2-11

 

 ほんの少しだけの鍛錬でメキメキ成長して、上へ行ける人間になりたかった。

 何かを始めてわずか数年で日本一をとるとか世界のファイナリストになるとか、そんな高いポテンシャルを持つ人間でありたかった。

 人並みの努力だけで何でも一流になれる。そんな人生を送りたかった。


 やり直す前の俺はいつも、何かで国内や世界でトップに立つもしくはそれに近い活躍をしてる奴らの人生を羨み、妬んでいた。反対にどうして俺はお前らみたいな特別になれてないのかと、その格差を呪った。


 今だってそうだ。これまでいったい何年努力してきたと思ってんだ。このやり直し人生が始まってからは特に努力した。それも闇雲にとか考え無しの間違った努力じゃなく、自分に適した正しい努力を、誰よりもやってきたつもりだ。

 普通だったらもうとっくに花咲いていい頃合いのはずだ。なのに何で花はまだ咲いてない?まさか、枯れたわけじゃないだろうな?

 ふざけんじゃねーぞ?時にはキツくて辛い鍛錬もこなしてきたってのに。もう一段上へ行く為と思って堪えて積んだのに、どうしてすぐ結果に結びつかねーんだよ!?


 国内の俺と同世代の奴らだけ見ても、今の俺と同じくらいの努力をして凄い結果を出して、成功してる奴はかなりいるはずだ。実際そうだった。そいつらがどれだけの努力をしてきたかは知らないが、少なくとも俺と同じくらいのことはしてきてたはずだ。

 あいつらはすぐに成果を出せてるのに、俺は出せないのって何で?この差は何?

 

 そんなの俺がさっき答え出してたじゃねーか……才能や素質が優れて恵まれてるかどうかだ。

 結局最後はそれらの有無と高低で決まるようになってんだ。


 もういいよ、十分に分かったよ。俺には素質が全然で、才能も無いと言っていい、どこにでもいる中途半端の凡人なんだよ。いくら人生をやり直そうと覆ることのない不名誉なポテンシャルだ。

 でもさぁ?2回も人生やり直してんだったら、それもループ終了時のステータスを引き継いだまま始められるんだったらさ?一流とまではいかなくても、その少し手前のレベルくらいにはなっても良かったんじゃないの?


 これだけやってもまだ俺は、地元の都道府県ですら満足に勝ち抜けないのかよ。



 「俺どうすれば、来年大阪で入賞するくらいになれますかね?」

 「日々の練習一つ一つを意識し、大事にしていく。まずはそこからや。あと今の自分に足りないものは何なのか、ちょっと考えてみ?」



 顧問の先生はそういったアスリートとしての心構えのことしか答えてくれない。具体的な鍛錬方法はノータッチだ。きっと彼にも分からないのだろう。分かってたらとっくに日々の練習メニューに取り入れてるだろうし。

 俺に足りないもの……才能とかセンスとか、努力ではどうにもならないものばかりかもな。

 でも強いて挙げるなら、練習の量とか?やり直しが始まってからはずっと、無駄な鍛錬は避けてきた。体を疲れさせるだけのトレーニングなど無意味、やる価値無しと、体力を無駄に使うことを徹底的に避けてきた。

 その考え方は間違ってないと思っているし、これからもそうするつもりだ。だがもし、今の正しい鍛錬の量が足りてないのだとしたら?実力者にとっては適量でも、凡人の俺はそうとは限らない。そいつらと同じ土俵に立つ為には、適量通りにやっていては到底追いつけないのでは?

 自分に適したことしかやらないという方針は崩さない。けどその量を増やす必要は大いにあるだろう。

 そうだよ、結局そうじゃねーか。凡人スタートの三流が才能ある一流どもに対し肩並べる以上のことをするには、そいつらよりたくさん鍛錬をしないとな。


 「もう少しだけ、この回で頑張ってみよか。誰よりもたくさん量をこなすんや。そうやないと俺はいつまでもやり直し前の負け組のまま。

 もう観戦席で『ファイトー!』って言ってるだけのモブの高校陸上は、たくさんなんよ!!」 


 今年の夏、同期の一人…高宮が走り幅跳びで大阪総体を優勝し、女子の瀧野も400mハードルで3位に入り、近畿ユースへ駒を進めた。どっちもやり直し前も前回も変わらない、この先何度やり直そうとも同じ。もう決まっていることだ。

 出来ることならあいつらと一緒に近畿へ進みたかった。そうならなかったのは俺があいつと違ってどうしようもない凡人だから。

 この時点で俺は既に自分に失望していた。2回もやり直してるのに、都道府県別の総体で予選落ち。一方で同期の彼らは地力だけで優勝し、上へ向かっている。他の同期たちも着々と力をつけてきている。なのに俺だけ以前と同じ、ロクな成長が見られない。


 もう、うんざりだ!!!

