第15話 TPP問題とその弊害

「はい、こちらお二人の分のコーヒーと紅茶です」

「ありがとうございます」

「みやびさん、ありがとう~」

「おや、朱莉さんようやく目が覚めたのですね? やはりお疲れだったんですね」


 そう言いながらみやびさんは俺の目の前にはコーヒーの入った薄茶色の紙コップを、そして朱莉には黄色と赤色が特徴の紅茶の紙コップをそれぞれ置いて席へと座った。

 たぶん休憩を挟んでも俺達が部屋を出ていないと、飲み物を持ってきてくれて気を遣ってくれたのかもしれない。


「それでは最初からある程度割愛しながら始めさせていただきますね。まずTPPとは……」

「ふんふん。なるほど……関税の緩和には良いことと悪いことがあるんですね。農業を生かすか、それと基幹産業である自動車やこれから先の未来有望である精密機器関連などを最優先させるか……それによっては国の産業が大きく変わることになる。TPP発足と施行によって国際競争率が図れる一方、外国から過度に安いお米や野菜それに肉などが入ってきてしまうから国内の農畜産業は打撃を受けてしまう……」


 みやびさんは先程話していたのを朱莉が聞き流していたと気を遣い、所々割愛しながらもう一度説明をしてくれた。

 先程の惚けた様子が嘘だったのように意識が覚醒した朱莉はいつものようにみやびさんの説明に相槌を打ちながらも、自分の思いついた限りの意見を口にして公務を続けていった。


「何を変えるにしても痛みは伴います。また革新ない政治に国の発展なし。そのバランスを保ち、両者の意見を刷り合わせるのがワタシなんですね」

「仰るとおりです。どちらにもメリットとデメリットが必ず生じます。それをいかに上手くコントロールして納得させるのか。それが我々の仕事であり、朱莉さん……いいえ、首相で在らせられる朱莉首相の判断一つにかかっています」


 国と国との貿易問題を話し合ってる朱莉とみやびさんの顔は真剣そのものだった。

 そして朱莉は改めて自分の立場とその考え方、言葉一つによってそれに関係するすべての人が幸福にすることもまた不幸にすることもできると覚悟を持ちながら、一つ一つの疑問を解消するためみやびさんの話を聞いていく。


 国のトップとはその国に住む国民は元より、国外に住む人達の運命すらも左右してしてしまうことがある。

 特に貿易問題の関税緩和に関しては、その案件が如実となって強く現れるのだ。


 では、自国の国民と外国の国民、そのどちらを優先すべきなのか?

 もちろんその答えは自国民を最優先すべきであるが、自国だけ潤えばそれでいいというわけにはいかない。


 日本は国連に加盟している手前、他国のトップはもとより他国民にさえ配慮しなければならない。

 これは自らの体を縛ることになるのだが、その対価として各国から名声を得られることになる。けれどもそれは遠い昔の政治家達の“見栄”であり、今の現状では自国民すらも犠牲にしているのが現実問題である。


「尤も農業など特に打撃を受けるであろうと予測される産業には、今以上の補助金を割り当てることになりますので損して得を取れではありませんが、どうにか経済貿易としてプラスにもっていけるはずだと我々は予測しています」

「なるほど……でもその補助金も税金なんですよね? 一方の産業が得をするため、もう一方がその負担を担ぐ。しかもそれが国民の税金で納得させることができるのでしょうか?」

「うっ……い、痛いところを突いてきますね。で、ですがそれが国の経済指針であり、一国の経済舵を取るということです」


 みやびさんは朱莉にその構造で露呈するであろう“痛いところ”を突かれしまい、少し表情を歪ませ苦しながらにそう弁立てした。


 国の経済とは常に大勢を見ながら、その舵を取っていかなければならない。

 それには当然捨てるべき事柄と生かすべき事柄とがどうしても発生してしまう。


 この場合、日本がTPPに参加して発足・施行する場合には農業など戦前国を支えてきたものを犠牲として、高度成長時期の名残りである自動車関連やこれから世界を席巻するであろう精密機械やそれに伴う医療関係に力を入れていく方針らしい。

 そのため農業など第一産業には海外から安い輸入品が入るので、国内の需要がそちらへと奪われる恐れがあるという。


 お米の例でいえば、日本米が10キロ4千円で売っているとする。それに対してタイ産などの安い輸入米は同じ10キロでも1500円などと日本の価格の1/3ほどで売られることになる。

 今は関税が働くことで日本米もタイ米もそれほどの価格差は生じていないがそれはあくまで安い輸入米に対する関税という重しがあるためである。もしこの関税が撤廃もしくは減税されることになれば、日本中の米は安い輸入米に席巻されると日本の農家は憤りTPP提案当初から反対を示していた。


 基本的に自国へと安い輸入品が入る場合には国内の産業を守るため、セーフガードまたは緊急輸入制限措置とも呼ばれる関税システムが働き、国内の産業が疲弊しないようにと関税という形でバランスを取っている。


 そして関税に関して一番最たる例がこんにゃくの原料であるこんにゃく芋だ。

 こんにゃく芋は国内では主に群馬で生産しているがベトナムなどの諸外国では大量生産されており、その価格も雲泥の差である。

 それに対して日本は国産のこんにゃく芋を守るためセーフガードを発動して1700%(実に本体価格の15倍)という世界にも類を見ない関税を課すことで国内外での需要バランスを保っていた。


 またそれだけでなく戦後の高度成長期以降は、外国に自動車などを売ることで世界的に見ても無類稀な貿易黒字を生み出して国を支えてきたのだった。

 その代わりといっては何だが諸外国は日本に対する貿易赤字を少しでも減らすため、毎年のように輸入米や輸入品を同等の額取り扱い引き取るようにと日本へ働きかけていた。

 もしそれが叶わないのならば日本から入る輸入品に対して多額の関税をかける、もしくは全面輸入禁止措置などを取ることも視野に入れられ各国間での貿易取引に応じる他なかった。


 だから今でも毎年のように安い輸入米などは国内へと流れてきている。

 けれども日本は米などの農業品目はもとよりテレビや自動車などに関しても自国の物品質が最高である自負しているため、輸入品はあまり購入することはなくまたその需要も決して高くはない。


 そのため輸入米は国の備蓄米として、もしくは糊などを代表する加工品へとその姿を変えることで国内へと流通することになる。

 このように工夫を凝らして国内で消費して輸入品を消化しているわけなのだが、仮にTPP施行によって入ってくる農作物などの輸入品の量はそんなものでは追いつかないほどになるだろう。


 ただ腐らせるわけにもいかないので日本でも主食として国内に流通させ、それの影響で日本の農業が壊滅してしまう恐れもあった。

 そのため今も出している収入維持名目の補助金のほかに、更に補助金を出すというのが今の政府が取れる対策の一つであり、小を殺して大を生かす……それが国の経済というものだと、みやびさんは俺達に説明してくれた。


「みやびさんは……あっ、失礼。これまでの政府はTPP施行によって、日本の食を担う農業が壊滅する……そう考えているんですね……」

「言葉は悪いですが……はい。と頷くほかありません」 


 朱莉はこれまでの話を聞いて、日本の農業に対して心を痛めているかのように顔を伏せていた。

 みやびさんもバツが悪そうにはしているが「それが現実なんです」と、その表情は決して明るいものではなかったが、どうにか頷いていた。

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