第12話 マッツィアーノ公爵家での待遇

 セバスティアーノに連れられ、セレスティアたちが案内されたのは宮殿の三階にある豪華な部屋だった。


「こちらはセレスティアお嬢様のお部屋でございます」

「え? お母さんは?」

「お嬢様、貴族はいつまでも母親と同室で過ごしたりなどしません」

「え?」

「どうぞ聞き分けられますよう」


 そう言うと、セバスティアーノはマリアのほうへと厳しい視線を送った。するとマリアは慌ててセレスティアを宥め始める。


「ティティ、前のおうちではそうだったけど、ここは違うの。いいわね? 分かってちょうだい」

「……お母さん、いなくならない?」


 セレスティアは泣きそうな目で訴えかけた。するとセバスティアーノが穏やかな笑みを浮かべながら答える。


「もちろんです。侍女にお申し付けくだされば、お会いできますよ」

「……わかった」


 セレスティアは渋々といった様子で了承した。


「それでは、お嬢様の侍女をご紹介いたします。テレーゼ!」

「失礼します」


 セバスティアーノがよく通る声でそう呼ぶと、まるで待っていたかのように扉が開き、メイド服を着た茶髪の女性が入ってきた。


 彼女は髪をポニーテールにしてまとめており、瞳も茶色で顔立ちも取り立てて美人というわけでもないがかといって不細工でもないという、なんとも平凡な印象の女性だ。


 彼女はしっかりと侍女としての教育がなされているようで、ほとんど音を立てずにセレスティアの前に立つと、優雅にカーテシーをしてみせる。


「テレーゼと申します。今後、セレスティアお嬢様の侍女兼家庭教師を務めさせていただくこととなりました。どうぞお見知りおきください」

「……よろしくお願いします」

「セレスティアお嬢様、侍女に敬語を使ってはいけません。よろしいですね?」


 するとテレーゼは笑顔のままそう指摘するが、有無を言わさぬ凄みのようなものがある。その迫力に気圧されたのか、セレスティアの顔には恐怖の色が浮かんでいる。


「お返事は?」

「はい、うん。わかった」


 慌てて言い直したセレスティアの様子を見て、テレーゼは満足げな笑みを浮かべた。


「お嬢様、私めはマリア奥様をお部屋にご案内しますので私めはこれにて失礼いたします」

「……うん。お母さん……」


 セレスティアは不安げにマリアを見つめるが、マリアは安心させるように優しく微笑む。


「ええ、ティティ、またね」

「うん」


 こうしてマリアはセバスティアーノに連れられ、退室していく。


「ねえ、テレーゼ」

「なんでしょうか?」

「あとでお母さんに会いに行っていい?」


 するとテレーゼは残念そうに首を横に振った。


「え? どうして……?」

「セレスティアお嬢様にはやるべきことがあるからです」

「やるべきこと?」

「はい。お勉強です」

「え? でもお勉強はお母さんにいつも教えてもらってたよ?」

「いえ、マリア奥様はマッツィアーノではありませんので、多くの間違ったことを教わったはずです」

「え? どういうこと?」

「それは追々お教えしますが、お嬢様がきちんと本物のマッツィアーノになればいつでも会いに行けるでしょう」


 それを聞いたセレスティアの表情がぱぁっと輝く。


「本当?」

「もちろんです。ですがまずはお体を綺麗にし、お召し物を改めましょう」

「うん」

「ではこちらへ」


 テレーゼはセレスティアを連れ、浴室へを案内するのだった。


◆◇◆


 一方その頃、マリアはセバスティアーノに連れられて宮殿の離れの二階へとやってきた。


「こちらがマリア奥様の部屋でございます」


 そこはセレスティアに用意された部屋とは異なり、ベッドとテーブルのみがしつらえられたシンプルな部屋だった。


「マリア奥様のお世話は離宮のメイドたちが交代で務めます」

「……私は助祭です。自分のことは自分で――」

「よろしいのですか?」


 セバスティアーノはマリアの言葉を遮ると、そう言って鋭い視線を投げかける。その意図が分からないようで、マリアは困惑した表情を浮かべている。


「どういうことですか?」


 するとセバスティアーノは小さくため息をついた。


「そんなでは先が思いやられますな」

「……いきなりそんなことを言われても分かりません」


 困惑するマリアに、セバスティアーノは再び小さくため息をついた。


「よろしいですか? 貴女が勝手なことをすればセレスティアお嬢様のお立場が悪くなります」

「ど、どうしてですか?」

「先ほど旦那様は貴女のことを覚えていらっしゃいませんでした。ということは貴女が若いころ、旦那様をその顔と体で誘惑なさったのでしょう」

「な! なんということを!」


 あまりの侮辱にマリアはさっと顔を紅潮させたが、それを見たセバスティアーノは大げさにため息をつく。


「な、なんですか?」

「そういうところですよ。マリア奥様」

「どういうことですか?」

「ではお聞きします。今の貴女にマッツィアーノ公爵家で生き残れるだけの後ろ盾はありますか?」

「それは……」


 マリアは視線を泳がせる。


「唯一の後ろ盾はセレスティアお嬢様がお持ちのマッツィアーノの瞳だけです」


 マリアは悔しそうにうつむいた。


「つまり、貴女は旦那様はおろか、他のご子息の機嫌を少し損ねただけでも首が飛ぶということです。そうなればセレスティアお嬢様は一人で残されることになります。それでよろしいのですか?」

「それは……」

「もし本当にセレスティアお嬢様のことを想うのであれば、貴女の成すべきことはセレスティアお嬢様が本物のマッツィアーノとなれるように促すことだけです。それ以外は与えられたものを享受し、静かに暮らすことですな」

「……わかり、ました」


 するとセバスティアーノは一転して穏やかな笑みを浮かべた。


「ご理解頂けて何よりです。セレスティアお嬢様にお会いした際はぜひ、今までのことは忘れて本物のマッツィアーノとなるようにと励まして差し上げてください。そうでないとお嬢様は……」


 セバスティアーノは突如真顔となった。それを見たマリアは青ざめる。


「手遅れになってしまうかもしれませんよ」

「……わかりました」


 するとセバスティアーノは再び穏やかな笑みを浮かべると、優雅に頭を下げた。


「それでは失礼いたします」


 そう言うとセバスティアーノは俯くマリアを残し、部屋を退出していくのだった。


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 次回更新は 2023/12/04 (月) 12:00 を予定しております。

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