3:時東はるか 11月19日7時5分 ③

「あれ、なんだ。凛、いないのか」


 もう帰ろうかな、でも、本当にポストに鍵を入れたんでいいのかな。そう思い悩んでいた時東の前に現れたのは、若い男だった。

 これぞ田舎というべきか、開いていた玄関から入ってきたらしい。勝手知ったると言わんばかりの飄々とした態度。だが、男のまとう雰囲気は、時東の業界でよく見る華やかなものだった。

 部屋からちょっと出てきただけのような服装にもかかわらず、とんでもなく目を惹く美形。時東は自分が雰囲気イケメンの部類と自認しているが、こちらは正真正銘の美形である。


「ええと」

「あ、どうも、はじめまして。春風です。凛ちゃんの幼馴染みなの」

「南さん、凛ちゃんって言うんだ」


 似合わないと思ったことが顔に出たに違いない。春風と名乗った男が相好を崩した。顔に似合わない気取らない笑い方に、たしかに幼馴染みっぽいな、と納得する。

 なんというか、時東に必要以上の興味を示さないところも含めて。


「似合わないでしょ。凛太朗だけどね。凛って呼ぶと嫌がるから、俺はそう呼んでるんだけど」

「まぁ、……そう、かも」

「でしょ? あいつ、このあいだも、近所のおっちゃんに、店で凜ちゃん呼ばわりされたらしくてさ。子どもに爆笑されたって根に持ってたから、今のタイミングで呼ばないほうがいいよ。間違いなくしばかれる」

「気をつけます」


 簡単に想像が付いた未来に、時東は苦笑して首を振った。そのついでに、ゆっくりと立ち上がる。ちょうどいいタイミングだ。


「あの、春風さん。戸締まりお願いしてもいいですか?」


 鍵を手渡すと、春風が「あぁ」と笑った。


「雑だろ、あいつ」

「郵便受けに入れて帰る気には、さすがになれなくて。でも、お店にお邪魔したら迷惑だろうし」

「だろうね。了解」


 否定せずさらりと請け負った春風に、同類だなぁと改めて時東は思った。空気感が南と似ている。長いあいだ一緒にいる幼馴染みとやらは、こうなるものなのだろうか。

 すごいなぁとは思うが、羨ましいとは思わない。

 時東は、友情だとか、親友だとか、仲間だとか、恋人だとか。そういった絆をあまり信じない。他人の関係を否定する気はないけれど、自分にはないと思ってしまうのだ。それを誰かに言うつもりも、もうないけれど。


 気ままに寛ぎ始めた春風に暇を告げ、バイクに鍵を差し込む。

 空が高い。まだ秋の空だ。

 今日はきっと良い一日になるなぁ。自然とそう思って、時東はエンジンを回した。また二週間後、逢いに来よう。できれば次はもう少し早い時間に。東京まで二時間弱。

 ここまで来る道のりはあっというまなのに、帰る道のりは随分と遠く感じてしまう。現金な思考を閉じ込め、町道を行く。国道に変わるまで、あと少し。

 二日酔いは、すっかりどこかに引っ込んでいた。

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