雑記

和泉将樹@猫部

職業作家の難易度

 最初がこれだとなんか怒られそうだな……まあいいや。


 プロフィールとかで書籍化目指します!という人は結構います。

 あとたまに作家(または小説家)になりたい、という人も。

 で、前者はいいけど今回は後者のお話です。


 私がコンテストとかに出すのは単にわかりやすい尺度の評価がもらえたら嬉しいな、という自己承認欲求を満たすのが目的の大半なので、書籍化とかほぼ考えてはいません。なんかで運よく受賞したら、無理のない範囲ではやってみたいですが。

 どちらかというと自分の成果として見てみたい感じです。あとは子供に分かりやすいし(私の仕事はちょっと子供には分かりにくいものなので)


 ただ、書籍化したからといって小説家を名乗れるかといえば……まあそれは違うと思ってます。

 以後それで食べていく、つまり『職業作家』となれるかというと……。

 それは難しいだろうとは。

 人によっては『書籍化』⇒『職業作家』と考えてる人もいるかもですが、この二つは必ずしも連続しません。というか、むしろその『⇒』の間には『書籍化』以上に、あるいは『アニメ化』よりもはるかに高い壁があると思います。


 あ、ちなみに文筆業で『生活する』ではなく『小遣い稼ぎする』人は、この先を読む必要はないです。それならカクヨムでもPV数次第では多分行けますし、もっと稼ぎの良いアルファポリスとかでWEB投稿していくだけで十分だとは。

 なので、あくまで主業を作家にする場合の話です。言い換えれば、それだけで家族を養うくらいの覚悟がある場合ですね。


 まあ一番一般的なので、基準にするのはサラリーマンです。

 サラリーマンの2022年の平均年収は461万円です。

 まあこの平均ってのは結構な罠で、社会人になりたてのサラリーマンはこれよりもっと少なくて、だいたい200万円から300万円くらいでしょう。

 少なくとも私の一年目はそのくらいでした。

 ただ、今回は『家族を養う』まで視野に入れるので、とりあえず平均値を使います。

 これを書籍出版で、つまり印税で同じ額もらうにはどうしたらいいかを考えてみます(原稿料やその他の収入もありますがいったん無視します)


 一般的な書籍の印税は販売額の8~10%といわれてます。

 700円の文庫本ならば56円~70円、1100円の新書本なら88円~110円ですね。


 とりあえず文庫で、かつ10%として一冊700円だとしたら、サラリーマンと同等の年収を得るために必要な発行部数(発行した時点でもらえるとする)は、単純計算で一年間で6.5万部以上。ただ、実際には経費として認められるお金があるため、控除が適用されるので、手取りとして考えるなら多分4~5万部位でいいとは思います。


 一方で、出版社も当然営利企業ですから、売れない本を作っても当然損をする。

 細かいことは省きますが(知りたければ『再販売価格維持制度』とかで調べてください)、本の流通は他の製品と比べてもやや特殊で、ぶっちゃけると売れなかった場合の製造元である出版社の損害は、他の製品よりはるかに大きくなるようになってます。

 よって、出版社は『売れると思える数』を見極めて刷るわけです。

 そうしないと大損しますので。


 さて。

 ではコンテストで評価されたりして、書籍化したとしましょう。

 作家になる為のスタートを切れることになります。

 しかし本は出版するだけでは意味がありません。

 売れないとダメです。

 じゃあその本がどれだけ売れるかといえば……ほぼほぼ未知数です。

 過去に書籍化をしてすでに実績のある作家さんならともかく、新人の本が、『本として』どの程度売れるかは、いくら市場調査をしたところで、完全に見切るのは不可能でしょう。無論広告宣伝などで上積みできるでしょうが、その広告費を回収できなければ意味がない。そのぎりぎりを見極めようとする(広告費に関しては続刊が出せたら、みたいな計算もするかもですが)

