第32回電撃大賞を目指す方へ(特に31回で一次落ちした人)
まず最初に警告です。
今回のこの雑記は、正直に言うなら特に知り合いにはあまり読まれると良くないかもしれないようなことが書いてます。
つまり結構容赦のないことを書いてるという事です。
なので「なんだよ、てめーだって別に一次落ちしたことあるだろ! 生意気なこと言うな!」とか思われても仕方ないことも書いてます。
(※拙作『絆』は某小説賞で最終まで行きましたが、直後の電撃では一次落ちでした)
それで「和泉ってやつは性格悪い!」とか思われてこれまで楽しくお話出来てたのが出来なくなるのは悲しいので……そう言わない自信がある場合だけお読みください。
一応改行を挟んでおきます。
ホントに警告しましたからねっ(汗)
過日、電撃の一次選考結果が出たようで。
通過した、という人と落ちた、という人がノートでそれぞれ。
そして★の数がそれこそ一桁でも突破してる人もいました。
電撃はどうやらちゃんと全部読んで選考してますね、あれ。曖昧な『読者選考』というものはないようです。
裏を返せば、『WEBで読まれなかったから落ちたんだ』という言い訳は全く通じないという事です。無論、一次選考をした下読みさんとの相性の良し悪しは多少はあるとしても、まずは厳粛に『一次落ちする程度だったんだ』ということを受け止めることから始めましょう。
ですが、今回の電撃大賞で、今のこの時期(2024年7月)は、次の小説大賞に向けて、自分に何が足りなかったかを知る大チャンスなんです。
というのは、今だと『第31回電撃小説大賞』と検索すれば、まだ相当数の作品がヒットします。
失礼ながら、これらのうち多くは一次落ちした作品です。
それは、今これを読んでいるご自身の作品も含まれるかも知れません。
ですが同時に、一次選考を突破した作品も読めるわけです。
公募というのは、基本的にはデータまたは印刷して送られるもので、本来は自分以外の応募作を読むことなど出来ません。できるのは出版されてからで、しかもそれはすでにかなり手が入ってる可能性があります。
ですが今回、選考に使われた小説そのものを、そのまま読むことができるんです。
一次選考を通った作品と通らなかった作品を、両方比較して読むことができるという事です。
言い換えれば、それぞれの作品を比較すれば、いったい何が足りなくて一次選考に通らなかったのかを分析することができるという事です。
無論、電撃は最低十万文字以上だったと思うので、すぐ読むのは難しいでしょうが、ほとんど作者はすぐには消さないでしょう。一次選考通った作品は消せないし。
なので、とにかくブックマークだけでもさくさくして、それぞれ『何が足りてないのか』『何が足りているのか』という違いを、自分で分析していくべきです。
電撃小説大賞は、選評を公開してる方がいたので、それによると、以下のような基準で採点してるようです。
・オリジナリティ
・ストーリー
・設定
・キャラクター
・文章力
これで、A/B+/B/B-/Cの五段階で点数がつき、総合評価がされます。
その人によると二人の評価者がいたようです。
参考:https://www.tengoku-teihen.com/entry/2019/12/21/200000
つまり、これらの評価軸にそって、落選した作品と一次選考を抜けた作品を読み比べれば、何が必要なのか、落選作品は何が足りなかったのかが見えてくるはずです。
そしてそれは、自分の作品に何が足りなかったのかも見えてくるということになるはずです。
正直、時間はかかります。十数万文字の作品をいくつも読み込む必要がありますから。でも、次の電撃の締め切りまではまだ十カ月近くあります。十分時間はあるはずです。本気でやるならですが。
また、おそらくですが、いい作品というのは読み込まなくても入ってくるんじゃないかと思います。
そうならない時点で、あるいはその作品はイマイチなんでしょう。
ちなみにこれは、自分の書いたものでは絶対にわかりません。
自分の作品がすんなり入ってこない人がいたら、その作品はもう論外でしょうから。
