第24話 経験豊富な女
◇◇◇
(どうしよう……)
南戸由紀は困っていた。
只今の時刻は午後4時。商品の搬入なども終わり、あとは夕方ピークを待つだけという状況だが……。
「あのー。加賀さん、いい加減機嫌を直してもらえませんか……その騙したのは謝りますから」
「……つーん」
由紀が困っている原因は不機嫌そうに事務所で休憩をしているさくらにあった
さくらは慎太が勤務時間の関係上午後3時でバイトを上がると途端に機嫌が悪くなった。
それでもお客さんの前では笑顔で、明るいので、仕事的には問題ないのだがーー。
(うっ、気まずい……です。烏丸さんはレジをお願いしてますし……)
由紀はちらっと時計を見るが、さくらが休憩に入ってから5分も経っていない。気まずい時間は流れる感覚がとても遅い……。
(うぅ、私は事務所で発注作業をしないといけないし……はぁ、こんなことなら、妙に達成感にあふれていた高円寺に無理矢理残業させるべきでした……でもそれだと『以前』のままです)
由紀は元々、人とコミュニケーションを取るのが得意ではない。それは自覚しており、直さなければいけないと思っている……。
さらに周りは誤解しているが、そこまでメンタルが強い方ではない。普段は無理矢理強がっているだけだ。むしろ打たれ弱い。
(私よりもコミュニケーション能力が低かった高円寺でさえ、彼女を作ったんですから、私も頑張らないと……)
「あの……加賀さんちょっといいですか?」
「むぅぅ、なに?」
さくらは明らかに不機嫌だ。
(お、怒ってますね……ど、どうしましょうか……元はといえば私が悪いですし……仲直りしないと……)
由紀は自分に非があるのを自覚しているため、少し心が折れそうになるが、意思を強く持ち口を開く。
「そ、そういえば高円寺、以前加賀さんのこと可愛いって言ってましたよ?」
……苦しい話題なのは由紀も自覚していた。しかし、ろくに会話内容が出てこないので、仕方がない。
(くっ、こんなので機嫌がよくなるわけ……)
「えっ……えへへ、そうなんだー。慎太先輩ってば恥ずかしいなぁー。南戸先輩に惚気話なんかしちゃってー……えへへ」
(い、一気に機嫌が良くなりましたね……コロコロ表情がかわるのはいい意味で可愛いですね……)
「ねぇねぇ南戸先輩、ちょっと聞きたいんだけど……」
一転さくらはもじもじと言いづらそうにしていた。ほんのり顔も赤い。由紀はそんな姿に和みながら口を開いた。
「何ですか? なんでも聞いてください」
「えっと……ちょっと耳貸して」
さくらは由紀に近づき、恐る恐る口を開いた。
「いつ慎太先輩を……えっちに誘ったらいいかな……?」
「……………………は?」
予想斜め上の言葉に由紀の頭は盛大にフリーズした。質問の意味がまったく理解できない。
そんな無表情で固まっている由紀を見ると、呆れられたと勘違いしたさくらは頬を膨らませる。
「もうっ、ちゃんと答えてよ。南戸先輩って大人だし、いっぱい経験あるんでしょ」
「…………」
由紀には本格的にさくらが何を言っているかがわからなかった。
エッチの経験どころか男性と付き合ったことともないどころか……手を繋いだこともない。
「えっと……」
由紀はやっとのことで思考が追いついて適切な言葉を探す。
だが何を言えばいいのか分からず、とりあえずさくらが自分のことをどう思っているのかを探ることにした。
「えっと、加賀さん私ってそんな経験豊富に見えますか……?」
「うん! 大人なの女性って感じだもん! きっと、週末は彼氏とステキな休日を過ごしてるんでしょ?」
(か、勘違いが1人歩きをしていますね……さ、さて普通に否定をしないと……)
「あ、あのーー」
「わ、私本気で悩んでるの! 美恵先輩よりもおっぱい小さいし……女として負けてるし……先輩にがっかりされるのは嫌だし……」
由紀が弁明をしようとするとさくらは側から見て可哀想なくらいシュンと表情を曇らせた。
(わ、私の弁明は後ですね……今は加賀さんを慰めないと……)
「大丈夫ですよ、加賀さんとっても可愛いですし……それに……こ、高円寺ってロリコン気味ですし」
さくらを励ましたいばかりにクラスに広まっている噂をそのまま口に出してしまう……。
「えっ!? それほんと!?」
だが、さくらは彼氏がロリコン扱いされたというのに怒る気配がないどころか、むしろ嬉しそうだ。
「え、ええ、クラスで噂になっていますし、それに高円寺、休み時間にはいつも小さい女の子が出てるゲームばっかりやってますし……」
真実が織り交ぜてある分性質が悪かった……。
「あっ、そのゲームやってるとこ見たことある……! えへへ、そうなんだぁー」
「…………」
さくらの幸せそうな顔を見ているととてもじゃないが嘘だとは言えない……変な罪悪感が心に染みてくる。
(ごめんなさい……高円寺、せめての罪滅ぼしに私もビッチの称号は甘んじて受けましょう……)
由紀の心に眠る変な正義感が、どこに行きたいんだかわからない決断をさせたのだった……。
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