第四幕 己の使命

 退院する頃には、季節は夏真っただ中を迎えようとしていた。蝉の声はより一層激しく、まるで自分の存在を世間に知らしめようと懸命に叫んでいるかのようだ。暫く登校していなかったこともあり、勉強についていけないかもしれないという不安はあったが、今はそれよりもそろそろやってくる七獄の年のことが気がかりでならない。


『すぐにわかるぜ。もう七獄の年は始まってんだ』


 ロクロウと名乗った悪霊の声が、鼓膜の表面にこびりついたように時折聞こえてくる。確かに夏を迎えてからというもの、霊や妖といったモノたちの動きは活発化していると薄々感じていた。夏場に異形の力が強くなるのは毎年のことで、何も今年に限ったことではないのだが、それでも今夏は何か得体のしれない気配が混じっているような気がしてならない。

 外に出れば人ではないモノと遭遇することは日常茶飯事であるが、最近は特に夜間の遭遇率の高さが異常だった。蓮夜は祖母が作っている除けの鈴を持っているから、辛うじて外出は出来るものの、強力なモノと遭遇したときは逃げるしかない。

 第一、ロクロウと遭遇した時のような最悪の事態に陥ることはもう御免だ。

 ……だが、もう間もなく七獄の年が本格的に始動するとなれば、自分の立ち振る舞いを祖母にちゃんと確認しておかなけばならないだろう。ただでさえ夏越家のお荷物なのに、これ以上負担な存在になるのは嫌だった。

 そんな心境のまま蓮夜が悶々としている間にも、事態は水面下で確かに進んでいっていた。が現れたのは、退院してから三日目の夜のことだ。


 この夜、蓮夜は意を決して七獄の年に関することを祖母に問いかけようと、家の中で祖母の姿を探していた。時刻は二十時を回っており、普通ならば祖母は一階の奥の自室にいる。しかし襖を開けた先に祖母の姿はない。代わりに、普段ならば消えているはずのお堂に明かりがついているのが見えた。

 お堂に足を踏み入れると、祖母は奥の祭壇の前で手を合わせていた。堂内は四隅に蝋燭が揺れているだけで薄暗い。蓮夜が踏んだ床板がギシッと軋んだ。その音に反応して振り返った祖母の顔はどことなく疲れて見えた。

「蓮夜……今日は早く寝なさいと言ったはずだよ」

「ごめん……でも、どうしても聞いておきたいことがあってさ」

 言いながら座布団を隅からとってきて、祖母の横に敷いて正座する。

「……七獄の年についてなんだ」

 ちらりと祖母の顔を伺う。祖母はどこか難しそうな顔をしていた。

「昔からばあちゃん言ってたよね。僕が十六歳の年に妖の年が来くるから、僕は長生きできないかもしれないって。それって今年だよね……僕は、今何をすべきなの……?」

 膝の上に置いた拳に無意識に力が入る。祖母はしばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。

「……選ばれた六つの怪異――六怪異ろくかいいが人々に災厄をもたらし、それらは私たちが封印しなければ永遠と人を襲う。しかしそれでは終わらない。六つの怪異を封印しても最後に閻魔の目という強大な怪異が出てくる。これが親玉だ……これを封印しなければ世は混沌に満ち、多くの人間が死ぬ。それが百五十年に一度の今年――七獄の年の全貌さね」

「人々に災厄……たくさんの人が死ぬ……」

 声に出して口の中で転がしてみるが、酷く非現実的な響きだなと思ってしまう。それがこの先手を打たなければ現実になるというのか。それに、あの時ロクロウが言ったことと同じ説明を祖母はした。ということは、あの悪霊は嘘をついてはいなかったということだ。

「夏越の家系はその封印の役目を担う血筋だ。しかし今、能力を保持できているのは私と蓮夜しかいない。奴等は夏越が振鈴を使って封印しないといけない。だがね、それには……命の危険も伴うんだよ。相手は怪異。人ならざるモノたちだ……」