ちなみに、いい作品(書籍化されたりアニメ化されたりするもの)はどこか違うと私は思ってます。
私の体験だと、『ありふれた職業で世界最強』はそれで、あれは『小説家になろう』を知った頃にふと読んでみた作品でした。文章力は突出してるとはいいがたかったですが、とにかく面白かったです。
結構時間を忘れて読みふけりました。
書籍化されてると知ったのはその後でしたが、アニメ化された時は納得したものです。とにかくそういう『読ませる勢い』がある作品でした。
多分、小説賞を取るというのは、そういう作品である必要はあるのだと思います。
あとは、WEB用の小説と書籍になる小説では、おそらくまるで違うと思ってます。そもそも、書き方とかが同じになるはずはないんですよね。
WEBはやはり最初の掴みが最重要。続きを読んでもらわないと話になりません。
そして難解な表現ではあまり読んでもらえません。
フォローしてる某方が挙げてましたが、主人公のキャラ、目的、それに設定とその話の行く末が最初数話で分かるのがいいというのは、ある意味納得できます。
竜殺しはそれ全部ダメですが、まあ例外でしょう。
ただ、書籍になると話が違います。
書籍も確かに、手に取って最初の数ページを見て買うかどうか決めるという人はいるでしょう。ですが、最初のページすら読めないことだって本屋によっては珍しくありません。では何で判断するか。
タイトルや帯コメ、あるいはイラスト。そういったもので判断するでしょう。
そして、買ってしまったら、普通の人はせっかく買ったのだから、全部読みます。つまり、WEBの様に冒頭数話で最後まで予想できる話では『ダメ』なのです。
それなら冒頭だけでいい。言い換えるならそういう話なら『WEBで十分』なんです。本を買う層というのは、WEBのような『手軽さ』はそこまで求めていません。
なんせ簡単に栞を挟むだけで続きが記録できる。
スマホより遥かに手軽に続きが読めるのが本です。
だから一冊全部を普通は読む。買ったのですから、その対価分はと思うのが人情でしょう。よほどひどくない限りは、一冊読まれる。
言い換えるなら、一冊で満足感を得られる話であるかどうかという方が重要になります。さらに言うなら、一冊で、つまり約十万文字前後で起承転結を一つ持ってくるんです。
よく言われますが、WEBでは起承転転転転転結、という感じでとにかく盛り上がりを継続するのが重要とされますが、書籍の場合そんな必要はない。一冊でじっくり物語を書く方がいいですし、書くべきです。『一冊』というまとめられた単位の話を購買層は期待しているわけですから。
あ、もちろん、WEB版が書籍化された奴はその限りではないです。
ですが、公募などのコンテストでは、『一冊で完結する話』というのを書き上げる方が、大事ではないかと思います。
私の中ではこれの最高峰は、アルスラーン戦記ですね。
あれは、田中芳樹というもう実績のある作家が書いているからという安心感はもちろんありましたが、一巻はもう面白過ぎて、一気に読んだんですよ。当時高校生でしたが、学校の最寄り駅近くの本屋で、今度劇場版を友人と観に行く(同時上映のサイレントメビウスが目当てだった)から、原作読んでおくか、と買ったんです。
で、学校にいる間に読み切って、帰り道で二巻から四巻まで買いました。当時最新刊だった七巻まで買わなかったのは、お金が足りなかったからです(笑)
言うまでもなく即日読み切ってました。眠かった(笑)
知らない方にちょっとだけ紹介すると、とある王国の王太子であるアルスラーンは、強大な兵力を以って侵略してきた敵軍との決戦に挑もうとしていました。
アルスラーンの属するパルス王国は近隣でも最強の軍を擁する精強な国で、負けるはずがないと思われていましたが、裏切りなどによって惨敗します。
そしてかろうじて逃げたアルスラーンは、黒衣の騎士ダリューンに助けられ、彼の友人ナルサスを頼る。
そしてその友人の協力を(やや強引に)得て、裏切り者と対峙。
しかしそこで、アルスラーン自身にも謎がある様なことまで言われます。
