かくして2人は出会うことに

 翌日、ミラベルは教室の端の席で本を読んでいた。ガーデニングに関する本だ。

 そこへバスティエンヌ達がやって来る。

「あらあら、ミラベル様は今日もお1人で本を読んでいらっしゃいますのね」

「寂しいですこと。ところで算術の課題、やってきてくれていますよね?」

「私の刺繍の課題もどうなっておりますの?」

 ミラベルを蔑んだ笑みで見る3人。

「……こちらでございます」

 ミラベルは俯きながらマドロンの算術課題とアベリアの刺繍課題を渡した。

「あら、ちゃんと出来ておりますわね」

「まあミラベル様はこのくらいしか取り柄がございませんのよ」

 マドロンとアベリアはお礼も言わずミラベルを嘲笑するだけである。ミラベルは何も言わずに俯く。その時、バスティエンヌが何かよからぬことを思いついたかのように口角を上げた。

「ねえミラベル様、貴女は婚約者か恋人はいらして?」

「……おりませんが」

 ミラベルはチラリとバスティエンヌを見て再び視線を下げた。

「まあ、寂しいですこと」

「でもミラベル様なら仕方ありませんわよね」

 ミラベルの答えにマドロンとアベリアはクスクスと嘲笑する。

「伯爵令嬢なのにそれはもったいないですわね。わたくし達もう15歳ですのよ。恋人がいた方が楽しいに決まっておりますわ」

 バスティエンヌもミラベルを見下したような笑みだ。

「ねえミラベル様、今日の放課後時間ありますかしら? 紹介したい人がおりますの」

 ニヤニヤと笑うバスティエンヌ。

「……はい」

 ミラベルはあまりいい予感がしなかったが断れなかった。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 ナゼールはモンカルム侯爵家の王都の屋敷タウンハウスから馬車でラ・レーヌ学園に通っている。

(授業は有意義だし、勉強することは楽しい。でも……休憩時間が憂鬱だ。碌に話せる相手がいない……)

 馬車の中でナゼールは憂鬱になっていた。しかし、馬は希望に満ちているかのように颯爽と走っており、馬車はあっという間に学園に到着してしまう。

「行ってらっしゃいませ、ナゼール様」

「ありがとう、ザカリー」

 侍従ザカリーに見送られ、ナゼールは馬車から降りて学園の門をくぐる。

 ラ・レーヌ学園には基本的に従者はついて行かない。

 教室に向かうナゼールに近付いて来るもの達がいた。

「よ、ナゼール」

 ダゴーベール達だった。3人はニヤニヤと何かを企む笑みである。

「お前、今日の放課後暇だよな?」

 質問系ではあるが「お前に予定なんかあるわけないだろう」と小馬鹿にした様子である。

「……ない……けど」

 ナゼールはダゴーベール達と目を合わさず挙動不審気味に答えた。

「やっぱそうですよね」

「ナゼール殿に予定などあるわけないですね」

 ゴドフロアとジョリスが嘲笑している。

「ならよかった。放課後お前に会わせたい人がいるんだよ。絶対にこの約束忘れるなよ」

 言うだけ言ってダゴーベール達は教室へ入って行った。

(……どうせろくなことがないんだろうな)

 ナゼールはため息をついた。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 そしてやって来た放課後。

 ミラベルはバスティエンヌ達に連れられて中庭までやって来た。

 少し時間が経ってから、ナゼールもダゴーベール達に連れられて中庭までやって来る。

「おや、君達、早かったんだね」

「ダゴーベール様、あまり女性を待たさないでくださいませ」

 バスティエンヌは猫撫で声でダゴーベールに擦り寄る。マドロンはゴドフロアに、アベリアはジョリスに擦り寄っている。

「そうだ、こいつはナゼールって言うんだけどさ、こいつに似合う令嬢を連れて来てやる話はどうなった?」

「ちゃんと連れて来ましたわよ。彼女、ミラベル様と仰いますの」

 ミラベルとナゼールはそれぞれ後ろにいたのだが、前に連れて来られるのであった。

「確かにお似合いだ」

「ええ、そうでしょう」

 ダゴーベールやバスティエンヌ達はクスクスと嘲笑している。ミラベルとナゼールは俯いてしまう。

「ミラベル嬢って言ったかな? こいつはナゼール。一応これでもモンカルム侯爵家の跡継ぎらしいんだ。いつも機械とか科学とかよく分からない本を読んでいる奴だよ」

 明らかに侮蔑を含んだ紹介をするダゴーベール。

「……左様でございますか」

 ミラベルは消え入りそうな声であった。

「あら、ミラベル様緊張していますのね。では私が彼女の紹介をしますわ。ミラベル様はルテル伯爵家の娘ですの。とても地味……慎ましい方ですのよ。ドレスだって……シンプルですし。それに、授業で出た課題を私達の分までやってくださる優しい方ですわ」

 バスティエンヌも完全にミラベルを馬鹿にしている。

「……はあ」

 ナゼールは目線を下にして曖昧な返事をした。

「あれ? もしかして俺達邪魔かな?」

「お2人で話したかったとか? でしたら、私達邪魔者は消えますわね」

 ダゴーベールとバスティエンヌ達はニヤニヤと笑いながらその場を去った。

 取り残されたミラベルとナゼールの間には気まずい空気が流れていた。

 ちなみに学園内は小さな社交場ではあるが、正式な社交界の場ではない。よってカーテシーやボウ・アンド・スクレープで礼をらなくても無礼には当たらないと校則で定められている。

「何か……申し訳ございません」

 いたたまれない空気により、ミラベルは俯きがちに謝った。

「……貴女が謝る必要はないですよ。……あの人達から何か言われて断れなかったのですよね?」

 目線が定まらず、最終的に下を向くナゼール。

「ええ……」

 今にも消えそうな声のミラベル。

 2人の間に少しの間沈黙が流れる。

「あの……自己紹介がまだでしたね。わたくしは、ルテル伯爵家長女、ミラベル・ロクサーヌ・ド・ルテルでございます。第3学年です」

 ミラベルは糸のように細い声で自己紹介をした。所作は美しい。

「……モンカルム侯爵家長男、ナゼール・クロヴィス・ド・モンカルムです。……貴女と同じ第3学年です」

 ナゼールも挙動不審になりながらも自己紹介をした。2人共15歳の第3学年である。

 周囲の悪意により出会わされた2人の交流が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る