死人の横で目覚めて(小説新人賞最終選考落選歴二度あり)
牛馬走
ショートショート
死人の横で目覚めて
目覚めると、一寸先さえ見通せない暗闇の中だった。
瞬きをくり返す。
一体、ここはどこだ、と考えるが、記憶があいまいで思い出せない。
しばらくすると、闇に目がなれてきた。ここが狭い空間、車内であることがわかる。
そして、自分が一人でないことも同時に知った。
後部座席の左、隣に誰かが身じろぎ一つせず座っている。運転席と、助手席にも同じく人影があった。
「すいません」と遠慮がちに声をかけるが、
「…………」
誰も応えない。まるで聞こえてないように、そのままの姿勢をたもつ。
隣にいるのは、肩までかかる髪の長さか察するに女性だ。運転席と助手席にいるのは、恐らくは男。
異様な状況に、唾をのみこんだ。
どうなってる?
「すぅ」と深呼吸し、「すいません」と今度はやや大きな声をかけた。
だが、やはり、
「…………」
応じない。
「すいません」
もう一度、勇気をふるい声を張り上げた。
けれど、返事はない。
どうなってるんだ? 嫌な予感がする。
しかし、このままここでじっとしているわけにもいかない。
隣の女性の肩に、そろそろと手をのばす。そのまま揺すった。
彼女は、されるがまま反応せず、姿勢をくずしてこちらに倒れかかってくる。
「ちょ、ちょっと!」
とまどいの声を上げて、女性の体をささえた。
――ん? と違和感に内心、首をかしげる。
彼女の体は、女の人特有の体の柔らかさはなく、まるで固まった粘土のような感触だ。
もしかして……、ある可能性に思い至り硬直する。
脳裏に浮かんだ想像を、事実かどうか確かめるため、女性の首筋の手をのばした。
――――、とまったく脈がない。
「し、死んでる」
パニックに陥り、あわてて彼女の体を押しのけた。何の抵抗もなく、死体は床に転がる。
その事実に、あらためて恐怖し、外へ出ようと必死に動いた。
「あ、開かない!」
必死に、ドアを押しあけとうとするが、ピクリとも動かない。
ドアノブ付近を、せわしなくまさぐる。
カチャ、と鍵のあいた手ごたえがあった。普段なら笑ってしまうようなミスだが、そんなことを気にしている余裕もなく外へと転がりでる。その拍子に、足もとにあった硬い何かを蹴とばした。
足の痛みにかまっている余裕もなく、なかば這いずりながら車から距離を置く。
数メートル離れたところで、息をととのえ背後をふりかえった。
そこは、どこか山中にある峠の道路だ。車は、路肩に止められ、静まりかえっている。
周囲に人影はなく、通りかかる車両もない。
「それにしても……なんで死んでたんだ?」
混乱した頭で、必死に考えをめぐらせる。
病気……は、あり得ない。一度に三人もの人間が同じウイルスか細菌で死んだのなら、自分が死んでいないのはおかしい。事故も、同じ理由で考えられなかった。
「だったら……殺されたとしか考えられない……」
その結論に、歯の根があわなくなる。慌てて、周囲に視線をやった。
やはり、人影はない……、そこまで考えたところで思考が停止する。
車の向こう、杉林の斜面に誰かが立っていた。その人物の視線がこちらにむけられているのを、肌で感じる。モルモットを観察する研究者のような、冷徹な意志を感じさせる目だった。
何よりも異様なのは……その人物が黒いフードつきのマントをまとっていることだった。どんな表情をしているのか、うかがい知ることができない。
そして、ある一点で視線が釘付けになる。黒装束の人物は、その手に巨大な、冗談みたいなサイズの鎌を携えていた。人を一刀両断にできるサイズだ。
す、と黒装束が前に一歩踏み出す。
「ひっ」と情けない声を上げて、後退した。
対する黒装束は、音もなく近寄ってくる。斜面をくだり、車道にまいおりた。
ひた ひた ひた と、距離をつめてくる。
「…………ァァ」
声にならない悲鳴をあげて、黒装束の背をむけ全力疾走する。車道を、方向もわからずに逃げた。
けれど、息と体力がつづかない。五百メートルもいかないうちに、膝に手をあて、前屈みの姿勢になって、ゼェ、ゼェ、とあえぐ。
追いつかれる、恐怖にかられて背後に目をやる。
が――。
「いない……?」
離れたところにあるのは、例の自動車だけだった。人影など見あたらない。
(幻覚だったのか?)
そう考えるのが自然だった。死体のある車内で目がさめるという異常な状況にさらされ、気がおかしくなっていたのだ。
ほっ、とあんどの息をつく。
願わくば、車内で見た光景も幻であってほしかったが、あの生々しい感触は現実だった。
「とりあえず、警察を呼ばないと」
かがんだ視線のまま、ポケットから携帯を取り出す。しかし、圏外だった。
「……歩くしかないか」
暗い気分でつぶやく。できれば、地図がほしかったが、あの車の中に戻る気にはなれない。黒装束はともかくとして、殺人犯がこの近くにひそんでいる可能性はある。
できるだけ早く、この場をはなれて警察に保護をもとめるべきだ。
心臓の鼓動がふだんのものに戻った時点で、歩きだすために顔を上げる。
「…………ッ!」
言葉を失った。
目の前に、鎌を携えた黒装束の姿があったのだ。間近にしたおかげで、フードの奥が視界にはいる。
(骸骨……)
かぶりものなどではなく、文字通り骨だけの姿だった。
こちらが動けずにいると、骸骨が身じろぎする。
「お前、気づいていないな?」
地の底から響いてくるような、低く陰気な声でいった。
「な……」
何のことだ、と口にしようとしたが言葉にならない。
しかし、相手はこちらいわんとしたことを察したようだ。
「お前が死んでるってことだよ。車を出るときに蹴とばしたのは、練炭のはいった火鉢だ」
骸骨は淡々と、事務的な口調でつげる。
「俺は、死神だ。生きてる人間には見えない。それが見えるってことは、お前は死んでるってことだ」
「そんな馬鹿なッ――」
反論しかけた瞬間、脳裏を映像がよぎった。
ネットの掲示板、集団の自殺のサイトだ。
日時をきめて集めるむねを記した文章。
車内で目にした人たちと挨拶をかわす。
そして、車内で練炭をたいた。
「ああ……アアア!」
すべてを思い出し、悲鳴を上げた。なんてことをしたんだ、後悔の念がわきあがってくる。
「自殺しておいて、天国にいけると思うなよ」
黒装束――いや、死神はそういって鎌をふりあげた。
次の瞬間、意識は闇に落ちた。
死人の横で目覚めて(小説新人賞最終選考落選歴二度あり) 牛馬走 @Kenki
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