その戦いの中で、さらに二人の協力者を得て、合計五人。
これで、数十万の敵から国を取り戻さなければならない――。
ものすごく端折りましたが、これが一巻の内容です。
続きが読みたくなりませんか。ならないなら私の説明が下手なだけですが(自爆)
でも、多分読んでもらえれば誰もが面白いと思える作品の一つだと思います。
私は、本当に面白い作品というのは、面白くない部分がない、と思ってます。
アルスラーン戦記や銀河英雄伝説、あるいは十二国記とかはそれで、読んでる時はうーん、という場面でも、後から読み直すと見方が変わって面白い、という感じ。
アルスラーン戦記なんて(特に第一部は)面白くないところなんてほとんどないと言い切ってもいいと思えるほどです(これは私がファンだからでもあるでしょうが)
まあこれは別格にしても、言い換えればそういう作品を目指して作っていかなければ、公募の大賞なんてまず取れないという事だと思います。
翻って。
正直に言うなら、過日『日本ファンタジーノベル大賞』に応募した『絆』は、そこまでの作品かといえば、多分届いていないと思ってます。
自分が理想とする小説を百点とするなら、あれはせいぜい七十点から八十点くらいでしょう。
正直に言えばまだあれは、最高の作品になるには何かが足りないと思ってます。まあ漠然とは分かってるのですが……応募することを決めてから締め切りまでが時間がなさすぎて、そこを直す余裕はなかったんですよね。
なので今回は、なんとか一次選考だけでも抜けてくれないかな、という程度なんです。その程度の出来はあると思いたいというところでもありますが。
今回、電撃の一次選考に落ちたと嘆く方は当然多数いますし、フォロワーにもいらっしゃいました。
が。
まず、本当にそれが『誰が呼んでも面白いと思わせられる』ほどになってるのか、ということを、改めて、見てみていいと思います。
その上で、通った作品と落ちた作品をフラットに見て、『足りない要素は何か』を分析する。多分それをしなければ、言い換えるなら反省会しないなら、おそらく何度やっても運が相当に良くない限りは(奇跡的に『神様が降りてきた』話が書けたりしない限りは)永久に選考落ちが繰り返されるだけでしょう。
まして一次通過もできないというのは、基本的には問題外だと判定されたようなものです。
言い換えれば、一次も通過できなかった作品は、よほど下読みの人とのめぐり合わせが悪かった場合を除いて(それも選者二人両方とも悪いというのは相当運がない)、純粋にその作品に魅力がなかったから、と判定が下されたと受け入れるしかありません。
ただ同時に、よほど捻った題材を除けば、どんな話でも面白く出来ると、私は思ってます。足りなかったのはキャラクターの魅力なのか、オリジナリティなのか、それともストーリーが悪かったか、設定がありふれていたか。その全部か。あ、一定の文章力は前提です。
それは自分の作品をいくら眺めていても分からないです。
だから、今、まだ電撃の落ちた作品と一次を通過した作品を簡単に検索できるこの時期に、情報を集めておくべきだと思います。
ちなみに、私が読んだ電撃応募作品もありましたが、どれも一次落ちしてました。ただ……すみません。意外だとは思いませんでした。
多分無理だろうな、とは。
どういうことだ、と言われたら……多分説明は多分できますが……。
それこそホントにきつい話になるので……どうしても欲しければ……個別連絡って難しいか。ぺけったー?
なにはともあれ、公募で受賞を目指すというなら、多分自分、および仲のいい人たちの間の評価だけでは、現時点で突破出来てないなら絶対に何かが足りていないと思います。
そのためにも、最大限の分析をして、自分の話に何が足りないのかを知り、補うことを頑張ってください。
あと最後に。
多分さらに厳しいことをおっしゃってるのが、犀川よう様の『ちょっと厳つい創作論』です。でも、こちらも一度は目を通されていいと思います(勝手に宣伝すみません)
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