トリプルわんこ=ケルベロス
蟹味噌ガロン
第1話 逃げ出した亡霊達
ここは冥府。
冥府には生きた人間は誰ひとりとしていない。
何故なら冥府は死者の魂が集まる場所、つまり亡霊達の世界なのだから。
亡霊たちは死んだ直後の姿をとっており、冥府で過ごしている。しかし全ての亡霊が人の姿をしているのでは無い。
己を忘れればその姿はぼやけ、ただの人魂となり、己を見失えばその姿が異形と化す。
そんな冥府は生きた人間たちの世界、現世と繋がっていた。
現世で実体の無い亡霊は触れられず、誰にも認識される事は無い。それに実体の無い亡霊が現世にとどまるだけで存在が消費される。つまり存在が消滅する危険がある。
現世は亡霊たちにとって、行ってはいけない場所だ。己を失ってしまう場所なのだから。
生者と死者は住む世界が違うのだ。
そんな現世と冥府、それぞれの世界を分け隔てている門がある。
その門は冥府の門と呼ばれていた。
冥府の門は今日も静かな場所だ。
何たって人の気配などない。亡霊が歩いているのならば一飲みにしてしまう存在がここにいる。
門の前にふせっているのは艶やかな黒い毛並みを持った大きな生物。
2本の前足は床にぺたりと伸ばされ、2本の後ろ足は退屈そうに放り出されている。
ふさふさの黒い尾はたまにゆらりと揺れ動いてはパサリと体に落ちていた。
そして大きな特徴としては、体がひとつであるのに対して頭部がみっつついている事だろう。
人々は彼を、いや彼らをケルベロスと呼んだ。
「今日も暇だねぇ〜」
間延びした声、そして大きなあくびをして鋭い牙を見せつけるのは三男のロス。
「冥府の王は何か言っていたか?」
期待を込めた真面目な声、キョロキョロと周りを見渡すのは次男のルベロ。
「何もありゃしねぇよ、俺たちのことなんて忘れてんじゃねぇか?」
不機嫌そうな吠える声、牙を見せつけて唸るのは長男のケル。
「いつから俺たちがこんな暇してると思ってんだ!」
「いつだっけ〜?」
「517年69日23時間では?」
「そう! 500年もだぞ!?」
「517年69日23時間8分47秒では?」
「時間はさっき聞いた!」
「細かいよルベロ〜」
ケルベロスのみっつの首達は今日も退屈で元気だ。
「全く……冥府の王はどこで何をしてんだ」
「王だから多忙なのだろう」
「この門そろそろガタついてきたね〜ほらほら隙間風〜」
「辞めろ! これ以上穴を広げるんじゃねぇ!」
「!? 門が大きく壊れれば王は帰還なさるのでは!?」
「バカ言ってんじゃねぇよ!? そんな事になりゃ始末は俺たちだろ!」
「木を拾って〜隙間をトンテンカンカン〜〜出来上がり〜〜〜?」
「んな事より亡霊だよ! ぼ! う! れ! い! そっから逃げてねぇだろうな!?」
「亡霊を仕留めれば褒美を頂けるのでは!?」
「その前に雷を落とされるって気付け!」
分かってない奴らだ、とケルは首を振って頭を悩ませた。
「門から亡霊が出てきたら食べて良いって言われているけど、最近は全然出てこないね〜」
「俺たちに怯えて出てこねぇんだろ」
「亡霊ってさぁ、齧った時の反応が最高でさ〜」
「お前って案外趣味悪りぃよなぁ」
「え〜そう? でも、味はそんなに好きじゃな……ルベロ〜?」
ケルとロスだけの会話。
会話に入ってこないルベロをケルとロスは心配する。
「……うん? おとなしいと思ったら、お前何食ってやがる」
「デカいケーキだ! ケルとロスも食うか!? もう半分食べたが!」
「お前それ、どっから出しやがった……ぇえ?」
「目の前にあった! これはもしや王からの褒美では?!」
「はぁ?! んなの聞いてねぇぞ!」
「んん? ご褒美にしてはおかしくない〜?」
ミシリと門から小さく音が鳴る。
「さっさと盗ってきた場所に戻して来い!!」
「盗ってなどいない! ちゃんと目の前にあった!」
「僕ら体はひとつなんだし盗むのは無理でしょ〜?」
バキリと門から少しばかり大きな音が鳴る。
「鼻までクリームつけやがってちくしょう! 嘘をつくんじゃねぇよ!」
「ケルもそんなに食いたかったのか! 量が足りないからまた出てくるのでは!?」
「もういいじゃん、いい加減にしてよ〜……なんか風強くな〜い?」
「あん?」
ケルが鼻をくんと一度嗅いだ瞬間。
突如として閉ざされた冥府の門が勢いよく開く。
「はああああああああああ!?」
「ケーキなのでは!? 違う?!」
「亡霊? ご飯だ〜!!」
「何が起こってやがる?!」
そして当然の如く、閉ざされていた冥府の門から大量に亡霊達が出て来てしまう。
「ルベロ! ロス! 一匹たりとも逃すんじゃねぇぞ!」
「了解した!」
「は〜い!」
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