「雨が止むまで待っている」

@Ichiroe

第1話

わざわざ騒がしい遊園地に来て、せっかくの日曜日を台無しにする自分のことが馬鹿だと思う。身の周りに、通りすがりの人達が脳天気な表情をするのを見ると、何故か背筋が痺れ、寒気が襲いかかった。


耐えられない、遊園地の雰囲気が。どうにも嫌な気持ちになる、例えるなら、陸に飛び込んだ魚のような気分だ。


にしても、だ。夏は息苦しい。大通りが混雑している中、僕はフラフラと出口へと歩いて向かっている。熱陽は体を蒸しる。息が通らない悶着とした喉は砂漠のように荒れ果てている。だから、早く、早く水が欲しい。そう。もう少しだ。あともう少しで出口に辿り着く。水は後で幾らでも買おう。


「おや、ここにいたんだ。春井くん」


後ろから、急に誰か僕の右肩を掴んだ。


きっとあの厄介者だ。


こんな蒸し暑い日。


他人との体の接触は当然嫌になるはず……


でも、その手は驚異する程氷のように涼しくて、人間離れだった。一瞬で、僕の嫌悪予感は打消された。


振り向いて、そいつの名前を呼んだ。


——未鳥みどり あすか。


「お前は一体何かしたい」と目の前のあの背が低く、長い黒髪を艶やかに蓄えている少女を睨んだ。


「あらあら。忘れたの?今日はあなたとデートしに来たじゃない」


「冗談だろう……」


「冗談じゃないわよ、とても真剣だ」


そう言いつつも、彼女の口元は依然として少し歪んでいるように見える。なんだか不気味だ。


「はぁ……そうだとしても、僕はもう帰りたいんだ……」


何故?と、未鳥は困惑な目で僕を見詰め、首をやや左へ傾けた。


「このままだと、僕は脱水症状のせいで気絶しそうだからだ……」


語気を弱めて懇願するように吐き捨てた。さらに僕は虚弱そうに背を曲げ、敢えて見せびらかすように無神な表情をする。


未鳥は俯きながら、手を顎に当てて考えに陥った。僕はその様子を窺う。


「——わかった……」


勝った!と心の中で叫んだが。でも彼女の言葉はまだ途絶えていない。


「ではあそこのカフェに行きましょう!」


彼女の指がさした方へ視線を辿ると、数十メートル離れたところで確かにそのような店がこの遊園地内にあった。

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