第5話 決戦、ドラゴン?
寝巻として着ていたスエットの上下を着替えることなく、スニーカーを履いて、玄関から外に出る。
スマホに変えたアイちゃんを手にしている。もちろん記念写真をするためだ。とりあえず近づくところから動画に収めて――
「あれ? どこだ――」
第二障壁のあたりだから五百メートルほど先。方向はあらかじめアイちゃんに聞いていた。遮るもののない荒野なのだから、ドラゴンの巨体が転がっていれば見えるはず。
とりあえず目的の方向に走る。
「アイちゃん、こっちであってる?」
「はい。いますよ、この先に」
しばらく走ると、確かに地面に何かが倒れているのが分かる。
えっと……人間かなぁ?
急ぐ。なんか体が軽い。息を乱すこともなく、一気に目的地に近づいた。
「あれか――」
無意識にスマホで撮影しながら、倒れている人らしきもののそばによる。
気を失っているようで動かない。
背中をこちらに向けて横倒しに倒れているその姿は、人間――と似て非なるもの。
肩甲骨辺りに小さく折りたたまれた翼が見える。尾てい骨辺りからは尻尾が伸び、腰回りは緑色の鱗に覆われていた。おしりから太ももにかけては人のそれと変わらないが、膝から下は鱗状のブーツでも履いているかのような格好だ。
視線を頭部に移す。そこには、赤みの強い金色の髪の毛の間からは伸びる短めの角が見える。うなじから肩口にかけては腰回りと同じく、緑色の鱗が覆っている。
うん、人間ではない。これは――
「竜人ってやつか……」
当然実物を見るのは初めてだ。どうやら先ほどのドラゴンはこの竜人が変化したものだったのだろう。
少し興奮気味にスマホで撮影を続ける。
顔を見たくて更に近づき、肩口から覗き込むように見る。
女性だ。整った顔立ちをしている。気を失い目を閉じているが、美人だというのがその横顔からもうかがえる。
「……」
無言のまま、スマホを近づけ舐めるように美しい顔を上から下に撮影する。少し変態っぽい。
と、その時、何か光るのを目の端がとらえた。首筋、盆の窪の辺り。鱗の隙間から微かにエメラルド色の光が漏れている。よく見ると、光る小さな鱗が、普通の鱗の合間に隠れているようだ。
「……」
あまりにも綺麗な光だったので思わず手を伸ばす。
中指の先で触れる。瞬間、気を失いピクとも動かなかった竜人が、がばっと跳ね起き、こちらをキッと睨みつけた。
「何をするっ!」
怒声と共に右の拳が飛んでくる。
まずいっ!
反射的に腕でガード。
一瞬の衝撃。
吹き飛ばされる――と思ったが、逆に竜人のほうが後方に跳ね飛んだ。
「なんだ――?」
「リフレクト――相手の力をそのまま反射する技です」
アイちゃんがすかさず解説。そういえば、天使さんが肉体改造とか能力の付与とか言っていたようなぁ……これか。
アイちゃんをスマートウォッチ型にして腕に巻き、両手を空ける。準備万端。立ち上がり、竜人と向かい合う。
大きいな。百八十センチ以上ありそう。
バックショットでは服を着ていないように見えたが、ちゃんとビキニに近い感じの服をつけていた。
それにしても、いいスタイルだ。
ビキニのブラからあふれる大ぶりのバストに思わず目がいく。
「くそ、生意気なぁ!」
その怒鳴り声に、ハッとなり、相手の動きに集中する。
竜人の赤い瞳がランと輝き、赤みを帯びた金髪がたてがみの様に逆立つ。
「ぬおぉぉぉっ!」
全身から怒気を放ち、飛ぶようにこちらに向かってくる。
怒りっぽい人だなぁ。
ドラゴン姿の時もそうだが、怒りに任せて突進してくる性格のようだ。真っすぐ体当たりを仕掛けてくる。
猪突猛進。
突っ込んでくる竜人を、闘牛士のごとく、ひらりと躱す。
体が軽い。イメージした通り、タイムラグなく体が動く。
ありがとう、神様。
踵を返し、横をすり抜けていった竜人を見る。
目標に避けられ、勢いあまって前のめりになっていた。
チャンス!
