温かい恐怖のトンネル(小説新人賞最終選考落選歴二度あり)

牛馬走

ショートショート

 温かい恐怖のトンネル


 白い息を吐き出しながら、暗いトンネルの中を進む。

 冬だというのに、どこか湿った空気がよどんでいた。

 俺は、腕から伝わってくる感触に、体を緊張させている。

 女の子と腕を組んでいるのだ――相手は、中学校三年間一緒のクラスだった亜衣だ。

 何をしているか? 

答えは簡単、肝試し。

 では、なぜ一月一日、正月の深夜にこんなトコに来ることになったのかというと、その話は一週間前に遡る。


 クリスマス、俺は混み合っているファミレスの席の一角で、涙ぐむ男友達を前にしていた。

 ……よくある話だが、わざわざホテルをとって、食事を予約していたというのに、当日に彼女と喧嘩別れとしたといって、泣きついてきたのだ。

 頼られたところで何ができる訳でもなく、近所のファミレスで愚痴を聞いている、そんな状況だった。

「お前はいいよなー。彼女がいないから、フラれる心配もないし」

 と言って友人が絡んでくる。

 ちょっとムッとしながらも、

「俺だって好きな奴はいるんだ。ただ、告白できないだけで……」

 と俺は言った。後半はボソボソと呟くような声だ。

「マジかよ! 教えろよー」

 と自分が彼女にフラれたことでテンションがおかしくなった友人は悪ノリしだした。

 ――そんなこんなで、肝試しをして、好きな人と距離を縮めようという話になったのだ。

 そのときの、悪戯小僧のような友人の顔が強烈に印象に残っている。


 そして今日、友人の橋渡しによってトントン拍子に話は進んで、幽霊が出るということで有名なトンネルにやって来ていた。

 これ以上にないぐらい胸を高鳴らせながら歩く。

 懐中電灯の明かりだけが頼りで、ヘタなホラー映画を観るよりも恐いはずだが、亜衣と腕を組んでいることに意識が集中してそんなことには気が回らなかった。

 ――光の輪の中を、何かがよぎる。

 ビクッ、俺と亜衣は体を硬直させた。

「ねえ、あれ見た?」

「ああ……」

 顔を見合わせる。

 輪の中をよぎったのは、スカートをはいた女の子に見えた。

 噂にあるトンネルで死んだ少女の話が脳裏に浮かぶ。

「ねえ、帰ろうよ……」

 亜衣が俺の服の袖を引いた。

「そうだな」

 ぎこちなく肯く。

 そして引き返そうと、懐中電灯を動かしたその先――スポーツメーカーのシューズが照らし出された。

「……!」

 俺と亜衣は、声を失う。

「お、おい……誰だよ、イタズラするのは!」

 俺は意を決して、懐中電灯をくだんの靴の主の顔の位置に向けた。

 ……血塗れの無表情な男の顔がそこにはあった。

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 亜衣が悲鳴を上げる。

 すると、

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 という悲鳴が離れた場所から聞こえてきた。

 その悲鳴に、

「おおう!」

 血塗れの男も驚愕の声を上げる。

 ……ん? 

俺は疑問を感じた。

幽霊が驚いた?

 ――そうか。脳裏に閃くものがあった。

「和樹、お前だろ? それに恭子もいるだろ?」

 俺は呆れた声で尋ねた。

「おお」

「うん」

 スカート姿の少女、恭子が懐中電灯の光の中に現われる。ばつの悪そうな顔をしている。

「お前ら、俺たちを驚かそうとして、自分たちが恐がってどうするんだよ?」

 そう、和樹の先日の意味深な笑みは、肝試しの脅かし役をしようと思いついたがゆえのものだったのだ。

 共通の友人の一人である恭子も似たようなことを思いついて、待ち伏せをしていた――後で、詳しく問い質したところ、予想通りの答えが返ってきた。

 ……不毛なことこの上ない。

 が、トンネルに入った当初よりも亜衣と密着している現状に嬉しさを感じた。

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