創現のエンブリオ

朝稲 恒明

第1話 エンブリオ

 それは具体的に何時の事だったのか、あんまり覚えていない。


 あるいはそれは肌寒い冬の頃だったのか?それとも蒸し暑い真夏の頃だったのか……


 今でははっきりとしないけれど。


 ただ何となくテレビを付けて、その物語ストーリーに憧れ出した頃。


 それは僕が初めて物語世界エンターテインメントに捕らわれてた瞬間だったのだ。






 物心を覚えた時から私は退屈と戦っていた。


 何をしても、何を見てもあんまり興味を惹かない


 何をやっても退屈だったままだ。


 そんな僕はきっと碌な大人には成れないのだろうと、日々に退屈さだけが日常だった。


 別に物事の道理が分からない訳ではないが、興味がある訳でもない。


 大人達が子供の教育とばかりに何かを教えてくれただけのこと。


 だから一通り分かるとは思っていた。


 時間の重要性、努力、運、そして童心や諦めないこととか。


 色んな物に触れた、誰か成功の秘訣も聞いた、学校の先生や校長の演説さえも聞いた。


 成功した奴らの道理も道行も歩いてきた歩幅やエピソードも聞いた。


 それこそ十もいかないような年頃からずっとこう教わっていた。


 正直言って、人生の道理とか言われてもちっとも響かないような年頃になんてものを教えるんだテメェらって何度も思ったほどに、この世界には偶然で成功した物や、運や才能だけで成功した者が殆どいないということ。


 何かを蔑ろにしてれば代わりのなにかが失う、努力を蔑ろにすれば代わりに天才も地に落ちるように。


 天才だなど言われた者たちにも見えないほどの努力が重なっていることなど重々知っているのだ。


 でも、それでもただそう聞いただけだ、実感が伴わなければ、それはただの知識でしかないのだ。人間はいくらでも同じあやまちを踏む。


 我々は万能などでは決してなかった。


 待つだけじゃ何も変わらない。


 とは言っても、自分では何が出来るかなんて自分で分かるはずがないのだ。


 きっと、誰も予想だにもしなかったのだろう。


 まさか、自分にはこんな日が来るとは。






 2054年、数多な失敗や挫折、困難や問題を突破し、人類がやっと辿り着いた場所、人類は遂に成し遂げた初のフルダイブ型VR機の開発に成功していた!


 夢と希望、切望と情熱、欲情と私欲、願望ねがい欲望ビジネス、様々な思いを乗せ、作り上げられた夢のような世界が、それを舞台にした物語が、今!我々の手で作り上げられる現実リアルと化してた!


 想像イマジネーション現実リアルに、妄想アスピレーション仮想現実ファンタジーに!


 人類が長年を掛けて、実現に向けて、理論を重ねて、やっと辿り着いた成果を!


 夢見焦がれたそれが実現へと果たした、その先が果たして吉となるか?難問トラブルとなるか?


 そして…。






《それでは、これよりアルベール化学賞と医療賞の授与を行う。創月そうつき兄妹の二方、どうぞ壇上へお上がり下さい。》


 僕の名前は創月そうつき雪桜きよはる二重ふたえまぶたで少々長めの銀髪、目つきは少々鋭いくらいで、顔はよくも悪くもなく、こう見えても立派な研究者の端くれだと……思う?


 よく謙遜しすぎると嫌味に聞こえるとは言われてたが、僕としては努力の限りを尽くした結果で、天才とは程遠い。


 或いはこれが世で天才という物の正体であるとも思っているわけだが、僕自身がそう名乗りたいわけでは決してないのだ。


 僕には妹がいて、その名前は創月そうつき姫桜菜きおなだ、僕と同じで銀髪、違いがあるとすれば妹はそれはもう髪の手入れには力が入って、サラサラしていて、その上腰を超える程の長髪をしている。ちなみに一重ひとえまぶたである。


 顔立ちは綺麗で、力強い瞳を感じる、その瞳の色は僕と違って片目が空色をしていて、もう一つが瑠璃色で少しだけ違っていた。


 全体的には可愛いというよりは近づきがたい程の美しさと表現する方がお似合いだ。


 話を戻すと今はアルベール賞の授賞式最中である。


 アルベール賞とは1年に一度の学術研究に関する大賞である。


 世界的に開催されるこの大賞は学術的には大きく影響力を持つ物だ。


 日本は勿論のものの、世界的にもかなりデカい影響力を齎す賞で、生半可な成果では資格すらないのだ。


 どうしてこんなことになっているのかというと、僕達は完成していた、フルダイブ用VRゲーム機の筐体を。


 ただ、完成したはいいものの、私たちのゲームはまだ出来ていないけどね!


