第26話 夢の資源

「アメリカとの貿易協定……先日のとおり上手くいったんですか?」

「ええ、もちろんです。というのも実はローレル外務官が本国に直接働きかけてくれたそうでして、大統領もそれで締結すると約束してくれたみたいです。まぁ互いの代表が調印式にて誓約書へサインしてみるまで確定事項とは言えませんが、概ね先日話し合ったとおりになることでしょうね♪」


 みやびさんは普段見せない満面の笑顔でそう明るく話をしてくれた。

 先日の日米二国間貿易協議で行われた内容はアメリカが推し進めていようとしたFTAではなく、TAGが締結・即時関税の緩和または撤廃が約束されることになっていた。


 朱莉はアメリカから輸入されている輸入牛肉にかけている38.5%の関税及び輸入豚肉にかけている15%の関税をアメリカも同条件にすることを前提条件として即時撤廃と総量規制の即時緩和を約束した。またそれだけでなく、アメリカから入ってくる『とうもろこし』や『大豆』などの穀物類などの輸入食品についても減税または撤廃を約束したのだった。

 その代わりとしてこれから数年後に石油や石炭などの化石燃料に取って代わる存在のシェールガス及びアルミや銅などの資源についても関税を下げるようにとも働きかけていた。


 アメリカにとっては牛肉などをはじめとする食肉の関税撤廃は長年の悲願であり、オレンジなど果物の関税や輸入量制限に関しても昔から日本へと多くの量を輸出していきたいと長きに渡って考えていた。

 だがその条件として資源であるシェールガスやアルミ・銅などの鉱物資源の関税引き下げについて出されると難色を示していたのだった。 


 そのため色好い二つ返事とまではいかないものの、先の話し合いの場にて日本側にその主導権を握られていたうえ牛肉と豚肉の完全な関税撤廃と総量規制の緩和というお土産を貰ってはローレル外務官としても納得せざる得なかった。

 だがそれは日本にとってもまたアメリカにとってもメリットのある話であり、互いに貿易によって国内の経済を活性化させる狙いがあったわけだった。


 日本では昨今の円安によって、輸入肉の値上げや原油などを主とする資源について兼ねてより経済団体から関税撤廃をするようにとの要請が毎年のように言われていたのだ。

 これまでは国内の産業を守るためとの大義名分からそれを避けてきたのだが、朱莉はこのままでは日本経済は衰退の一途を辿るだけだと関税緩和へとその大舵を切ることにした。


 輸入食品に関する話については先に述べたとおり国内産は高品質と安全性、そして何より美味しさを武器に国内だけでなく国外へも積極的に輸出することを方針としている。

 また関税撤廃によりアメリカからの輸入肉がこれまで以上に安く入ることで、庶民の生活への手助けになると朱莉は考えていたのだ。


 そもそもこれまでも価格が安い輸入肉は国内に流通している。けれどもだからと言って国産がその存在を脅かされているかと問われれば、答えは当然『否』である。

 何故なら国産を買う人と安さを求めて輸入食品を買う人とは、そもそも客の層からして違うため朱莉は安い輸入食品が大量に入ってこようとも国産品も輸入品も共存共栄できるのだと考えていた。


 むしろ牛丼屋などをはじめとする外食業界においては関税撤廃によってアメリカからの輸入食品が安くなることは恩恵を最大限に受けることであり、必ず日本の経済及び食料価格に纏わる問題を良くするのだと説明していた。

 また日本国内で生産された余剰米を牛や豚・鳥などへの家畜の餌として転用する予定ではあるが、未だその主力はとうもろこしや大豆などをはじめとする輸入穀物類や粗飼料である乾草やサイレージ(牧草や穀物などを発行させた物)などに頼らざるを得ないのが現状であり、今後の関税撤廃よって引き下げられることはむしろ日本の農家はもちろんのこと畜産業においても国産食品が安くなるという恩恵も当然あることになる。


 だからアメリカの輸入食品に対する関税の撤廃及び引き下げはむしろ日本にとってメリットしかないわけだった。

 それすらも朱莉は最初から計算済みだったのか、みやびさんに色々と説明を受けても然も当然と言った感じで涼しい顔をしていた。


 それに燃料や金属の資源についても、価格引下げや関税引き下げを条件としているのでその恩恵は計り知れないものになることだろう。

 なんと言ってもシェールガスについてアメリカは中国に続いて埋蔵量世界2位であり、広大な土地を利用した大規模な掘削により産出量が市場を無視した供給過剰となったため2008年を境に天井価格から現在では1/5まで下がってしまうという下落の一途を辿っていた。これは『シェール革命』とも呼ばれており、日本が主流としている原油などの化石燃料やLNG(液化天然ガス)を価格が安いシェールガスLNGへと置き換えれば輸入に対する燃料費が大幅に削減することができることになる。


「まずは今回の二国間貿易協議で決まったアメリカからのシェールガスLNGの関税引き下げてもらって、それでどうにか貿易黒字に持っていかないとだね!」

「そうですね……試算したところ、既存の総量燃料へ置き換えることができればかなり節約できるかと思われます」


 日本のLNGに対する輸入額は毎年4兆円を超え、石油石炭などの化石燃料に至っては毎年7兆円分もの輸入をして依存している。

 それは世界的に見て投資の主対象である原油やその影響が根強いLNGからシェールガスLNGへと置き換えることができれば、1割以上は輸入燃料費コストが下がるはずだ、とみやびさんは電卓を叩きながら計算していた。


 またアメリカでは天然ガスの価格が100万Btu(英熱量)あたり3ドルと格安なのに対し、日本はそこにタンカー輸送や輸送しやすいように液化するコストまでをも含まれるため、たとえ同量であったとしてもその価格はアメリカの5倍の15ドルにもなってしまう。

 これはアメリカはパイプラインで直接輸送できることが価格差にも現れ、日本はどこよりも高い値段で購入していたのだ。それは何もアメリカだけではなく、ロシアやサウジアラビアなど資源大国から漏れなく同じ対応をさせられていた。


「日本も海に埋蔵量が多いっていうメタンハイドレートが効率良く掘削できれば各国から輸入するどころか、逆に輸入できる資源大国になるんだけどねぇ~」

「海抜数百メートルの海の底では、掘削コストも容易ではないでしょうね。それに今の技術ではなかなか難しいかもしれませんね」


 朱莉とみやびさんは日本のエネルギー輸入問題から、日本でも自前で自給自足できないかと議論を交わしていた。

 燃える氷と称されているメタンハイドレートは、日本海をはじめとする周辺の海に世界一とも言われている埋蔵量があると期待されている次世代の化石燃料候補である。


 もしこれを安価に採掘することができれば、世界経済は引っくり返るかもしれない。少なくとも日本が資源大国としてその名を連ねることは必至になることは間違いなかった。


 もしもアメリカと同じ燃料コストで供給できるとなれば、その費用は11兆円から3兆円程となり大規模な節約することができる。それは日本における年間国防費である5兆円を軽々と節約でき、更には数兆円のお釣りがくる計算になる。もしかするとこれから先の日本の未来は原材料を輸入して加工し輸出して儲けるではなく、資源の輸出で国の経済自体を賄えることになるかもしれない。

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