第三幕 ガシャ
「……っは、相手が歓迎してんなら遠慮するこたぁねぇな。さっさと終わらせるぞ!」
蓮夜の腰に実体化したロクロウの手が伸びたかと思えば、間髪入れずにそのまま地面を蹴って上空に飛び上がった。腕一本で体を支えられているせいで、お腹がひどく圧迫されて思わずえずく。さっきまで立っていた歩道がみるみる小さくなり、その先の更地まで見渡せるようになった。ちょうど更地の中心に位置する場所で、大きな骸骨が両手を上に広げて愉快そうに笑っている。骨は白く標本のようだと言うのに、頭頂部には六怪異の証の眼の模様が浮き出ていて、両方の穴では赤くギョロっとした目が動いていた。漂う瘴気に少しばかり胸が苦しくなる。
「舌嚙むなよ!」その言葉を合図にロクロウが蓮夜を抱えたまま急降下する。
更地の手前に降り立ってみれば、ガシャが思った以上に大きいという現実が突きつけられる。おそらく三十メートルはありそうな巨体で、降り立った蓮夜達を見下ろしたかと思いきや、振り上げた両手を一気に振り下ろした。突風が吹きすさぶのと同時に、どこから湧き出たのか火の玉の様なものが無数来襲する。ロクロウが咄嗟に刀を抜いて何発か切り落とすも、拾いきれなかった火の玉がロクロウと蓮夜を背後へと吹っ飛ばす。ロクロウは辛うじて受け身を取ったが、蓮夜はそのまま後方の出店に激突して背中を強打した。まるで強いドッジボールの弾をお腹に食らったように息が詰まって前のめりに倒れこむ。背中が痛くて声が出ない。
「蓮夜!」すぐさま駆け寄ってきたロクロウが、珍しく焦りを含んだ声で名前を呼ぶ。
大丈夫かと問われたのに、息を上手く吸い込めなくて返事が出来ない。何か言わなくてはと焦る蓮夜に声が降る。
「悪かった、今のは……俺様の油断だ」
いつもと違う声色に、思わず蓮夜は顔をあげた。そこにいたロクロウの目に、本気で心配している色を垣間見た。悔しそうに眉間に皺を寄せている。
(そんな人間みたいな表情、するんだ……)
悪霊なのに、と。瘴気で少しばかり濁った頭の片隅でそう思った。さっき怒鳴られた時と言い、最初よりロクロウはどことなく感情が豊かになったような気がする。
「ロクロウ、蓮夜、大丈夫ですか!」
ワンテンポ遅れて着地してきたサネミが二人のもとに慌てて駆け寄る。
「なんとかな。けど蓮夜はこれ以上前には出せねぇ。ガシャは思ったより広範囲を攻撃できるようだ。長期戦は不利になるぞ」
ロクロウの言葉と同時に、ガシャが二度目の火の玉を飛ばすのが蓮夜の視界に映る。座り込んだまま「危ない」と音にならない声で叫ぼうとしたが、先に反応したサネミが一瞬のうちに銃を取り出して発砲した。弾は火の玉を割り、あたりに拡散させる。
「火の玉は刀だと少々やりにくいかもしれませんな」
「飛んでいった先で着火しねぇってことは、本物の火じゃねぇな……だが、物理的打ち身でも人間にとってはダメージがでかいな」
座り込んだままの蓮夜をロクロウが担ぎあげる。そのまま更地の端にある大きな木のそばまで連れて行くと、幹に体を預けさせるように座らせた。
「お前さんはここにいろ。どっちみち少し休まねぇと辛いだろ」
「でもロクロウ……」
「ロクロウ! ガシャが動きます!」
サネミの号令が飛び、ロクロウが踵を返して地面を蹴った。サネミも同じように飛び上がって空中で銃を構える。バン、バン、と二発頭頂部めがけて発砲するが、それをいとも簡単に左手で払いのけてしまう。
「大きい割に反応が早い……弱らせるにはどうすれば……!」
「サネミ! 左手がもう一回来るぞ!」
「!」
ロクロウの叫びと同時にガシャの左手が裏拳のような形でもう一度サネミを襲った。一瞬反応が遅れたサネミが左手の甲をもろに食らって真横に吹っ飛ぶ。霊体であるゆえに出店こそ倒さないが、地面に大きく叩きつけられるように転がった。
「いたた……なるほど、霊体とは言えど、何発も食らうとまずそうだ」
