第22話 常套手段
市森は署へ急いだ。柴井に電話を入れ至急戻るように言った。
課長と柴井と市森の三人で録音を聞いた。
「あれ、野田の声は入って無いな。曽根崎と、行岡だけだ」
課長が言った。
「これで十年前の強盗事件の犯人で生き残ってるのは中茶屋だけですね。すぐ引っ張って事情聴取しましょう」柴井が言った。
「先に令状取ってシャツ探しましょう。それに被害者の血がついてたら、こっちにはナイフも押さえてるから逮捕出来ますよね」
「よしすぐ手配してくれ」と課長。
「じゃ、俺と市森で先に行って逃げられないように事情聴いてます」
柴井が立ち上がった。
市森が覆面パトカーを運転して柴井を助手席に乗せて走り出す。
「ねぇ柴井、さっきの行岡の録音の中に木が倒れる様な大きな音が入ってましたよね」
「おー、犯人が脅しで行岡の近くの木を倒したんだろう」
「ってことは、奥多摩の森林地帯で車の行ける場所の近くですよね」
「なんで、奥多摩だとわかるのよ」
「だって、ドラマじゃ死体を埋めるのは大体奥多摩だし、実際に奥多摩で遺体も発見されたことがある」
「おいおい、ドラマを持ち出すなや、ふふふ。お前はおこちゃまか……ところでよ、市森……お前本当にあのメモリは探偵から預かったのか?」
「そうですよ、なんで?」
「お前嘘つくときの癖が出てたからよ。ま、なんか理由あるんだろうから何も言わなかったがな。だけど、分かってんだろう。下手に隠すと首になるぞ。それだけじゃない犯人隠避とかになるかも、だろ?」
「ははは、流石長い付き合いあるだけのことはあるな。あぁそうだが、危険なことは相手にも言ってある」
「そっか、なら良い」
少しの間無言のまま車を走らせた。
「あそこの角のアパートだ」
市森が言って玄関前に車を停めて静かに階段を上がる。
インターホンを鳴らして、……しばらく様子を窺うが反応がない。
郵便受けから中を覗くと真っ暗だ。電気メーターも回って無いようだ。
「いないみたいですね」
「仕方ない張っていようぜ」
市森は柴井と車の中で古市殺害事件の話をしている時ふと思いついた。
「岡引探偵に野田らの調査依頼した田中芳次郎って男、俺会ってるんだ……今思い出した」
「えっ、そうなのってか、当然依頼受けたんだから岡引探偵も会ってるんだろう」
「そう、だから田中を探すのは監視カメラの映像から追えば良いんじゃないか?」
市森の靄のかかった思いがぱっと晴れたような気がした。
「それと、野田らを殺害して行岡を誘拐したのが中茶屋って可能性もあるんじゃないか?」
「あぁそれは俺も考えていた。四人が共犯で三人は裕福な暮らしをしているが自分は惨めな生活を強いられてる。そう思って三人を強請ったが拒否され腹を立てて殺した」
市森は、柴井にそう言われてみて疑問が湧いた。
「それだと逆にならないか? 中茶屋が脅されて腹を立て三人を殺したというなら筋は通るが……」
「それもそうか? ……」柴井が頷く。
「中茶屋に分け前を渡さなかった、とか」
「八年も経ってから?」
「それもそうか……」
「あるとすれば、誰かから中茶屋が金を貰って三人を殺害した、かな」
「誰が、頼むんだ?」
「三人を殺したいほど憎んでいる奴……」柴井は自分で言って首を傾げる。
「分かんないなぁ……まぁ俺は古市殺害事件解決させて田中を追うわ」
良い考えを思いついたと思ったんだが、柴井とあれこれ喋ってるとどってことのない事のように思えてしまう。
「課長にちゃんと報告しとけよ」と柴井。
――そう言われても……自分の考えも纏まらないのに……
午後十一時を過ぎた。依然として中茶屋は帰って来ない。
「まさか、殺されたりしてないよな……」ふいに柴井が言った。
「えっ、まさか……」
市森は一瞬言葉を失った。
「……ある。可能性はある。十年前の強盗の一味が殺されているんだった。そこに中茶屋も含まれる……やばい」心の中で呟いた。……その呟きが頭の中でどんどん大きくなって大声で叫びたくなる……。
「やばい!」
柴井が課長に電話を入れた。
「課長、中茶屋の車の車番と型式調べてください。ひょっとして誘拐され殺害されてる可能性があります」
一時間後回答が来た。
二人は早速付近に駐車している車番を確認してゆく。
……無かった。車で出かけたようだ。
大都会でたった一台の車を探すのは不可能に近い。
結局、朝まで帰って来なかった。都内の各警察署に情報提供を呼びかけてもらった。
別の捜査員が来たので張込を交代し署へ戻る。
――やばい。完全に失敗だ……どうしてもっと早く気付かなかったんだ……。
髪の毛を掻きむしった。
*
灰塚森重は野田署長のいう「周辺を嗅ぎまわっている男」を静かにさせるため、組員に探せと命じた。
顔が分からないし、野田、曽根崎、行岡を探していた、というだけの情報から人探しをするのは骨が折れるとは思う。
若い奴らには、何かを聞きまわっている男に片っ端から声を掛けろと言ってある。
何の収穫もなく一週間が過ぎようとしていた。
「てめえら何やってんのよ! 男一人なんで見つけられない!」
灰塚が怒鳴ると組員は俯いて言葉を発しない。
