は、お嬢様よりも継承順位が高い兄姉の方々となります。順位が高い順にサンドロ様、ファウスト様、サルヴァトーレ様、ロザリナ様となります」
「お兄さんとお姉さんがいるの?」
「はい。他にも多数おりますが、彼らはお嬢様とは違い、マッツィアーノの瞳を持っておりません。ですので、お嬢様にとっては目下の存在となります」
「え? どうして? マッツィアーノの瞳って何?」
「はい。マッツィアーノの瞳とは、お嬢様のような瞳のことです」
「……赤くて、縦長の?」
「そのとおりです」
「どうしてそれがあると偉いの?」
「マッツィアーノの瞳は、マッツィアーノ公爵家に伝わる力を有している証だからです」
「力?」
「はい。マッツィアーノの瞳を持つお方は、モンスターを従える能力を持っておられるのです」
「え? モンスターを、従える?」
「はい。マッツィアーノ公爵家はその能力でモンスターを制御して町を守るのと同時に、外国からの侵略も防いでいるのです」
「そんな力が……あたしにも?」
「はい。マッツィアーノの瞳をお持ちなのですから、必ず能力は引き継いでおられるはずです」
「……うん」
「ですから、お嬢様はマッツィアーノの瞳を持たぬ者に頭を下げる必要はありません。それがたとえこの国の王であったとしてもです」
「え? 王様も?」
「はい。マッツィアーノ公爵家は王家に統治をさせてやっているだけなのです。マッツィアーノ公爵家のおかげでモンスターに滅ぼされずに済んでいるのですから」
「そうなんだ……」
「そもそも、この国の建国王と初代マッツィアーノ公爵は対等の立場でした。竜退治の建国史はご存じですか?」
「うん」
「ですが建国王は卑劣にも、初代マッツィアーノ公爵を裏切って竜を抑え込むために使った杖を盗み、初代マッツィアーノ公爵の力を抑えることで王となったのです」
「え? 盗むなんて……じゃあ王様は悪い人なの?」
「はい。そのとおりです。王族とは泥棒の子孫なのです」
「そうなんだ……」
「ですが、このような本当の歴史を習いましたか?」
あたしは首を横に振る。
「盗人の子孫たちは自分たちを正当化するために、嘘の歴史を教えているのです」
「……じゃあ、どうしてマッツィアーノ公爵は怒らないの?」
「杖を奪われたからです」
「その杖はそんなにすごいの?」
「はい。その杖さえあれば国中のすべてのモンスターを操ることができると伝えられています」
「そっか。それができたら、みんなモンスターを怖くなくなるね」
「はい。そのとおりです。残念ながら杖が奪われたせいでそのようなことはできなくなってしまいました。ですが、それでもマッツィアーノは自らの力で従えられるモンスターを操り、この国を支えているのです」
「そうなんだ……」
「マッツィアーノの瞳を持つお方がどれだけ高貴なのか、ご理解いただけましたね?」
「うん」
と、ここであたしは一つ思いついた。
「あのさ。ということは、テレーゼもあたしの目下なんだよね?」
「そのとおりです」
「じゃあ、お母さんに会いたい! 会わせて!」
するとテレーゼは満足げに微笑んだ。
「早速学んだことを利用されたのは素晴らしいです。しかしながら私はご当主様よりお嬢様が基本的な礼儀を学ばれるまで、マリア奥様にお引き合わせすることを禁じられております」
「……じゃあ、ちゃんとお勉強をすれば会える?」
「もちろんです」
「じゃあ、勉強する。続けて」
「良い心がけです。それでは……」
こうしてあたしはテレーゼの授業を一生懸命受けることにしたのだった。
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次回更新は 2023/12/07 (木) 12:00 を予定しております。
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