 となれば、当然ですが最初は発行部数を絞る。

 ネットでいくつか見てみましたが、どうやらレーベルによってもかなり違って、二千部から一万部くらいまで幅があるようです。どこだか三万部って話もありましたが。

 また、印税についても発行部数基準もあれば、販売部数基準もあるそうで。当然作者側からすれば前者の方がいいわけですが。

 とりあえず前者として、印税が70円なら、収入は14~70万円。

 それなりに大金と言えますが、年収と考えたらあまりに少ない。

 つまり、一冊では話にならない。

 しかし人気が出なければ続刊は見込めない。

 ちなみに一万部売れるってのは相当なものなので、まずそこまで行けるかが問題になります。まあ発行分が売り切れる事態になれば当然増刷されますから、その場合さらに増えますので、『売り切れる』作品であれば一冊当たりは100万円くらいは見込める可能性があります。

 でもそれでも、それを4~5冊くらいは年間で出さないと、普通のサラリーマン程度にも稼げないという計算になります。

 まあ、それだけ売れるようになれば増刷もされるし、一回当たりの発行部数も増えていくでしょうから、年間の新刊発行数は3冊くらいで行けると思います。

 しかしそれも、あくまで『その作品なら』なんですが(この辺りは後で)


 極稀に百万部とか売れる人もいますが、全体では(出版してる人の中でも)ごく一部のみです。ついでに言うとその数字は続刊が出ての数字ですので(シリーズ十冊で百万部なら一冊あたりは十万部)

 それくらい、『職業作家』というのは厳しい世界です。

 税金その他のことも考えるなら、基本的には毎年十万部程度は刷ってもらえる(=それくらいは売れる)様にならない限りは、まずそれだけでサラリーマン以上の水準で家族も養って生活するのはほぼ不可能です。

 しかもそれには、雇われてるサラリーマンと違って『来年の保証』がありません。

 これが何が厳しいって、融資(住宅ローン)とかの審査が段違いに厳しくなります。

 この辺りは一度審査を受けたことがある人なら分かると思いますが。


 あと学生さんは知らない方が結構いそうな意外な落とし穴ですが、収入に対する税金は、主に所得税と地方税の二つ。そして地方税は前年の年収をベースに計算されます。ちなみにこれ故に、社会人になって一年目より二年目の方が手取りが少ないというのはよくあることです。


 これが何が問題かというと、大ヒットして一年で900万円稼げたとしましょう。

 その900万円の税金は翌年の地方税の計算に使われるわけですが、もしその次の年はあまりヒット作を出せずに、年収が200万円程度だとしても、のしかかる地方税は900万円分のものなんです。ちなみに所得税より地方税の方が一般的に多いです。

 この罠はスポーツ選手などが、引退直後に税金で悲鳴を上げるケースで知っている人もいるかと思いますが。

 最近だと万馬券当てて、翌年の税金通知みて破産する人とかもいましたね。

 こうならないために、特に高額報酬があった場合はその半額くらいは貯金してないと翌年破産するケースがままあるみたいです。

 サラリーマンなどであれば、来年もだいたい同じ収入が見込めるのであまり気にしなくていいのですが、職業作家は翌年の収入の保障など、誰もしてくれません。堅実に貯金しておくか、毎年ヒット作を出さない限りはいつか生活費が底をつくわけです。


 さらに、大人気になった作品があったとしても、それが非常に長く続く作品(それこそグイン・サーガとかローダンシリーズとか)じゃない限りは、いつか終わります。

 そして、その次回作が前作と同じだけヒットする保証は……ありません。

 一作限りで消える作家が多いのは今更でしょう。

 ごく一部の『作者名で売れる』作家はそういう意味で別格の『職業作家』です。

 ですが例えば、『転生したらスライムだった件』『痛いのは嫌なので防御力に極振りしました』『蜘蛛ですが何か?』などのアニメ化された人気シリーズのタイトルを知らない人は、まあカクヨム内ではほとんどいないでしょうが、あの作者の名前を即答できる人は、大幅に減るのではないでしょうか(実際私はすぐ出てこない。文庫本持ってる『お隣の天使様』はさすがに出てくるけど)