「会長、その三人は殺害されたか誘拐されたかですから、もう探しちゃいないんじゃ……」
若頭がそう言って組員を庇う。
「ばっかやろっ! だったら野田署長の周辺とか、行岡社長の周辺とか、探す場所はあんだろう! ヤクの取引が近いんだもっと気を配れ!」
本庁の組対の刑事が数人で灰塚の事務所に来た。
灰塚は三階にいる。四階を休憩所にして、二階に広間があって組員の大半は一階にいる。
その一階から電話で知らせが入ったのだ。
どっちがヤクザだか分からないような目付きの悪い輩だ。手帳だけは持っていて玄関でそれを開いて見せながら上がってきた。
ノックもせずにドアが開いて男が現れた。
「なんだ、おめぇは?」灰塚が問う。
「俺の顔忘れたのか、じじぃ」
警察手帳を開く。
「あ~あんたか。で、なんだ? ここんとこ大人しく盆栽弄りしてんぞ」
「その肥料にヤクでも撒いてんのか?」
灰塚はギロリと睨みつけると、奴も睨み返してくる。
「食えねぇやつだ」灰塚が呟く。
「ふふっお互いな。でな、どっかの警察とお前と某建設会社とヤクを売って儲けを分けて、それを某代議士に送ってるそうじゃないか、金持ちゃ良いのう……ひとにくれてやるほど金余ってて」
「何の話だ。さっぱり分からん」
灰塚はそっぽを向いて吐き捨てるように言った。
「ふふふ、ほーお前大臣を知らないってか? 某建設会社を反社取引で叩いてその糸切ってやる。この事務所もいつまで開けていられるか楽しみだよ……なぁじじぃ」
ムッときたが押さえてにやりとしてやった。
「できるなら、どうぞ」
「ほーやっぱり署長の後ろ盾があるかと思って……ふふふ、邪魔したな」
刑事は挨拶もしないで組員を押しのけて出ていった。
「くっそー、全部知ってやがる。誰だ? ……奴か、嗅ぎまわってる奴がちくったんだ。責任取って貰わないとな。おい、全員集めろ!」
飲み屋一軒ずつ、三人の顔写真を見せて訊きにきた奴がいないか潰していった。
向島のスナックでシカゴという店のちかというママが知ってるらしいと報告がきた。
脅したが吐かないと言うので事務所に連れて来させた。
「さすがに度胸があるようだな『ちか』さんよ。この写真の男達を探している男の名前を教えてくれるだけで良いんだって若いのから聞いたろう? どうして言ってくれないんだ? ん?」
「だから、知らないって言ってんだろう」
女も四十を過ぎると男を怖がらなくなる。犯られたってどってことはない子供はすでに産めないんだから、逆に男を手玉に取って、気に入らない男をとことん虐める。金を脅し取る。犯罪の陰に女有とはよく言ったもんだぜ……。
だから、本人を脅してもこういう女はダメだ。
「おー、調べさせたら、あんたに二十歳を過ぎたばかりの娘がいるんだってなぁ……ふふふ」
灰塚がにたりとしてそう言うと「な、何言ってんだ。かよは関係ないだろう!」
ちかが青ざめた。悲鳴に近い声で怒鳴る。
――ふふ、やっぱりな。そこが急所だ……
「別に俺は暴力を振るう積りは無いんだ。話し合いだ。親に似ず某銀行の新宿支店で真面目に窓口業務を熟してるそうじゃないか。お前の若い頃にそっくりで可愛いらしいな。へへっうちの若い奴らみんな自分の女にしたいって息まいてるんだ」ここまで言って言葉を切る。ちかは怯え悔しさに唇を噛んでいる。
「……俺はよ、気質の娘には手を出すなって止めてんだけど、なんせ若い奴らはすぐ溜まるんでそれを良い女を見たら出したくってうずうずしててな、いつまで押さえられるか自信がないんだ」
灰塚は後ろに立っている若い組員の股間を叩いてにたりとする。
「……分かった。分かったわよぉ。その代わり娘には絶対近づかないと約束して!」
ちかは顔色を変えて言う。
「いいだろう。おい、みんな、分かったな! こいつの娘には手をだすなよっ!」
「へぃ」とは返事をしたが、若い衆はみんなにたにたしている。
「どうだ、これで良いか?」
ちかは返事もせずに「田中芳次郎。家は知らないよ」
「やっぱり田中か……おーありがとう。名前だけで十分だ。おい、帰してやれ」
ちかの後ろ姿に、「田中が来ても奴にはこのこと言うなよ。言えば娘がどうなっても知らないぞ」
一瞬ちかは足を止めたが振向きもせず立ち去った。
「おう、坂木崎(さかきざき)、お前娘の銀行に口座開設して毎日通え。そして顔見知りになるんだ。ただ、いまのところは手を出すなよ。その時には俺が言う。良いな!」
灰塚はちかに声が届くよう大きな声で言って、にやりとした。
「おい、牧(まき)、お前ちかの店に田中が来た日の近所の監視カメラの映像をちかに見せてその田中の顔を確認して来い。吉崎(よしざき)! お前付いてけ」
二日後、写真を数枚持って牧と吉崎がきた。
「組長、こいつが田中って奴です」
ちょっと斜め上から映しているのでキャップが顔を隠しているが十分識別できる範疇だ。
「よし、これをみんなに配って探して連れてこい! いいなっ!」
大きく返事をして二人は部屋を出ていった。
「シカゴ」には顔の知られていない組員をひとり女連れで通わせた。
後は……果報は寝て待てだ。
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