ネクロマンサーは生者と躍る

グッドウッド

第1章 ネクロマンサー計画

プロローグ

 泥のような色をした雲が覆う空を、機械のクジラが泳いでいる。


 両翼のティルトジェットを縦にしてホバリングする青白いクジラは、十メートルを超える全長に、大量の殺意を抱えている。平べったい前方に備え付けた二つの電磁射出式機関砲に、胸から突き出たプラズマ榴弾砲。そして、腹の位置の兵器倉から地上に降り注ぐ、機械の蜘蛛。


『おいマイツ、どこにいる!? 応答しろ!』


 インカムから響く声が耳障りで、剥ぎ取る。通りに停まるトラックを背に身を隠して、息を殺す。


 と、蜘蛛を投下した機械のクジラが、不意に姿勢を変えた。腹の榴弾砲が砲口を上げた次の瞬間、青白い閃光を放ち、炸裂音が空気を揺らす。


 インカムの向こうで喚いていた連中は、跡形もなく消し飛んだだろう。榴弾の炸裂で柱が折れたビルの崩れる音が、通りを伝って鈍く響いてきた。


 機械のクジラは人間を見つけると、ああして容赦なく攻撃を仕掛けてくる。正面の広角レンズ越しに生体反応を探知し、人間を見つければ見境なしに榴弾か機関砲を撃ち込んでくる。大方、馬鹿な士官が見つかったのだろう。


 榴弾一発の成果で満足したのか、クジラは九〇度旋回してこちらに飛んできた。物陰に隠れて身動きをしなければ、こちらの存在には気付かず、頭上を素通りしていく。


 小さい頃に教わった教訓を実践して気配が消えると、膝の上に横たわる突撃銃に目をやった。ここへ送られた時に渡された、共和国軍の小銃。銃把の後ろに差し込んだ弾倉は半透明のプラスチック製で、真鍮製の薬莢に守られた弾丸が見える。太陽嵐の直撃がもたらした混乱で停滞し、二つの超大国の発展に取り残され、プラズマ榴弾も電磁小銃レールガンも作ることができなかったその他の国が使っているものと同じ、数百年の伝統を誇る火薬式の小銃。こんなものでどうにかできる相手でないことは、軍の連中だって分かっているはずだ。


 四方から時折響いてくる轟音は、そんな馬鹿な軍の下っ端や、馬鹿どもに駆り出された者達の抵抗の産物だ。機械の軍団が乗り込んできてから一ヶ月半。海岸からこの街までの間に広がる伝統的なバロック建築の街並みは廃墟になり、長閑な田園風景は踏み荒らされ、焼き払われてきた。そうして大陸西端に位置するこの一帯は、晴れの日も雨の日も、こんな重苦しい曇り空の日も、生命の焼け焦げる臭いに覆われ、どこを見渡しても黒煙が上がる地獄と化した。


 生存など期待されていない。ただここより南に住んでいる国民のため、大陸の向こうから来てくれた友軍の支援を受け入れるまでの時間稼ぎに投げ込まれた、使い捨ての駒。これまで何千人も動員され、そして死んでいった。


 そんな風になって堪るかと、突撃銃のレバーを引き絞る。


 この戦線を生き抜く。その決意を新たにした時、不意に視線を感じて、目を向ける。


 空き地の向こうの通り。そこに機械の蜘蛛がいた。三〇億キロ離れた衛星の金属で作られた六本の脚で、音もなく歩行する機械の蜘蛛。一五〇センチほどの高さの青白い身体に、機関銃とミサイルを乗せて、こいつらを運んできたクジラと同じ、生体反応を探知するセンサを備えた頭部は赤く光り、背中に背負った機関銃とロケット砲がこちらを向いている。


「あぁ、くそっ!」


 油断した自分への憤りを吐き捨て、立ち上がる。


 逃げようとして、死体の足に躓く。忠告も聞かずに怖気付いて逃げ出そうとした挙げ句、電磁式の小銃で上半身を吹き飛ばされた馬鹿の残骸だ。


 前のめりに倒れたところへ、ロケットが頭上を通り過ぎ、炸裂する。


 柱を吹き飛ばされた向かいの建物が、音を立てて傾いていく。轟音とともに崩れる建物に、視界は暗く閉ざされた。

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