エイラと紡ぐ雪の夜 (アドベントカレンダー)

Yokoちー

一   ひとりぼっち


 これは地球がアクアブルーに瞬いて、宇宙そら中央まんなかに煌めいた時の物語。


 温かな陽の光が遠く山に隠れて、空が深い紺碧に変わる時刻。しんと冷たくなる空気に歓喜の声をあげて、集まってきたのは雪の妖精たち。凍った水滴からふわり浮かび上がる。


 

ーーけれど。

  

「……えっ? ここは……?」

 小さな銀の妖精は、アクアブルーの瞳を丸々と膨らませる。まるでドラマの場面転換のように瞬時に視界が切り替わったことに驚いたのだ。

 

 ステンドグラスに陽をかざしたように煌びやかな星飾りとなって踊る妖精たち。赤に橙、黄色に緑、透き通った水色。互いに発する光を浴びて、何色にも輝く光玉。重なって影を浴びた色が、やはり透き通る色達で濃淡を醸し出して美しい。 

 吹き溢れる風はキンと冷たく、小さな妖精達の身体を叩きつけ、その度に不規則に飛ばされて戻ってくる。そして伸ばした手足をカチコチと硬く凍らせて、シャララと美しい音を生み出す。

 そこでは冷たい空気とカラフルな光が、共にぶつかり合い、リルリルチリリ、シャラシャラシャララと澄んだ音楽が絶え間なく続いていくのだ。

 素晴らしき世界を美しい仲間達と、笑い合い、踊りあっていた。……はずだった。


 なんの弾みか、何が起きたのか?


 今、エイラの周囲は漆黒の闇。


 重苦しい灰色の雲が広大な空を覆う。金の粒のような美しい光を放つ月も、静かで優しい星達の輝きも、頬をくすぐるような風も、今はない。


 ただ真っ暗な闇の世界がどこまでも広がっている。



 上、下、右、左。くるくると向きを変え、細く透明な羽根をパタタと羽ばたかせる。

「うん、大丈夫」


 そう呟いたエイラは颯爽と真っ暗な闇に飛び立った。

 どこに続くのか? 何があるのか? 先のことは全くわからないけれど。エイラは知っていた。そして嬉しくて、思わず声に出して呟いた。


「うふふ。わたし大人になったのね」


 知らず溢れる笑みから優しい金の光がうっすら伸びていく。ゆらゆらと温かな風に振られて不規則な軌道を描いて。


 暗いトンネルは、鬱蒼うっそうとした木々が茂る森に繋がっている。

 

 なんだ星があるじゃない。


 ぼんやりと光る街灯りを見つけ、ふうとため息をつく。そして見知らぬ世界に弾き出された自身にグラリ不安が高鳴ってきた。


「大丈夫。だってあたし、大人になったんだもん」

 言い聞かせるように、勇気づけるように確かな声を出して呟いた。


 広い世界に弾け飛んだ大人になった妖精は、皆、ひとりぼっち。だけど賑やかに楽しく、その生を全うするのだそうだ。


 世界を巡って。

 心地いい場所に留まって。

 そして輪廻の輪に戻っていく。


 どうしてなのか、何のためにか、そんなことは分からないけれど。きっとそれが世界のきまり、世界の秩序。


 雪の妖精エイラは、初冬の気配を色濃く残した古寂れた町にたどり着いた。


「一人だけれど、きっとすぐに賑やかになる」

 そう呟いて、蜘蛛の巣ぼこりの窓を避けながら大通りから入った道を飛ぶ。そして、ごくありふれた一軒家の窓に錆びた風鈴を見つけて腰掛けた。


 雪の妖精にとって山から吹き下ろされる冷たい風は最高に気持ちいい。揺れるブランコに微睡んだエイラは細い紐をきゅっと握ってとろとろと眠るのだった。

 

⁂⁂⁂ ⁂⁂⁂ ⁂⁂⁂ ⁂⁂⁂ ⁂⁂⁂ ⁂⁂⁂



ーーーーガチャッ

         ダダダダダッ


 乱暴に開けられた玄関。一気に階段を駆け上がる音。

 しばらくの静寂。そして響音。


 よく聴けばトランペットだろうその音は、無茶苦茶な楽譜を、無茶苦茶に吹き刻むと、刹那に緩くFエフを吐き出してガチャンと転がされた。

 

 その場にうずくまって泣きじゃくる漆黒の制服に身を包んだ少年。


 来人キト






 

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