第8話 王太子妃の嫉妬


 王太子時代のリカードと、その妃メリッサの間に何があったのか。

 アルフォンスは『事故』と言い直したが、その前には『事件』という言葉を口にしている。

 おそらく、些細な出来事ではないはずだ。


「まず、メリッサのことからお話いたしましょうか。隣国の王家は古くから女系で、星読みや予知を得意とする巫女の血を引く一族です。私の妃であるシェリルも隣国の王女でした」


 アリアとスズにおとぎ話でも聞かせるように、アルフォンスは穏やかな声で話し始めた。


「特にメリッサは一族の中でも巫女の血が濃く、予知だけではなく過去視の力があったのです。そのような王女が嫁いできたということで、王宮内も浮き足立っていました。それに、結婚してすぐに懐妊の兆候が現れたことで、期待はさらに高まった。しかし、周囲からの期待という名の負担もあったせいか結局、三月みつきも経たないうちに子は流れてしまったのです」


 アリアとスズは妊娠も流産も経験は無いが、同じ女性として心が痛んだ。


「そして、問題のきっかけとなったのは、三度目の流産でした。王宮内の人間のほとんどがメリッサの心に寄り添っていましたが、出入りしていた貴族の中には気分が悪くなるような言葉を吐く男たちもいました。当然、そんなやからは全て残らず出禁にしましたよ!」


 アルフォンスが胸を張って、そう言い切った。


「そういえば、没落した家もありましたねぇ」


 話の内容から、沈んだ表情のままのアリアとスズに、アルフォンスは悪い顔をしてみせた。まるで、毒リンゴでも煮詰めていそうな顔付きだ。それを見た二人は、思わず笑ってしまった。


 没落した家の人々には気の毒だが、人の心を傷つけるような人間が当主では遅かれ早かれ、何かしらの問題を起こしただろう。

 しかも、蔑んだ相手は王太子妃。浅慮にも程がある。それにメリッサは巫女の家系だ。隣国から呪われなかっただけでも、幸いだと思うべきだ。


 二人の笑顔を確かめたアルフォンスは、また優しげな表情に戻った。


「三度の流産を経験したメリッサは、精神の状態が著しく不安定になりました。そのような折に、リカードとチエ様の昔話を耳にしてしまったようです。不安定なところにショックな話を聞き、居ても立ってもいられなくなったメリッサは、その晩、眠っているリカードの額に指を添えて過去をてしまいました。当人であるリカードさえ忘れている恋心や、毎日のようにチエ様にアプローチする夫の姿を」


 二人の表情から笑顔は消え、一言も発せなかった。

 アルフォンスは息継ぎのように深い呼吸をしてから、続きを話した。


「リカードがチエ様のことを忘れているということも、メリッサは過去視で知りました。しかし、それでも彼女は安心できなかったのです。そして――、巫女の力でもう一度、忘却の術をリカードに施しました。その夜から一週間、リカードは目を覚まさなかった。精神や脳に作用する魔法を重ねて受けたことが原因でした。……いえ、メリッサの術でなければ、ここまで長引くことはなかったのかもしれません。彼女の能力は、本人が自覚しているよりもずっと高かった」


 アリアは、もうどのような反応をしたら良いのか分からなくなった。しかし、思い切って尋ねてみた。


「今、メリッサ様は……?」


「王宮内におりますよ。ただ、体調が芳しくなく、日中は離れや庭の温室で横になっていることがほとんどです。そのため、スズ様、アリア様にご挨拶できずに申し訳ございません。本人も気に病んでおりました」


「いえ、そんな、お気になさらず。お大事になさってくださいとお伝えください」


「お気遣い痛み入ります」


 アルフォンスは深々と頭を下げた。


(本当は、アルフォンス様のお妃様がご健在なのかも知りたいけど……。今は聞くタイミングじゃないな)


「あの、話が戻りますけど……。リカード様のその後は?」


「あぁ、そうでしたね。この年になると耄碌もうろくしていけませんな」


「いえ、そんなことは……」


(いやいや。今でも十分、国王として立てるでしょ。そもそも、なんで退位したの。急に思い出したように、おじいちゃんキャラになるし)


 アリアの探るような視線を感じたアルフォンスは、ふふっと上品な笑みを浮かべた。

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