帽子を被り直しながらすぐさま立ちあがり後方に下がりながらサネミが言う。サネミの無事を遠目に確認したロクロウが、一度隅にある木に着地し、そこからもう一度飛び上がって刀を抜く。それを察知したガシャが再び火の玉を飛ばすが、今度はそれを上手い具合に切り分け、ガシャの頭上へと着地した。暴れるガシャの頭頂部に刃を突き立てるが、髑髏はとても固く、日本刀の刃をいとも簡単に弾き返す。
「……ッち、見た目通りの硬さかよ!」
ガシャの大きな手が頭上に上がったと同時にロクロウが飛び去る。間一髪のところで手をよけ、一度蓮夜の近くまで後退しているサネミの横に自らも着地した。
「おいおい、ガシャのやつ硬すぎんぞ。頭頂部の痣を砕くに砕けねぇ。弱点とかねぇのか?」
「元は亡霊ですからな……お経でも読んでみます? 鎮魂できるかも」
「お経だぁ? んなちんたらやってる場合かよ! もっと即効性のあるやつにしろ」
「……と言われましてもなぁ。お祭り会場だから花火でもあればいいんですが。もともと花火は鎮魂や悪霊退散のために江戸時代に始まったと聞きますし」
サネミの言葉に、座り込んだままの蓮夜が顔をあげる。花火という単語に、もしかすると行けるかもしれない一つの方法と可能性が浮かんだ。あの、と話しに割って入る。
「花火は無理だけど……僕、似たような術が使える、かも……」
背中の打ち身のせいか、普段より息がしにくい。声も大きく出せないが、二人にはちゃんと聞こえていたようだ。サネミがそばに跪いて言う。
「具合があまりよろしくないようですが……その術とやら、お願いしても?」
一度息を吸い込んで、返事の代わりに大きく頷いて見せた。ロクロウとサネミがお互い目配せをすると、もう一度地面を蹴って宙へ飛ぶ。蓮夜の策にかけるという合図だった。
蓮夜は片膝を立てて座り、両手で三度違う印を結んでから深呼吸をする。この術は元々、夜道で異形にあってしまったときの対処法として教えてもらった……言わば閃光弾だ。
「……
結んだ両手に力を入れると、体の奥がグッと熱くなるような感覚が湧き出てきて、次の瞬間にはいくつもの光の弾が蓮夜の体から弾けるように空に飛び出した。自らの気を光に変え、その光弾で闇を寄せ付けなくする護身術の一種であるゆえに、こんな風に一気に何発も発生させたことはない。一気に疲れが押し寄せてくる。
更地一帯がまるで昼の様に明るく光る中で、ガシャが眩しいと言わんばかりに両手で目を覆い、今までにない雄叫びをあげて前かがみになる。頭が低くなったタイミングで二人が一気にガシャに接近した。
「やっぱり光は苦手みてぇだな。サネ、脳天ぶっ放せ!」
「承知!」
サネミが長銃を構え頭頂部の痣めがけて五度発砲する。五発目が当たった時ようやくガシャの白い骨に亀裂が入ったのが見えた。すかさず地面を蹴ったロクロウが、前かがみに下がったままのガシャの頭頂部に駆け寄り、銃弾を受けた部分に突きを食らわせる。ガツン、という鈍い音が轟き、刀身が骨に突き刺さった。
だが、それより深く刀身が沈むことはなく、痣の部分が割れることもない。半狂乱になったガシャが暴れ狂うように大きな手を振り回す。
「ロクロウ!」サネミが叫んだ。
刀を抜いてしまおうかと一瞬体勢を崩したロクロウが、ガシャの手の甲に薙ぎ払われたのはまさにその直後。実体化しているゆえにガシャの攻撃はもちろんの事、吹っ飛んだ先で出店や木の幹に打ち付けたダメージが直に体を抉る。咄嗟にサネミが助けに入ろうとするが、暴れ狂うガシャはまたしても無数の火の玉を生み出し、まるでミサイルを絶え間なく打つかのように更地一帯を攻撃し始めた。避けようにも数が多すぎて避けきれない。
「蓮夜、木の陰に!」
そう叫んだサネミの姿が、爆撃とその煙に飲まれ、あっという間に見えなくなった。
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