 だから、私たちは今年を生きて越えられないかもしれない。

 祖母が幾分か小さな声でそう続けた時、ドスン、と天井裏から何か大きな音がした。それはまるで人が着地したような鈍い音で、それに続けて何かが這うような音が聞こえだす。

「この音……何?」

 何かがそこにいるのは明白だが、姿が見えない。天井を見上げて蓮夜が不安そうな声を出した。丁度その時――

「蓮夜!」

 目の前に座っていた祖母が突然叫んだかと思えば、蓮夜を思い切り両手で突き飛ばした。蓮夜はぐらりと後ろに仰け反って吹っ飛び、突き飛ばした反動で祖母が蓮夜の座っていた場所に前のめりに倒れこむ。そしてそこに、お堂の祭壇を突き破るようにして巨大な十二単姿の女が現れたのはほぼ同時だった。二メートル以上は優にありそうな十二単の女は、真っ黒く長い髪を振り乱し、顔には狐の面をつけていた。

「ばあちゃんっ!」

 転げた蓮夜が体を起こして元居た場所を見ると、現れた十二単の女が今まさに祖母の首を締めあげようとしていた。大きな手で祖母の細い首を掴み、気味の悪い声でしきりに「おいたわしや、おいたわしや……」と呟いている。狐の面のせいで表情は見えない。

「れ、んや……逃げ……」

「ばあちゃん!」

 軌道がふさがって声が出せない状況下でも、祖母は懸命に言葉を紡ごうと口を開く。

「この家の結界……を、破れるの、は……それこそ……六怪異……か、元々がかなり力な……特殊怪異だけ……この女の怪異は……ひょっとすると……っ」

(六怪異の一つかもしれない)

 ドクン、と心臓が跳ねるのが自分でわかった。

 夏越家の結界が強力であることは、居候している蓮夜も十分わかっている。過去に一度だけとても強力な妖の集合体が襲来した時でさえ、突破されるのにはかなりの時間がかかった。それを目の前の怪異はいともたやすく壊してきた……たった一体で、だ。となれば、六怪異である可能性はかなり高いのではないか。脳みそが警報を鳴らす。

 首を絞められた祖母のうめき声が弱くなっていく。このままでは死んでしまう。

 どうする、どうすればいい。

 子供の時からずっと祖母に守られて、有事の際でも祖母の後ろで匿われていた。

 あの時、少しでも自分が前線に出て戦う姿勢を見せていたら……もっと祖母に大丈夫だと思ってもらえるような動きができていれば……今こんなに落ちぶれた存在になることもなかったのだろうかと、後悔ばかりが心臓を突き刺し、息が苦しくなる。

(僕は、無力だ……)

 床に座り込んだまま、苦しくなった胸を押さえる。うまく息が吸えなくて、このままだと過呼吸になってしまいそうだ。

(ばあちゃん、ごめん……)

 涙腺が緩んで、視界が滲む。泣いていても状況なんぞ変わらないとわかっていても、どうすればいいかわからない。この前悪霊相手にやったような血の術では、この場は乗り越えられないのはわかっている。……ただ、自分の無力さだけが浮き彫りになる。


「ほーら、だから言っただろうが。契約した方がいいって」

 