 まあそんなわけで、書籍化を目指すのはいいとしても、『職業作家』を目指すのは、正真正銘修羅の道なんですよね。

 まして今は、本それ自体があまり売れない時代ですし。

 あちこちで言われてるように、書籍市場全体が縮小傾向にあるのは確か。

 まあ電子書籍はそれなりに盛り上がってますし、成長分野ですが、かつての書籍ほどの市場になるかはまだ未知数。ただ、電子書籍はいわゆる『発行部数』による一定の金額の収入はありえず、売上に対するインセンティブしかないので、だいぶ厳しいとは思います。


 ましてや私くらいの年齢になると、さすがに平均的なサラリーマンよりは多くの報酬を受け取ってるので、さらに職業作家になる理由がない。

 サラリーマンを四半世紀以上やってて、一応ちゃんと働いてるので家族を養うだけは報酬はもらえて、こうやって空いた時間に創作を書いていることくらいはできるので、私はこれで十分です。

 まあ定年退職した後ならともかくという感じでしょうか(あと15年ほど)


 作家を目指すという人は、本気でそれ以外になるつもりがないなら、一生バイト生活する覚悟がない限りは、まずは普通に生活できるだけの基盤を作ってから挑戦した方がいいです。

 実際、特にWEB投稿出身での専業作家って、ほとんどいないと思います(ある記事で見ましたが、オーバーロードの作者も普通に仕事はしてるそうです)


 そしてまだ学生の方。

 まずは安定した生活ができる環境を手に入れてください。

 高校まででも十二年、大学まで出るとすればだいたい十六年勉強してきた能力で、まずは生活を安定させてから挑むべきです。


 特に今受験生の人たち。

 受験は、自分の将来の可能性を広げるための、とても重要な分岐点です。

 まあ大学受験は最悪来年挑戦すればいいかもですが、私は浪人やってるので言うと、基本、浪人は文字通り『無意味』な時間です(まあ私はそのおかげで今の友人に会えたのはあるんですが)

 そして経済的負担も大きいです。

 極力やらない方がいいのは確かです。

 私の時代は、浪人するのが当たり前(半数以上浪人する)という時代でしたからまだいいですが、今の時代はそうではありませんし。

 別に息抜きに小説を書くのが良くないとは言いませんが、自身のリソースのほとんどは受験に割くべきです。受験できるのは、稀な例外を除けば普通2年が限界です。

 しかし小説は何歳になっても(私のように50歳になっても、なんならボケない限りは)書くことはできるんです。今優先すべきことを間違えないようにしてください。


 あと最後に。

 もう20年以上前になるのですが、友人の繋がりで、ある職業作家にあるイベント会場でお会いしたことがあります。これはホントに偶然なのですが、私はその方の本を持ってました。なのでその話で盛り上がったのですが……その時に言われたこと。


『小説は趣味で書いてるうちが一番だよ』


 一言一句同じとは言いませんが、このようなことを言われました。

 当時私はまだ30歳前でしたが、これはかなり衝撃的でした。

 ちなみにこの方、私よりは干支一回りほど年上です。


 これは他のところからもよく聞くかと思いますが、職業作家になると自分が書きたくないものでも書かないといけなくなると云われます。

 また、これは実際にその作家の方から聞いたのですが、私が持ってたその方の小説も、その方の最初のプロットから大幅に変更された箇所があったそうです。

 それも、物語の根本にかかわる様な部分で。

 その方は軽く話されてましたが、後から考えると相当悩んだような気がしました。

 しかし、出版するためにはそうせざるを得なかった。

 その方が『売れる』と思われたからでしょう。

 実際そうでなかった場合(作者の予定通りだった場合)どうだったのかは私にもわかりません。私個人は、その最初の展開を見てみたかったなぁと思いましたが。


 ある意味、私が職業作家というものに自分がなろうとは全く思わなくなったのは、その人の影響かもです。

 今の仕事にはそれなりに満足してますし、今更違う仕事ができるとは思えないというのもありますが(そう言いつつ去年大幅な職種の変更があったわけですが)

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