 

 

 「え?まだ1セットもやるん?」

 「あと3セットです。整地は僕がやっとくんで!」


 「最近松山の奴、走り過ぎちゃうか?」

 「夏終わって涼しくなってきてるとはいっても、やり過ぎはなぁ………」

 「誰か松山にやり過ぎんなって言ってみた?」

 「それとなくは言ったんやけど、あいつ最近ピリピリしてるからなぁ」


 俺の練習への熱の入りように、同期も先輩も女子たちも引いてると小耳に挟んだ。最近あまりみんなとワイワイ練習やれてないな。

 けどしかたねーんだわ。俺はお前らと違ってポテンシャル皆無、センスゼロの凡愚だから。誰よりも量をこなさないといけない。時間が足りない。

 もっともっと、やらないと。大丈夫、怪我しない範囲でやってるから。壊れるギリギリ手前でいつも切り上げてるから。何も心配することはない。


 はず………だったのに――――――――



 「何壊れとんねん………。この、クソ脚はよぉ……!!!」


 冬季に入ってすぐ、俺の右足が壊れた。足の甲の関節と膝の内側に炎症が生じた。そのせいで大事な鍛錬期で足踏みする羽目になった。冬季トレーニングに参加することが出来ないまま、2年の春を迎えた。

 

 そこからどうなったかは、もうお察しの通り。怪我の影響で他の学校の奴らはもちろん、部内でも完全に後れを取ってしまい、ロクに鍛錬を積むことが出来なかったため、成長はまるで見られず。

 その証拠に、4月の記録会に出たら1年の頃と変わらないタイムしか出せなかった。何なら自分の中学ベストよりも遅いくらいだった。

 さらに悲しいことに、去年の今頃は俺が部内最速だったのに、今では3・4番目まで落ちてしまってる。


 そんな状態のまま2年目の地区インターハイ予選の日となった。去年と同じように個人種目は2・3年が優先され、俺はどうにか200mに選ばれた。

 で結果はというと当然予選落ち。中学のそこそこ速いレベルの走りでインターハイ予選会を勝ち進められるはずもなく、俺はトラック上で無様に散った。


 そこから先の陸上を含めた高校生活はもう、脳死同然で過ごしていた。地区インターハイ予選、個人は上記の通りだったがリレー種目で大阪の本戦には進めた。まあ、その大阪インターハイになると予選で散ったんだけど。

 そこから先はもう、やり直し前と同じ道を辿るだけ。競技場の観戦席で先輩と同期の応援したり、補助員としてトラックやフィールドを動き回ったりと、裏方モブに徹した。一部の先輩と同期が大阪6位内に入って近畿インターハイ出場を決めたのを、「おめでとうございます」と表面上の言葉で称える。

 

 そこから先はもう、練習に全く身が入らなかった。まるで燃え尽きたかのよう。実際そうだった。抜け殻になったと言っていい。とにかくもう何をやるにしてもやる気が起こらなかった。

 同期の男子たちからは「あいつ大丈夫か?」的な目で見られるし、2年も同じクラスになった瀧野からも教室で度々心配されるなど、気を遣われがちになった。


 もう、何をやっても上手くやれる気しない。成功する気がしない。やる気も起こらない。

 

 この回の人生はもう無理だ。もう、頑張れない。続けたくない―――



 そんなどん底の精神状態の俺は、部屋の隅に保管してあった例の古びた懐中時計を手に取った。


 「もういいよな。うんざりだ。この先はもう、負け組の弱者人生しか待ってねーよ。クソゲー乙」



 そして何の躊躇いもなく、「Reset」のボタンを押した。



 ヴン――――――


 さぁ、またやり直そう。今度はもっと、良い人生にしてみせる―――




 この回終了時点の100mベスト:11秒50 200mベスト:23秒30、走り幅跳び:6m20㎝

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