 声が背後から湧き出たのは、その時だった。

「……!」

 驚いて振り向くと、いつの間にか背後にはロクロウが立っていて、座り込んだままの蓮夜の姿を、まるで面白いものを眺めるように見下ろしていた。

「な、んで……ここに……」

「あ? 結界のことか? そこの着物女が破っちまったから効いてねぇぞ。まぁ……たとえ破られてなくても、これくらいの結界は俺様には意味ねぇな。普通に入れる」

 首をコキコキと鳴らしながらロクロウは何でもないように言う。彼の言うことが本当ならば、彼は相当強い悪霊ということになるのではないか。

 変な汗が背中に伝う。今下手をすればこの男も敵になりかねないのではないかという不安が頭をよぎった。

「……安心しな、あっち側にはつかねぇよ、俺様は」

 そんな蓮夜の思考をまるで読んでいるかのように、ロクロウはニヤリと笑う。それから蓮夜の前に回り込むと、目線を合わせるかのようにしゃがみ込んだ。

「あのままだとばあさんは助からねぇぞ。お前が今できることは一つ、あの怪異を討伐することだけだ」

「……だけど、僕は……っ」

「俺様と契約しな、それが近道だ。憑代になってくれさえすりゃ、俺様は規制なしで動ける。能力を最大に使ってもエネルギー切れなんかしねぇからな」

「……っ」

「れ、んや……っ契約、なん……て、駄目、よ……!」

 苦しそうな祖母の声がしてハッと視線を先に向ける。締めあげられている祖母が必死の形相でそう叫んでいた。だが、その叫びを阻止するかのように怪異が首を更に強く締め上げる。体が反り返って今にも意識が飛びそうな祖母の姿に蓮夜は気が動転し、咄嗟に近くにあった仏具を怪異めがけて投げつけた。

「手を放せ! ばあちゃんに触るな!」

 物理攻撃こそ怪異には効かなかったものの、それを機に怪異は蓮夜に照準を合わせたようで、祖母の首から手を離し、次の瞬間にはものすごい勢いで蓮夜に突進してきた。

 左右どちらに避ければいいかを考える時間すら与えられない。ああ、これはもう逃げられないと、蓮夜はぎゅっと目をつぶって来る衝撃に覚悟を決めた。

「馬鹿が。怪異相手に人間の物理攻撃が効くかよ!」

 だが、衝撃が来る前に体に感じたのはふわりと持ち上げられる浮遊感……目を開けてみると、すぐそこにロクロウの体があって、同時に自分が今の一瞬で担がれたということを理解した。

「おい、いい加減腹くくれよ」

 お堂の入り口側にひらりと着地を決めて、蓮夜を雑に床におろすと、ロクロウは再度面と向かって強い口調で言う。

「このままだと、お前もばあさんもみんな死ぬぞ」

「…………」

 背後でガラガラと音がする。今しがた蓮夜に向けて突進してきた怪異が壁に突っ込み、そこから這い出してきた音だとわかる。

「……もう一度言う、俺様と契約しろ」

「………っ」

 蓮夜はもう一度振り返って、床に倒れこんでいる祖母の姿を瞳に焼き付ける。堂内の壁際には先ほどの怪異もまだいる。このまま放置しておけば、必ず人々に悪影響が及ぶ。いや、目の前の怪異だけではないのだ。七獄の年は始まってしまった……この先には更なる災厄が待っていて世に危害が及ぶかもしれない。それだけは……たとえ自分がどうなろうと阻止しなければ。

 なぜならば、自分は夏越家の人間なのだから。

「…………わかった、契約する」

「最善の判断だな」

「このまま何もできないのは嫌なんだ。僕はどうなってもいい。ただ、大切な人達が死んじゃうのだけは嫌なんだ……だから、」

 頼むよ。蓮夜は目の前の悪霊に頭を下げた。プライドだとか、悪霊と人間の立場だとか、そういうものは最早どうでもよかった。

「承知した。交渉成立だ」

 ロクロウが二ッと笑う。それから蓮夜の腕を思い切り掴んで自らのほうに引き寄せると、顔をぐっと蓮夜の首元に近づけた。

 ロクロウは悪霊だ。息なんかしていない。だから呼吸が聞こえるはずも、吐く息を感じるはずもないのに、それらがあるのではないかと錯覚してしまいそうな距離感に思わず息を呑む。

「…………女なら口でもいいが……お前さん男なうえに、魂には防術がかかってるからな。ちと痛いが我慢しろや」

 耳のすぐ近くでそう聞こえたかと思えば、次の瞬間、ロクロウは蓮夜の髪を掴んで強引に頭をのけ反らせ、晒された左の首元に歯を突き立てるように噛みついた。

「……いっ!」

 ビリっと電流のようなものがつま先から脳天までを駆け巡って、勝手に体が跳ねる。目の前がチカチカするだけではなく、まるで火花が散っているかのように激しく点滅を繰り返し、噛みつかれた部分から広がるように全身に激痛が流れだす。意識が飛びそうだ。

