有閑者の新文字体系

龍姫

序論 文字体系の分類法

 今日、世界では様々な言語が話され、それらの言語を視覚化し、記録として保存するために、様々な文字体系が存在する。現在、この世で最も使用されている文字体系はラテン文字であり、英語やスペイン語などといったインド・ヨーロッパ語族では主要の言語表記法として採用されている。また、アフリカやオセアニアなどで見られる、独自の文字体系を有さなかった言語の表記法としても採用されている。さらに、従来は他の文字体系を用いていたベトナム語やジャワ語などでも、ラテン文字は使われている。

 しかし、世界にはその他にも様々な文字体系が存在する。例えば、今あなたが読んでいるこのエッセーで用いられている文字体系はひらがな、カタカナ、そして漢字の3種である。こうして改めて羅列してみると、日本語が如何に文字に於いて異質な言語なのかが見て取れるであろう。

 文字体系には様々なものがあるが、これらを幾つかの種類に分類することが可能である。

 まず最初に紹介したラテン文字を含むアルファベットという種類を見てみよう。現在、国連加盟国の公用語として採用されている言語のうち、アルファベットに該当するものは、ラテン文字、キリル文字、ギリシャ文字、アルメニア文字とジョージア文字である。また、学者によってはハングルもアルファベットに含まれるとする見解も存在する。

 アルファベットという言葉の由来は、ギリシャ文字の最初の2つの文字、アルファ(Α、α)とベータ(Β、β)からである。基本的に1つの文字単位につき、1つの子音、又は母音を示している。しかし、英語などで見られるように、複数の文字を組み合わせて1つの発音を表すことも屡々見受けられる。これは、例えばラテン文字と英語の関係性を例として挙げると、ラテン文字は元々ラテン語の発音を表すために体系化された文字体系だが、一部ラテン語には存在しない発音を有する英語がそのままそっくり表記法として使われたがためにこうした工夫がなされた。その他、本来の発音とは異なるものに特定の文字を採用したり(jは本来[j]の発音のために用いられる文字だが、英語では[dʒ]の発音記号として採用されている、など)、独自の文字を付け加えたり(アイスランド語のゾルンÐ、ðやエトÞ、þなど)、発音区分符号(á、ê、öなど)を書き加えるたりする工夫も多く見られる。実を言えば、jやuなどは従来のラテン文字には存在しなかった、以上のような工夫による産物である。詳しくはラテン文字の変遷史の章で紹介しよう。

 次に紹介する種類はアブジャドである。名前の由来はアルファベットに似て、アラビア文字の最初の4文字の発音から取っている。アラビア文字の他、ヘブライ文字もこの文字体系に該当する。最大の特徴は、アルファベットとは異なり、子音のみが文字として表されることである。日本語や英語に慣れた我々からしてみると、それは読み上げる際に大きな支障になり得るのではないか、とも思えるが、これらの文字体系を使用するアラビア語やヘブライ語などといったアフロ・アジア語族はインド・ヨーロッパ語族と比べて、母音のバリエーションに乏しい一方で、子音が充実していて、それの組み合わせによって意味が決定されるだけに、読む際は通じる。しかし、子音と子音の間の母音の挟み方は人によって大きく異なり、会話する際はやはり意思疎通に難がある。こうした課題を解決すべく、アルファベットに似て母音の発音区分符号を付け加えた。こうした工夫のために、一部言語学者の間で現代アラビア文字や現代ヘブライ文字をアブギダとして解釈するべきなのではないか、という議論を生んだ。

 アブギダはアルファベットとアブジャドの中間の文字体系である。名前の由来は、やはり、エチオピア文字の最初の4つの発音から取られている。アブギダに該当する文字体系に、ヒンディー語などで採用されているデヴァナーガリやタイ語で採用されているタイ文字など、南アジアや東南アジアなどで使われているものが多い。エチオピア文字もまた、アフリカでは珍しい独自の文字体系であり、アブギダに該当する。アブギダの1文字の単位は子音である。アブジャドとの相違点は、発音区分符号が広く用いられていることにある。こうした符号は、母音、或いは無音節を示している。ベースの文字である子音と、そこに加えられた発音区分符号により、1つの音節を表現する(無音節記号が加えられた場合は例外)。

 その一方で、日本語で用いられるひらがなやカタカナは音節文字に分類される。音節文字とは、1つの文字が1つの音節を示す文字体系である。ひらがな、カタカナの他に、アメリカ先住民族のひとつであるチェロキー語で使用されているチェロキー文字が該当する。ハングルも音節文字とする見解も存在するが、ひらがなやカタカナ、チェロキー文字は1つの文字を分解できないのに対し、ハングルは1つの文字を分解して、パーツごとに固有の発音を表すことができる。こうした違いからハングルをアルファベットとして解釈する学者もいて、現在でも議論が交わされている。

 日本語でも使用されている漢字は、一方で音節文字とし見做されない。日本人にとってはあまりにも常識的なことではあるが、1文字で様々な読み方があり、ものによっては複数の音節を有するからである。しかし、それは日本語で用いた場合であり、中国系の言語では1文字につき1音節しか表されない。だが、中国系の言語でも、異なる文字でも同一の発音のものが多く存在し、ひらがななどのように、純粋に発音のみを表しているだけではない。これも日本人にとってはあまりにも常識的なことではあるが、それぞれの文字はそれぞれ異なる意味を表している。文字の種類そのものによって意味が決定される文字体系のことを象形文字という。漢字の他にも、古代エジプトのヒエログリフもそれに該当する。

 以上が文字体系の5つの分類である。1つ1つの文字体系を具に見ていくと、分類方法に議論はあるにせよ、世界のありとあらゆる文字はそれらの何れかに分類することができる。

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