16 家族



「がははっ。もっとやれるんだろ、剣聖っ」


「ッ――」


「俺たちでベルベロの野郎を捕まえるぞっ」

「「おうっ」」


 暴風をまき散らし、剣戟を交わしあうディックと妖魔。

 商人ギルドから持ってきた武具を携え、一様に散らばっていく村人たち。


「ああもうっ。何なのよ、一体ッ」


 雪崩を打ったように己の役割を演じ始めた彼らを背に、リズは勢いよく駆けだした。とある推測を確かめるために、ぐーすかと眠るティナを置いて商人ギルドへとやってきていた彼女の心にあるのは、行き場のない憤りだった。


『リズは……勘違いしてる。

 彼は壊れたわけじゃない。今もあなたのことを思ってる』


 最初に会った時、そう言い切ってみせたティナ。

 別にその言葉を疑っていたわけじゃなかった。ティナとの会話を通じて、彼女がそう悪い子でもないと既に知っていたから。根拠を話してくれないのも何か大きな理由があるからだ、とそう思っていた。

 でもきっと心の底では信じ切れていなかったのだろう。その証拠に、ベルベロと名乗る男や覚醒したディックが現れた時に驚いた。驚いてしまった。


『これから妖魔の時代が来る。

 あなたの父親が殺されるのはただの始まり。英雄とその子孫たちが人知れず殺され、何個もの村が滅びることになる。

 でも大丈夫。そのうちきっと英雄が現れる。

 全ての鬱展開を吹っ飛ばしてくれる、英雄が』


『また夢の話?』


『そうかも、ね。……おやすみ、リズ』


 寂しそうにそう笑って、布団の中へ潜っていったティナ。

 どうしてあの時、もっと真剣に聞いてあげなかったんだろう。何度も疑われて尚、それでも何かを伝えようとしてくれた彼女の話を。


「ティナッ、起きてるっ!?」


「……? なにか、あった?」


 宿屋「るるーなのさと」に戻り、一緒に泊まった部屋に駆け込めば、ティナは丁度目を覚ましたところのようだった。

 眠そうに目を擦る彼女の肩をガクガクと揺さぶり、無理やり眠気を散らす。


「何かあったじゃ済まないわよっ。

 ベルベロってやつが現れて、お父さんが目覚めてっ色々大変だったんだからっ」


「!? ……そう、思ったより――うえ、きもちわるい。

 そ、それ、やめて」


「あ、ごめん。つい」


「ん。……死ぬかと思った」


 小さく深呼吸するティナの横で、リズはそわそわと体を揺らしてた。

 聞かなきゃいけないことが沢山あった。

 どうしてディックの状態が分かったのか、どこでベルベロが襲ってくるのを知ったのか。今の状況はどこまで彼女の思惑通りなのか。

 

 でも一番最初に確かめなきゃいけないことがあった。

 それはリズがこの数時間ずっと温めていた推測。全ての疑問を氷解させる、たった一つの可能性。



「ねえっ。

 ティナ、あんたは――殺されたのとは別の、本当の両親がいるんでしょっ?」


 

「え……?」


 元々、違和感はあったのだ。

 出会ってすぐリズの名前を呼んでみせたティナ。親経由でディックの話を聞いていたからだとか言っていたけれど、だとしてもそれで見分けられるとは到底思えなかった。映像を記録する手段なんてこの世界にないのだ。それこそ、リズ自身の話を念入りに聞かされていたくらいじゃないと難しいだろう。

 だが、ただの友達の娘に過ぎないリズのことをそう何度も話すだろうか?

 そんな疑問が頭の中でずっと引っかかっていた。


 でも、ティナとリズの間にそれ以上の強いつながりがあったら別だ。


「?? なん、で……知って」


 呆然としたように目を見開かせるティナに、リズはやっぱりそうかと嘆息した。

 そうして優しく抱きしめる。今までずっと秘匿されてきた、もう一人の家族を。


「いいのよ、ティナ。答えなくていいの。

 ……大丈夫、あたしは全部わかってるから」


「???」


 彼女の反応を見て、推測は既に確信に変わっていた。

 

 ――ティナは、あたしの妹だ・・・・・・

 人魔大戦中にあたしのお母さんが産んだ、もう一人の家族だ。


 ティナの柔らかい体温と共に、今までの残滓が蘇ってくる。


『っ。なんでこんな時だけ動くのっ。

 本当に娘のことを心配しているなら、何よりまずは娘の思いに応えてあげるべきっ。

 娘のためにっていう免罪符で自分の思いを勝手に押し付けるなっ』


『大人たちはいつもそう。

 勝手に産んで、勝手に苦しめて、私たちの心は考えもしないっ。

 私だって家族と一緒に幸せになりたかったっ』


 ディックに組み伏せられながら、必死に懇願していたティナ。


 人魔大戦の時、リズの母親、イリーナも主力として活躍していた。

 であるならば戦時下での妊娠は紛れもなく人類への背徳行為。英雄にはあるまじき汚点だ。

 だからこそ連邦の上層部は隠そうとした。あるいは、その証拠たるティナを殺そうとまでしたのかもしれない。そんな大人たちの事情によって、ティナは彼らと離れて暮らさざるを得なかった。その折に彼らの友人である商人夫婦がティナをこっそりと引き取り、自身の娘と偽って育てることにしたのであろう。

