第19話……大魔法使い(?)アリアス

「リルバーン子爵万歳!」

「オーウェン連合王国万歳!」


 敵軍を追い払ったことで、城に籠っていた友軍から、我々は大きな歓呼をもって出迎えられた。


「リルバーン殿! 御援軍感謝しますぞ!」


 ノイジー城塞に立て籠もっていたミエセス子爵からお礼を言われる。

 彼は褐色の大柄の男。

 オーウェン連合王国の西側の最前線を守る将であった。


「うはは、いやいや少数で多数の兵を破るなど、まさに武人の誉れ! うわーはっは!」


 彼の丸太のような太い手でバンバン背中と叩かれ、むせそうになる。

 だが褒められるのは悪くない。


 私は彼に砦内に案内され、小さな迎賓室に通された。

 籠城戦明けで豪勢とはいかないが、質素なりとも気持ちがわかるもてなしを受けた。



「いやあ、貴公の戦いは凄かった! 最近稀に見る快勝であった!」


「いえいえ」


 木で出来た杯に葡萄酒がなみなみと注がれる。

 拠点に籠るとなれば、敵方に畑や城下町を荒らされる。

 敵軍への憎悪は、想像に余りあるものがあったのだ。


「ん?」


 黒い小さな影が、私の足元にすり寄ってきた。

 テーブルの下を覗くと、魔法タヌキであるポコリナであった。


「ぽこ~♪」


 ポコリナはキムと鉱山開発に従事していたはずだが……。

 彼女の首を見ると、丸めた羊皮紙がくくりつけてあった。

 それには『精錬の為の炉が必要で、技術とお金が必要』とあった。


 ……うーむ。

 鉱山も難しいものだな。



「……あ、そうだ! この城塞の近くにアリアスという大魔法使いがいると聞いております。ミエセス殿はご存じあるまいか?」」


 私がそう言うと、彼は少し難しい顔をした。


「まぁ、おるにはおりますがな。あの翁は眼を怪我して以来、魔法の力が弱ってしまいましてな。今では山の中に庵を作って隠遁しております。しかも、いつもどこかに出かけており、出会うのさえ難しいのです」


「へぇ」


 ミエセス殿に庵の場所を教えてもらったが、ここからさほど遠くない。

 シャーロット陛下の本隊が着くにはまだ時間があるので、この翁を尋ねてみようと思ったのだった。




◇◇◇◇◇


「……では、アーデルハイト。後は頼む!」


「はっ! お任せを」


 私は軍のことをアーデルハイトに任せ、スタロンとポコリナを連れて翁の庵に向かった。

 途中の畑や村々は荒れており、戦の悲惨さを感じた。

 山の中へ入ると文明の色は過ぎ去り、美しい紅葉が周りに溢れた。



「奇麗なもんだな」


「あはは、紅葉など我が領にもありますぞ!」


 スタロンと仲良く話しながら山道を歩いていくと、話に聞いた庵についたのだった。


「もしもし? どなたかいらっしゃいませんか?」


 扉を叩くも、誰も出てこない。

 中に無断で入ってみるが、だれもいないようであった。


「誰もおらんのか」


 スタロンと諦めて帰ろうとすると、ポコリナだけは庵から出ようとせず「ポコポコ」と騒いでいた。



「ポコ~♪」

「……くそう、このタヌキは、魔法タヌキか?」


 突然、ポコリナに足をかまれた隻眼の老人が現れる。

 どうやら消えるマントで。姿を隠していた様であった。


「このクソタヌキ! このマントは城一つの価値があるんだぞ!」


 魔法のマントをかじり始めるポコリナ。

 私は慌ててポコリナを抱きかかえ、老人から引き離したのだった。




◇◇◇◇◇


「……ふう、貴公らの予想通り、わしがアリアスじゃ。で、用事はなんじゃな?」


 アリアスは諦めるように、我々に席を勧めた。

 そして、どこからともなくお弟子さんが現れ、お茶を出してくれた。


「出来ましたら、お味方いただきたい!」


 私は率直に伝えた。

 少し老人は天井を見上げる。


「それは其方の臣として仕えろ、ということかな?」


「まぁそんな感じで……」


 私は自信なさげに、頭をかきながらにそう伝えた。


「嫌じゃな」


「どうして? 条件もだしておらんぞ!」


 スタロンがそう反論する。

 それに対して、老人は古傷をさすりながらに応えた。


「王国貴族どもはな、ワシが戦力になるときはチヤホヤしおってからに。ワシが右目を怪我してからというもの。役立たずと酷い仕打ちをしおったのじゃ!」


「……ほぉ」


 確かに魔力の源は、将来授かった紅い眼。

 隻眼になるというのは、その力を大きく失うということだったのだ。



「まぁ、これでも一杯」


「ふむ」


 私は持ってきた酒を老人に勧め、彼の愚痴に耳を傾けた。

 老人はぐいぐいと杯を重ね、次第に酔っていった。


「うぃ~」


 私の長所といえば、剣の腕と酒の強さだった。

 一緒に杯を重ねたところ、案の定老人は酔いつぶれたのだった。


◇◇◇◇◇


 それから三日後――。

 私はノイジー城塞でのんびりしていると、件の老人ことアリアスが私の幕舎を尋ねてきた。


「お? ご老人如何なされた」


 私は驚くが、老人は言葉を続ける。


「いや、昨日は良い酒を馳走になった。お礼をせねばならぬと思ってな……」


 確かによい酒を奮発したのだ。

 良いものを買った甲斐があった。



「……で、お礼とは?」


「どうせ、ワシの力が貸して欲しいのだろ? 片目だから大したことはできんがな」


 ……ぇ?

 どうしてそんな気になったんだろ?


「だが、給料は弾んでもらうぞ! うはは!」


 そう言い、快活に笑う老人。

 そんなこんなで、隻眼の魔法使いアリアスは仲間となったのであった。


 ……ちなみに後で知ったのだが。

 この翁、凄い女好きらしい。

 10人を超える奥方様に、そろそろ就職しろと怒られていたらしかった。

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