肩を一押しすれば倒れそう。思った瞬間に体が動く。
気づくと両手が竜人の肩についていた。
瞬歩――見た場所に一瞬で移動できる技――だと後で知る。
全体重をかけ竜人の両肩を押す。六十キロ以上の体重だ。不意を突いた攻撃で、そのまま前のめりに倒れこむ竜人。
「ぐぎゃ!」
潰れたカエルのような声をあげ、竜人が顔から地面に突っ伏す。
その背中に正座で座り込む様な格好になる。と、目の前に例の緑に輝く鱗がちょうど見えた。
「……」
すごく気になる。何かのスイッチのよう。
ポチッとな。
思わず右手の人差し指で強く押し込んだ。
ビクッ!
「あっ、ああぁぁぁぁ――!」
竜人が体を痙攣させ、喘ぎ声をあげる。
すごくエロい。
ぐりぐりっ……
更に鱗を押し込む。
「いやぁ、あっ、ダメっ、あっ、あん、ああぁぁぁ――……」
激しく悶えた後、プツリと静かになった。全身から力が抜けてぐったりとなる。
「あれ、なんかやりすぎた……」
慌ててうなじから手を放す。が、そこに光る鱗が見当たらない。
「あれ? ――あっ、取れちゃった!」
右手の人差し指の先に光るものがついていた。その光る鱗が、見ている間に輪郭を歪め、球形へと変化していく。
エメラルドグリーンに輝く光の玉。
指先から転がり落ちそうになったので慌てて掌で受け止める。
心なしか温かい。それにしても、綺麗だ。
思わず見とれる。すると間もなく、
「あっ!」
光の玉が掌に溶け込むように消えていく。
「えっ、あっ、なんだ――熱い!」
右手から全身に熱が広がる。同時に、もの凄いパワーが得も言われぬ快感を伴って満ちていく。
「ああぁぁ……」
呻きが漏れる。
まずい、これ……すごい……快感。
あそこが固くなる。頭に血が上り、ぼーっとなってくる。
このままじゃ、目の前の竜人を襲ってしまいそうだ。さすがに、意識のない女性をどうこうするわけにはいかない。
ふらつきながら立ち上がり、数歩離れてから、大きく深呼吸する。
天を仰ぎ見て、気持ちを鎮める。
「ふぅ~~」
少しずつ気分が落ち着いてくる。熱も引いていき、溢れていた力も全身に溶け込むように消えていく。
「……よし、大丈夫」
自分に言い聞かせ、地面に倒れる竜人を見る。全然動かない。
まさか、死んでないよね――
一抹の不安を感じ、慌てて彼女に近づき、そっと肩を抱き上げ顔を見る。
「ちょっと、大丈夫、竜人のお姉さん」
呼びかけるが、反応はない。ぐったりとして、体に力がない。
口元に手をかざす。と、かすかな呼気。
更に胸に手を当て、鼓動を確かめる。
「ふぅ~、大丈夫、生きてる」
とりあえず一安心。
気を失っているだけなのか、それとも、何かまずいことが起きているのか――
「アイちゃん、この人、どうなっているかわかる?」
アイちゃんは情報収集用の小さなドローンを無数に飛ばしている。昨日調べたスペックに生体スキャンの能力もあったはずだ。
「バイタルサインに特異な異常は検出されません。ですが、今わかるのは簡易的なものですので、心配ならばメディカルルームに運んではいかがでしょうか」
「わかった、そうしよう」
寝室の奥にメディカルルームがある。確かにそこに運ぶのが一番だ。
竜人の尻の下の手を入れ、ぐっと抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこのような形。
重い――かと思ったが、軽々と上がった。神様のおかげか? 力が増している。
だが、自分より大柄の、それも意識のない人をそのまま運ぶのはちょっと辛い。そこで、ひょいっと肩に担ぎ上げる。荷物を運ぶようだが、このほうが楽だ。
だらーんと垂れた尻尾が少し邪魔だったが、そのまま自宅に向かって歩く。
それにしても、早朝から重労働だ。帰ったらもうひと眠りしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます