私の目になってくれた彼

帰宅部エース

第1話 暗闇の世界

 2012年1月20日の出来事だった。私はこの出来事を鮮明に覚えている。

 私と友だちの佐藤綾音は小学校からいつも一緒に登下校をしていた。その日は受験が間近に近づいていることもあり、みんなで放課後に残り勉強をし、そして下校をしていた。


 いつも引っかかる信号が赤になり信号を待っていた。

 

「みんな受験の雰囲気が出ていて、みんな少しピリ付いているよう感じになってきたよね」

「私も、今の学力のままだった少しきついかもしてないけど、頑張って受かるね。」

「大丈夫だよ。小春だったら絶対に合格できるよ。」

「ありがとう、綾音も一緒に合格して一緒の高校に行こうね」


 綾音は私よりも頭が良く、いつもテストで上位を取っていた。そんな、綾音に負けないように勉強に頑張って、ここまで成績を伸ばした。綾音に特にライバル心を持っているわけどもなく、私はただ綾音と別れるのが寂しかっただけなのかもしれない。


 信号が青になり信号を渡っているときに、軽自動車が私の方向に目掛けて走って来た。このとき、死を覚悟し、恐怖からまぶたを閉じた。


 そして、再びまぶたを開けたときには、私の世界から光が消えていた。初めは、部屋の電気が切れていて見えてないだけだと思ったが、何分経っても部屋の暗闇に目はなれなかった。横になっていた体を起こしたとき、右の方から声が聞こえてきた。


「末広さん、末広小春さん、自分が誰だかわかりますか?」

「私は末広小春です。あの、ここはどこですか?それに、部屋の電気をつけていただけませんか?暗くて何も見えなので」

「ここは病院です。部屋の電気はつ……あの、すぐに先生を呼びますのでここで安静にしていてください」


 誰かの走っていく音が病室に響いた。

 さっき、話しかけてきたのは看護師さんなのだろ。そして、私は交通事故で車にはねられるか、ひかれてしまったのだろう。けれど、特に痛むところもない。彩音は大丈夫かな。それに、あの看護師さん部屋の電気をつけてくれなかったのか。


 このときの私は自分の目が見えなくなっているかもしてないことを、頭の考えの中から徹底的に排除していた。


 そして、複数の足音が私の方に向かって近づいてくる。


「私は医者の諸永湊です。今から、小春ちゃんの体を精密検査するから看護師さんが持ってきた車椅子に乗ってもらえるかな」


 看護師さんが私の手を持ち、車椅子の方向に導いて車椅子に乗った。初めて乗る車椅子はあまり乗り心地がいいというものでもなかった。体を精密検査されて、待合室でお父さん、お母さんが来るのを待っていた。お父さん、お母さん、心配しているだろうな。


 「小春、大丈夫、痛いところはない」

 この声はお父さんの声だ。けれど、どことなく涙声だった。それに続くように

「小春、本当に痛いところがあったら、遠慮せず言いなさい」

 お母さんの声がした。お母さんもどことなく悲しそうな声だった。

「大丈夫、どこも痛くなよ。あ、綾音は大丈夫?」

「綾音ちゃんは大丈夫だって。」


 誰かが私たちに近づき

 「末広小春さん、3番の診察室に入ってください。」

 

 3番の部屋に入ったとき、丸椅子の関節部分がキュート鳴った。


「小春さんは事故での大きな外傷がありませんでした。救急隊の人から聞いた話では、リュックがクッションとなって直接的な外傷を避けたのだと思います。

 ですが、脳にはそうといきませんでした。車にはねられたときに脳の神経の一部に損傷を負い、目が完全に見えなくなってしまいました。」

「あの小春の目は治る見込みはあるのですか?」

「今の段階では治る見込みないです」


 頭の中で排除していたものが現実になった。今後の人生はどうなるの?綾音と一緒に高校に行く夢も、アニメや漫画で見るような青春生活、そのすべてが突然途絶えた。この理不尽な現実を受け入れようとして私の心が受け入れない。この行く先のない感情を誰かに向けようとした。


 お父さん、お母さんの方を見いた。

 どこか抜けているところがあるけどすごく優しいしお父さん、しっかりものだけど不器用な一面があるお母さんが涙を流しているような感じはしなかった。


 「お父さんとお母さんの娘が目が見えなくなって、悲しんでいるのになんで、涙の1つも流せないだよ。それでも親かよ。少しは同情しようとは思わないのか」涙を流しながらそういった。


 今から見るとこのときの私は幼すぎた。お父さんとお母さんは、たぶんとても悲しんでいたんだと思う。けれど、自分たちまで泣いてしまえば誰が支えていくのか。そして、泣かないことによって娘に八つ当たりされ手でも構わない心構えがあったのだろう。


「小春さん、悲しいのはわかりますが入院して、今までと同じようには行かなくても、元の生活に戻れるように頑張りましょう」


 そう言われ診察室をあとにした。

 

「お父さんは入院の手続きをしているから、一旦離れるね」

 

 病室に案内された。車椅子を押してくれているのはお母さんだ。足音が離れていき扉が閉じた音がした。


「小春、お母さんたちは小春のことを一生懸命支えていくからね。お母さんはこのままそばにいようか?」


 頭の中をよぎるのは、さっき言われた言葉だ。「車にはねられたときに脳の神経の一部に損傷を負い、目が完全に見えなくなってしまいました。」この言葉が何度も何度も流れて、私の描いていたものを全て壊していった。涙が溢れていく、けれど声を出しては泣けなかった。


 「お母さん、帰るね」


 病室にお母さんの足音がなり、病室の扉が閉じた音がした。


 何度も終わりのない考えを巡らせて、私は自分の首に手を当てて、力強く締めた。首がたんだん閉まっていき、呼吸もままならなくなっていた。苦しい、苦しい、苦しい。これで死ねると思ったときに、私の手は首から手を離していた。


 また同じことをしたが、首から手が離れた。私には死ねる勇気もないのか。この暗闇に満ちた人生を生きていかなければならないのだろか。


 朝になったのだろうか。周りから、挨拶をし合う声が聞こえるが、私の目にはやはり光が届かない。暗く一人の世界のままだ。改めて、実感させられた。


 私はもう目が見えない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る