第14話 目覚めのキス

「それで今日はTPP協定、いわゆる環太平洋パートナーシップ協定についてのご説明をさせていただきます。これは加盟国間においての貿易の関税を撤廃または緩和する自由貿易協定の措置を指す言葉でして、これに加盟する各国は……」

「ぼ~っ……ぼけ~っ」


 今日はTPPについてみやびさんから説明を受けていたのだったが、当の首相本人である朱莉は何故か上の空と言った感じで惚けていた。たぶん昨日と今日の朝とのキスのせいだと思う。むしろそれしか思い当たる節がない。


「……また昨今リーダーシップを取っていたはずの米国が脱退したことにより加盟する国が減るだけでなく、それに伴う経済比率が大きく異なることで日本がその代表として……」

「ふあぁぁ~っ」


 俺も俺で朱莉に負けないくらい集中力を欠いていた。もっとも惚けているからではなく、徹夜で朱莉の願いを見守っていたことによる単純な寝不足なだけだった。


「……これの問題点はですね……うん? お二人とも、今日はどうされたのですか? なにやらいつもの調子ではないように見受けられますが……」

「ぼけ~っ」

「朱莉さん?」

「あ、ああ、みやびさん。朱莉もきっと連日連夜の公務で疲れているんだと思うんだ。それにほらさ、一国の首相って立場からプレッシャーも凄いみたいで夜もあんまり眠れていないらしくて……」


 俺は心配そうに朱莉を気遣ってくれるみやびさんに対して、そんな言い訳をして朱莉のフォローしてやる。

 けれどもそれがどこか不満なのか、怪訝そうに眉を顰め顎に手を当てて何かを考えるみやびさん。


「あ、あのみやびさ……」

「そうでしたか。これは気がつきませんでした。何より朱莉さんは首相とはいえ、まだ学生でしたものね。これは私どもの配慮、そして気遣いが至らなかったせいです。申し訳ありませんでしたっ!」


 俺の問いかけを遮るようにみやびさんは朱莉が惚けているのが自分の配慮不足であると頭を下げて謝罪してくれた。

 だが本当は別の原因があると知っている……むしろ俺自身が原因なので、頭を下げ必死に謝ってくれているみやびさんに対して申し訳ない気持ちになっていた。


「そんなみやびさん、気にしないでください。色々と便宜というか、助かってます」

「そう……でしたか? 私はてっきり、夜通しゲームのしすぎで寝不足から集中力を欠いているのかと思ったのですが、どうやら勘違いのようですね」

「はははっ。そそそそ、そんなことあるわけないですよ。なぁ~に、言ってるんですかみやびさん。俺も朱莉もそこまでゲーム好きってわけじゃないですからね……あっははははっ」


 的確なまでの分析力と当たらずとも遠からずの原因を言い当てたみやびさんに対して、俺は乾いた笑みと適当なことを口にして必死に誤魔化した。

 でなければ昨日調達してもらったゲーム機を没収されることになるのを恐れての行動でもある。


「それでは一旦休憩を挟むことにしましょうか。朱莉さんもこのままでは使い物にならないでしょうし……」


 そしてみやびさんは朱莉のため、15分ほどコーヒータイムとしての休憩を設けてくれることになった。

 会議室を出て官邸にある広い応接広間へと向かうみやびさん。きっとお気に入りであるコーヒーマシン(私物)から、カフェラテでも飲みに行くのかもしれない。


「朱莉大丈夫か? 目覚ましにコーヒー飲むか?」

「うんん……今はいい」


 会議室に残された俺と朱莉は二人だけでその時間を過ごすことにした。尤も部屋の外の扉前には首相である朱莉を守るため、数人のシークレットサービスが待機している。

 俺は外に漏れ聞こえないように小声で朱莉へと話しかけた。


「朱莉、もうすこしなんとかならないのか?」

「う~ん? なにがぁ~」

「何がって……お前なぁ」


 俺は飽きれるのを通り越して、むしろ感心してしまった。

 先程までみやびさんがあれほど説明して入れてくれたにも関わらず、朱莉は未だ夢の国の住人のようになっていたのだ。一国の首相のこんな姿では、とてもじゃないが国民に見せることはできないだろう。


「まったく……ほら朱莉……」

「う~ん? んんっ!? ちゅっ……お兄ちゃん」

「いいからそのままで……ちゅ」


 俺は朱莉の目を覚ますようにとキスをした。けれどもいつみやびさんが戻って来るか分からないので昨夜のように激しいのではなく、軽く唇を触れ合うだけのフレンチなキス。


「これで目が覚めただろ?」

「う、うん……(照)」


 朱莉は恥ずかしそうに口元を隠すように手を持っていき、もしてモジモジと身を左右に揺らして捩じらせている。


「ふふっ……キス、しちゃった♪」


 それが終わると今後は右の指で自らの唇を左から右へとそっとなぞり、嬉しそうに喜んでいた。


「んんっ。こ、これ以上みやびさんに迷惑はかけられないし、この休憩が終わったらちゃんとするんだぞっ!」

「もう、そんなの分かってるよぉ~」


 兄として威厳を示すため、俺は一回軽く咳払いをしてからそう言い聞かせたが、朱莉はニヘラぁ~っと、口元を緩ませている。

 これで果たして大丈夫なのだろうか……そうこうするうちにドアが開かれ、みやびさんが戻って来た。

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