「ぁああっ!」

 痛みは心臓の付近に集結し終えると、今度は嘘のように温かい何かに姿を変えて全身を包んだ。心臓の鼓動に合わせて何かが皮膚の下を蠢くのがわかる。だが不思議と不快ではなく、守られているような安心感さえ覚える……経験したことのない心地だった。

「……よし、契約成立だ」

 ロクロウの言葉が聞こえて、意識がハッと現実に戻される。目の前のロクロウは先ほどと同じようにニヤリと笑うが、明らかに霊気は別人のように濃かった。まるで抑えられていた力が蓋を押し上げて、自ら溢れ出してくるような……そんな感じを覚える。背筋がぞくりとした。

「これでお前さんは俺様の憑代ものだ。俺様はお前さんから常に気を貰って自由に動ける。その代わり、俺様はお前さんの手助けをしてやる。契約した以上、お前さんに何かあれば俺様にも影響が出るからな……つーことで、」

 言いながらロクロウはどこからともなく刀を取り出す。それはあの日蓮夜の脇腹を突き刺した刀に違いなかったが、もう蓮夜の命を刈り取ろうとはしない。すべては目の前の怪異に向けられる。

「限定は解除された、一瞬で終わらせてやる」

 顔の前で刀を構え、シャンという綺麗な刃音と共に刀身をさらす。深紅の柄から伸びる刀身は蝋燭の明かりを受けて微かに鈍色を瞬かせる。

 ロクロウの放つ殺気に気が付いた怪異が「おいたわしや……」と再度呻きながら蓮夜達の方を向く。動きはどこか操り人形のようにぎこちなく、まるで怒りのボルテージを上げているかのように険しい気配が溢れる。

「……行くぜ」

 ロクロウが床を蹴り上げるのと同時に、怪異もロクロウに向かって奇声をあげて突進する。長い髪の毛を伸ばしてロクロウを捕えようとするが、その髪の毛をロクロウは何の躊躇いもなく切り捨て、あっという間に怪異の頭の上に飛び上がる。そのまま不敵に笑って大上段に刀を構えた。

「覚悟しな、着物女!」

 構えた刀をそのまま振り下ろす。刀身はまるで切れない物などないというように、何の抵抗もなく怪異の脳天に吸い込まれる。頭皮が裂け、不気味な面が裂けた。血こそ噴出さないものの、裂けた部分からはどす黒い瘴気が溢れ出した。

「ギィェェェェエエエ!」

 怪異は絶叫した後、大きく後ろに仰け反って祭壇側に倒れ始める。と、ロクロウが素早く祭壇に走り込んだ。何かを掴み蓮夜に向けて投げつけ、叫んだ。

「唱えろ! 封印すんだろ!」

 飛んできた物を夢中で掴めば、それは祖母が作った除けの鈴のついた数珠だった。

「封印って言っても! 僕……っ」

「俺様に呪術使った時の集中を思い出せ! 言ったろ、お前さんに足りねぇのは経験だ!」

「…………!」

 ドクンと心臓が鳴る。それに共鳴するかのように掌の中で鈴が綺麗な音を出す。

 蓮夜は震える手つきで、だけどしっかりと数珠を右手にかける。顔の前で両手を組んで深呼吸をし、ゆっくりと口を開いた。

「……振鈴しんれいよ、厄を降らせしもの、除けのうたにて退け給え。悪しきを正し、ここに眠れ――」

 空気の流れが変わり、青白い光が堂内に広がる。額にあふれた汗が頬を伝った。

「祓い給え、清め給え――」

 閃光が走り、それと同時に怪異が耳をふさぎたくなるような叫び声をあげ、祭壇に倒れこんだままのたうち回る。奇声と共に物凄い霊気の圧が来て、思わず後ろにタタラを踏みそうになるが、それをいつの間にか背後に回り込んでいたロクロウの手が背中を支えた。