 近々にはその公開試験オープンベータは始められる。


 もちろん、その肝心なテスト用ゲームは試作段階にある物で、正式にゲームとして公表するつもりはなく、ただの環境試験用の土台だ。


 ゲーム機の筐体が出来るからと言って、まだまだ他には色んなデータが無ければ、どんな問題を引き起こすか分かった物じゃないから。


 当然、参加者に対するも抜かりなく。


 僕たちのチームには他にもゲームプログラマーも居て、今はbugの最終チェック中だ。


 とは言え、今はそんなことはどうでもいい。


 


《それでは筆頭開発者である創月そうつき兄妹に一言を!フルダイブゲーム機の筐体を開発したにあたって、何か困難だった問題ややり遂げた意気込みなどなどを!》


 唐突に振られた会話にひと際慌てたものの、すぐには取り戻して、マイクを取った僕は。


「えーっと、そうですね、困難というのならそりゃ~多いですよ、泣きたくなるほどにね。でもそれを完成へと至った時の感覚の方がずっと鮮烈で、その後はドッと疲れが出ましたよ!あははは……」


 小さな息が吐き出て、もう大分落ち着いた僕は続ける。


「まずは困難ですね、個々で詳しく話すのはどうかと思うので詳細は省くが、一番頭が痛くなるのはやっぱり安全装置であるチップですね。まぁ、でもまだ全てが終わった訳ではないので、これにて割愛させて頂くとしようか。

 次は意気込みかぁ、これは難しいですね。小さい頃の夢ですので、絶対にやり遂げて見せるってガキみたいな心意気しか述べられなくて。」


 話を終え、僕はマイクを隣にいる妹へと渡した。


 それを見て、妹は一瞬嫌そうな顔をして、マイクを受け取った。心なしか妹に「にぃ、私を売ったな!」と言われているような気がして、気付かない風に装ってた。


 僕の妹はこういう公の場はどうにも苦手のようだ。


「にぃ、の願いは、私の願いでもあるから。特にこれといった言いたいことはない……です!」


 どうやら、緊張のあまりで声が小さいのに気にして、最後に大声で誤爆したようだ。


 少し、いやかなり耳が痛んだ。


 そして気まずくなった空気に当てられながらも式は進んでいた。






 なんやかんやで授賞式が終わり、帰宅中に妹に声を掛けられた。


「兄さん、先はよくも売ったなぁ!」


「まぁ、ごめんって。そういきり立つな。」


「嫌だ、許さない。」


「僕だって苦手なのにマイクを取ったよ、お相子あいこじゃないか?」


「だってじゃない!」


「君だって開発者じゃないか?」


「もう!知らない!」


 僕は少し苦笑いして止まってた。


 すると妹もそれに気づいてピタッと止まった。


 今夜の月明かりはちょっとだけ丸かった、明るい月の色だ。


 僕は少しだけ見ていた。


「なぁ、やれるかな?やれるといいな~」


「やれるさ、兄さんなら。」


「ありがとう。」


 少しだけ目が潤んだ。


「じゃあ、早速返っての調整作業をするか!」


「え~?今日はもう休みましょうよぉ~連日徹夜は体に良くないよ~」


「じゃあ、君は休めば~?」


「ダメッ!兄さんったら少し目を離した瞬間無茶ばかりするだもん!」


「じゃあ、一緒に徹夜する?」


「うん!」


 明るかった雰囲気のはずが、次の瞬間、兄の瞳の色が


 またしばらく眠れない夜が続いた。

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