 そう考えれば、軍の人間たちがリズの母親であるイリーナの最期を頑なに話そうとしないのも理解できた。その最期がどんなものかは分からないが、出産直後で体力を落ちていたところを妖魔に襲われた等、きっと公に出来ないものだったのだ。


『……なに、冒険者の学校? 

 そんなの噂にも聞いたことないわよ? そもそも冒険者って教育にお金を掛けられない人たちがなる職業だし』


『そ、そうだったっけ?』


 加えて、ティナがディックの経歴を全然知らないのも説明がつく。ティナの育ての両親からしてみれば、ディックは自分勝手な理由で子供を捨てた親失格の人間だ。あまり話したい気分にはなれないだろう。

 その代わり、姉妹であるリズの話を沢山教えたのかもしれない。だからリズのことも一目見た時にわかった。


 ベルベロの名前やリズたちに危険が迫っているのを知っていたのは、すでに彼らと面識があったからであろう。

 英雄の子孫の一人であるティナは、リズより先にベルベロに襲われたのだ。そして何とかここまで逃げ延びてきた。

 ティナが育ての親から自身の出生の秘密を聞かされていたかは分からない。だが、遅くともそのタイミングで暴かれるところとなった。


『だったら、さっさと本当のことを言いなさいよ。殺すわよ?』


『言わない方が、あなたのためになるから』


 そう不躾に聞くリズに、ティナは深刻な顔でそう告げたのだ。


 ああ、そうだ、言えるはずがない。

 もしあの時、リズが母親の死の真相を知ってしまえば、父親への憎悪をより一層募らせる結果となっただろう。

 それにティナは存在しないはずの娘なのだ。軍などからの介入を避けるためにも、そう易々と口外するべきではない。


『リズ、お姉ちゃん……?』


『は?』


『……何でもない』


 「お姉ちゃん」と呼んでしまった自分を恥じるようにすぐに訂正したティナ。


 ……ああ。あの時、どうしてあたしは受け入れてあげなかったんだろう。

 本当はずっとそう呼びたかったはずなのに。その裏には尋常ならざるほどの勇気があったであろうに。


「……急にどした?」


「なんでも、ないわよ。

 ただ急に抱きしめたくなった、それだけよ。深い意味はないわっ」


 リズの精一杯な強がりにも鼻息が交じる。


 こうして改めて見てみれば、ディックの面影が彼女のそこかしこに感じられた。

 その緑色の髪を筆頭に、ほかには……そう、目元とかが似ているような、うん、何となくそんな気がしてきたっ。


 正直、リズは全てを打ち明けてしまいたかった。今までよく頑張ったわね、とそう褒めてあげたかった。

 ただ彼女の戸惑った雰囲気を見るに、どうやらティナはそれを望んでいないらしい。まあそこらへんはおいおいだ。ティナが隠したがっているなら、今ここでこじ開けるつもりはない。

 ただそれでも、もう一つ聞かなきゃいけないことがある。


「……ねえ、ティナ。

 本当にあたしがレーヴァテインを使っていいの?」


「?」


 思い出すのは、それを掘り起こすのをディックに止められた時のティナ。


『っ……なんで、わたしじゃ、ダメなのっ?』 


 ティナはそう言って涙を流していたのだ。

 彼女もリズと同じディックとイリーナの娘、母親の遺品を望んだっていいはずだ。

 それなのにティナはあれ以降、いや初対面の時からリズにレーヴァテインを取らせようとしていた。

 その未練を断ち切るのに、どれだけの覚悟が必要だったのだろう。リズには想像もつかない。だからこそ、もう一度ここで答えを聞かなくちゃいけない。例えそれが彼女にとって酷な決断であっても。


 刹那の沈黙。

 固唾を呑むリズの前で、ティナはいつもの無表情のまま口を開いた。


「ん。あれは英雄の血を引いた・・・・・・・あなたにしか使えないものだから。

 ……だから、頑張って」


「……ええ。分かったわ。

 それじゃああたしは行ってくるから……ティナ、あんたも気を付けなさいよ」


「ん」


 ――あんたの思いはちゃんと届いたわよ。

 そう心の中だけで伝えて、リズは外へと飛び出したのだった。

 

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