「怖がんな、持ってる力を全部出してみろ。制御するのを手伝ってやる」

「……っ!」

 ロクロウに体温なんかないはずなのに、支えられた背中が妙に熱を帯びた気がする。今まで制御できなくなった場合のことを考えると恐ろしくて、全力を開放したことはなかったし、そもそも強い術になればなる程うまく発動できなかった。だけど、今なら……。

 目をぎゅっとつぶって意識を目の前の怪異に向け、腹の底から力を湧き起こすように叫んだ。


かしこかしこみ申す――!」


 お堂全体に声が響き渡る。幾重にも反響する詞を受けた怪異の体が砂のように崩れ始め、やがてその姿は跡形もなく溶けてなくなった。怪異のいた場所には仏具や瓦礫しか残っていない。何も知らない人間が見れば、地震でも起きたのかと錯覚してしまうような有様だった。

「……お、わった……」

 蓮夜は立っていられずその場にへなへなと座り込む。さっきまで自分の足で立っていたのが嘘かのように足に力が全く入らない。それどころか小さく震えてしまって抑えられない。

「今のは間違いなく、六怪異の一つ目だな。脳天狙って飛んだ時、あいつの頭に眼の模様があった。覚えとけ、六怪異に選ばれたやつには皆、眼の模様が体のどこかに浮き出てやがる……まぁ大方、閻魔の目の作用なんだろうけどな」

 蓮夜の横に来たロクロウが、刀を鞘に納めながら言う。座り込んだまま蓮夜が見上げると、やれやれというような表情をしたまま続けた。

「六怪異に選ばれたやつは普段より力が強力になる。さっきのやつは見たところ怨霊の類だった。おそらく十二単にとりついた怨念が具現化したやつだろうぜ。明暦めいれき大火たいかの振袖と同じ類の怨霊だろうな」

「明暦の大火……?」

「……お前さん、そういう辺りの知識は必要だろ。しっかり勉強しな」

 単語にピンと来ていない蓮夜に対して、ロクロウが呆れたように肩をすくめた。

「つーことで、めでたくお前さんは俺様の憑代になった。持ちつ持たれつの関係だ……契約してよかっただろ?」

 ニヤッとロクロウは笑う。確かにロクロウの言う通り、彼と契約していなければ今頃どうなっていたか考えたくもない。それに、仮に今の怪異をどうにかできていたとしても、残りの五つの怪異を自分一人でどうにかできる自信なんかなかった。

 そんなことを考えていると、不意に左の胸の辺りが一度ジンと脈打った気がした。シャツの襟元を引っ張って覗き込むと、ちょうど心臓の辺りに爪で引っ搔いたようなバツ印が浮かび上がっていた。このタイミングで出てきたということは、恐らく悪霊と契約をしたという証のようなものなのだろう。だがまるで、前科持ちのような気分になる印だ。

「ま、仲良くやろうぜ。夏越蓮夜。お前さんのばあさん共々な」

「……そうだ、ばあちゃん!」

 祭壇のそばで意識を失っている祖母の方へ、蓮夜は這うようにして進む。胸が動いているから息をしていることは間違いないと内心安心する。蓮夜は祖母のそばにたどり着くと小さな声で「僕……もっと頑張るから」と震える声で呟いた。

 その様子をどこか退屈そうに、しかし目を光らせたまま悪霊は眺めていた。


***


 同時刻、とある家の一室。

 少女はベッドの上で突如襲った背中の痛みに呻いていた。じくじくと焼けるように痛み出した背中は恐ろしく熱くなって、息をするのも苦しい。

 よたよたと立ち上がり、部屋の隅にある姿見に背中を映す。そこには……先日浮かび上がった謎の痣があり、大きな目の模様を取り囲む炎のうち一つだけが明るく点灯するように色が変わっていた。

「………っ!」

 少女は絶句し、後ろに後ずさると、その場にずるずると座り込んだ。

 両目から自然と涙が零れる。

「一体、何が……どうなって…………」


 声は最後まで音にならず、嗚咽と共に夜の部屋に消えた。

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